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第90話

街に出た私たちは花祭りで賑わう街中を歩く。建国祭というだけあって、街の中心部の広場では露店が多く出ている。私の被っている帽子の上で二輪のチューリップが揺れている。


「ロベリア様、はぐれたら大変ですので。」


そう言ってウェルシュ卿が私の手を取る。数多く出ている露店の周りは人がたくさん居る。


「そこのお二人さん!」


そう声を掛けられ振り向くと人の良さそうな恰幅の良い女性がニコニコ笑顔で言う。


「良かったら寄ってかないかい?」


その女性の出している露店では甘い香りが人を誘っている。女性は手際よく熱せられた鉄板の上で何かを焼いて行く。


「これは?」


私が女性にそう聞くと露店の女性が言う。


「これは花祭り名物の花カステラだよ。」


焼きあがった茶色いカステラは一つ一つが花の形をしている。


「これを二人で分け合って食べるんだ。女の子から男の子へ、男の子から女の子へ、互いに食べさせ合うのがこの花カステラさ。」


互いに食べさせ合うと聞いて何だか恥ずかしくなる。


「見てごらん。」


女性がそう言う。女性の視線の先には小さな紙袋の中から花カステラを出し、隣に居る男性にそれを差し出し、男性がそれを口に入れている、という光景があちこちで見える。


「一袋貰おう。」


私の隣でウェルシュ卿が言う。少し驚いてウェルシュ卿を見るとウェルシュ卿は少し頬を染めている。


「そう来なくちゃ!」


露店の女性はそう言って、紙袋に花カステラを入れて、私に渡す。ウェルシュ卿がお金を払い、私たちはそこを後にする。紙袋の中の花カステラは焼き立てで温かい。


「あったかいうちに食べるんだよ!」


女性の声が私たちを後押しする。


「ベルナルド!」


急に声を掛けられウェルシュ卿と共に振り返る。そこには一人の黒い騎士服を着た男性と、亜麻色の髪の女性…リリー様と良く似たお顔立ち…そこでハッとする。この人はリリー様の姉君のエリアンナ様では…。


「ウォルター!」


ウェルシュ卿が微笑んでその人と挨拶を交わす。そしてウェルシュ卿は私を見て言う。


「ウォルター・ディアス、私の同僚です。東部にも一緒に行ったのですよ。」


そう言われて彼を見る。彼の顔に見覚えがあった。


「私、ロベリア・ウェーバーと申します。今はリリー様の専属侍女をしております。」


そう言うとディアス卿は微笑んで言う。


「えぇ、存じ上げております。」


そして隣の亜麻色の髪の女性に微笑む。


「今日、私が連れ出したパートナーのエリアンナ嬢です。」


やはりこの方が…そう思う。エリアンナ様は俯き加減で私たちに言う。


「エリアンナ・モーリスです…」


一時は東部にまで聖女であるとその名が届いた方、事の顛末を聞いた今、彼女は神聖力を持たない普通の女性なのだなと感じる。


「お前たちも花カステラでも買ったらどうだ?」


ウェルシュ卿が言う。


「花カステラ?」


ディアス卿が聞く。ウェルシュ卿は後ろを振り返って言う。


「花祭り名物だそうだぞ。」




広場では人が多く行き交っている。


「ソフィア、こっちに。」


フィリップ様が私の手を取る。私もフィリップ様も今日はお忍びで街へ出ている。


「見て。」


フィリップ様にそう言われて見ると、楽しそうに話しているウェルシュ卿とディアス卿、そしてそれぞれのパートナーが居る。手には何か紙袋を持っている。


「行ってみよう。」


そう言われてフィリップ様と共に皆の所へ行ってみる。


「ベルナルド、ウォルター。」


フィリップ様がそう声を掛けると、二人とも私たちを見て、胸に手を当て、簡易的な挨拶をする。二人のパートナーたちも同様に少し膝を曲げ、簡易的な挨拶をする。私たちがお忍びで来ている事を察してくれたのだ。


「何を持っているんだい?」


フィリップ様がそう聞く。


「これは花カステラという、花祭りの名物だそうです。」


ベルナルドがそう言う。


「花カステラか。」


そう言ってフィリップ様が私を見る。


「このカステラは互いに食べさせ合うのがマナーだそうですよ。」


ウォルターがそう言う。互いに食べさせ合う…そう聞いて何だか恥ずかしくなる。


「ひと袋、いかがですか。」


ベルナルドがそう言い、フィリップ様が頷く。


「そうだね、頂こう。」




「リリー、支度は出来たかい?」


フェイロン様にそう聞かれ、私は頷く。


「はい。」


ローブを被り、フェイロン様に頂いた白百合を胸に挿す。


「行こう。」


フェイロン様が私の手を取る。




花カステラを袋から一つ取り出す。相手に食べさせなくてはいけない…そう思うと少し恥ずかしい。隣に居たウェルシュ卿を見上げる。


「食べますか?」


そう聞くとウェルシュ卿が頬を染めて言う。


「はい。」


そう言われて私は花カステラをウェルシュ卿の口元へ近付ける。ウェルシュ卿が口を開ける。差し出した花カステラをウェルシュ卿が食べる。モグモグと食べながらウェルシュ卿は微笑んで言う。


「甘くて美味しいです。」


そして今度はウェルシュ卿が袋から花カステラを取り出す。


「どうぞ。」


そう言われて私は口を開ける。こんなはしたない食べ方は初めてだった。ほんの少し私の唇に触れたウェルシュ卿の指にウェルシュ卿自身が口付けたのを見て、恥ずかしくて俯く。でも、こんなふうに愛情を表現するのも悪くないと思った。




「エリアンナ様、よろしかったら私に。」


ディアス卿がそう言う。歩きながら何かを食べるなんてはしたない事を、そう思ったけれど、ディアス卿の顔を見ると言い出せない。だってすごく楽しそうだったから。花カステラを取り出し、ディアス卿に差し出す。ディアス卿は少しかがんで私が摘まんでいる花カステラを口に入れる。そしてすぐさま、私のその手を取り、モグモグしながら私の手の甲に口付ける。そんな様子がおかしくて笑う。


「何故、笑うのです?」


そう聞かれ私は言う。


「だって、モグモグしながら手の甲に口付けるなんて。」


そう言うとディアス卿は私の持っている袋から花カステラを取り出し、私に差し出す。


「どうぞ、私の女神様。」


ディアス卿は時折、私の事を女神様と呼ぶ。花カステラを口に入れながら俯く。ディアス卿はそんな私の背中に触れ、言う。


「あなたは私の女神様です。だから下を向かずに堂々と胸を張って下さい。」


モグモグと花カステラを食べながら、甘い筈の花カステラが少し涙の味がした。




「ソフィア、おいで。」


街のベンチに腰掛け、ソフィアを呼ぶ。ソフィアが隣に座る。目立たないが黒い騎士たちが市井の人たちに紛れ、護衛についてくれている。


「それ、食べさせてくれるかい?」


ソフィアにそう言うとソフィアが恥ずかしそうに私に花カステラを差し出す。花カステラを口に入れると甘い香りが鼻をつく。


「うん、美味しいね。」


そう言って今度は私が花カステラをソフィアに差し出す。


「どうぞ、王妃殿。」


そう言うとソフィアが顔を真っ赤にして言う。


「人が見ていますので…」


そんなソフィアに微笑み、言う。


「誰も私たちの事なんて見ていないさ。大丈夫。」


ソフィアは恥ずかしいのか、目を瞑ったまま、花カステラを口に入れる。そんなソフィアが可愛いと思う。美しい金色の長い髪、赤く染まる頬、吸い込まれそうな程の碧眼。全てが愛おしい。そこでふとリリーを思い出した。リリーたちも祭りを楽しんでいるだろうか。手を上げると近くに居た騎士の一人が近付く。


「紙とペンを。」


近付いた騎士が懐から紙とペンを出す。私はそこにサラサラとメッセージを書き込み、騎士に渡す。


「フェイロンに渡してくれ。」


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