リリー様が悲しそうに微笑む。
「封印されるその瞬間に、兄上はリリーに攻撃を向け、それを受けたリリーはその力を防ぎ切る事が出来ず、自身の力を奪われ、分散させられたのだ。」
自身の力を奪われ、分散させられる…。
「それが今の世代にも受け継がれている、各地に居る聖女や神官たちの力なのですね。」
フェイロン様がそう言う。
「あぁ、そうだ。」
初代王が頷く。
「そして更には私の、自身の血脈を呪い、王族は不治の病を患った。これを知った者たちが後世で忌み子という文化を生み出した。」
忌み子、私がそう呼ばれ、フェイロン様はその慣習のせいで王宮から出され、更には王族の方の不治の病をも生み出した…。
「ですが、そうなると忌み子は双子の兄や姉なのでは?」
フェイロン様がそう聞く。初代王が頷く。
「本来ならばそうだろう。だが人は皆、自分の都合の良いように事実を歪めるものだ。人は見たいものしか見ないのだよ。」
花祭りが開かれている王都は華やかだった。街中が花に覆われているかのように、花が溢れている。
「ロベリア様。」
呼ばれて振り向くと、そこには黒い騎士服のウェルシュ卿が居た。
「ウェルシュ卿。」
ウェルシュ卿は私の前まで来ると、片膝を付き、花を差し出す。差し出された花はピンクと赤のチューリップだった。
「まぁ、何て可愛らしいの。」
そう言ってそのチューリップを受け取る。ウェルシュ卿は立ち上がり、私を見下ろして聞く。
「花を受け取って下さったのですから、今日一日、ロベリア様は私が独占しても良いという事ですよね。」
真摯な眼差し、照れながらもそう言ってくれるウェルシュ卿に私は聞く。
「チューリップの花言葉を知っていて、チューリップにしたのです?」
チューリップの花言葉は赤なら「愛の告白」ピンクなら「愛の芽生え」だ。ウェルシュ卿は頬を染めながら言う。
「はい、そうです。」
私は気恥しく思いながら言う。
「では、さらってください。」
ウェルシュ卿は私の手を取り、手の甲に口付ける。
「えぇ、さらいますよ。」
建国祭が開かれている。私は部屋の窓辺に立ち、外を見る。見渡す限り、広い庭園が見えるだけ。きっと街では盛大に、それはそれは華やかに花祭りが開かれているんだろう。
「エリアンナ様。」
振り向くとディアス卿が立っている。
「ディアス卿。」
この人は今日も私の傍に居て、微笑んでいる。ディアス卿は私に花を差し出す。差し出されたのは白いマーガレットだった。白いマーガレットの花言葉は「心に秘めた愛」…。
「花祭りに行きませんか?」
そう言われて少し驚く。私のような者が花祭りになど行っても良いのだろうか。
「私が花祭りに行っても?」
白いマーガレットを受け取りながら聞くとディアス卿は微笑んで言う。
「エリアンナ様は幽閉されている訳ではありません。出入りは自由です。そして私が付いていればどこへでも行けます。」
ディアス卿は私の手を取り、言う。
「行きましょう、花祭りへ。」
幻想的な空間の中、私とフェイロン様は初代王と初代白百合乙女様と向き合っていた。
「長く時間が経ったせいで、忌み子という文化が出来、その忌み子が兄弟姉妹の姉や兄なのか、妹や弟なのかも分からなくなってしまった、ということでしょうか。」
フェイロン様が聞く。初代王が頷く。
「恐らくはそうだろう。私たちの生きていた時代には忌み子の文化などは無かったからな。」
昔から忌み子という文化があった訳では無かったのだ。そしてずっと御伽噺のように語り継がれて来た双子の王子によって国が傾く程の争いが起きたというのも、人々の作り出した都合の良い物語だったという事だ。
「分散した力が徐々に弱まって行ったのも、何か関係が?」
フェイロン様が聞く。初代王が少し考えて言う。
「私たちの居た時代、神聖力を使えたのはリリーだけだったのだ。それが我が弟ディアークの攻撃により分散され、その分散した力が各地に及び、神聖力の使える聖女や神官たちが何人も現れたのなら、説明がつくだろう。そしてそれが弱まりを見せ、今、こうしてリリーの、力を集約したかのような乙女が現れたのなら、分散された力が元の形に戻っている、という事でもあると思って良いだろうな。」
フェイロン様が私を見下ろして微笑む。
「やはりリリーは、白百合乙女なんだな。」
そう言って私の頭を撫でる。
「300年という時間が経ち、封印の石板が破壊され、ディヤーヴ・バレドは放たれたが、実態を持たない状態での復活だった事が幸いだった。そして、今度こそ、悪しきものであったディヤーヴ・バレドは消滅した。」
初代王が言う。
「分かるのですか?」
フェイロン様が聞く。初代王は微笑んで頷く。
「あぁ、分かる。兄上の魂が浄化され、我が魂と一つになった事を感じるのだよ。」
初代王が私を見る。
「リリアンナ、いや、リリー。」
初代王が真摯な眼差しで私に言う。
「兄上の魂を浄化してくれた事、礼を言おう。」
そう言って初代王が頭を下げる。
「お止めください。」
慌てて私がそう言うと、頭を上げた初代王がクスリと笑う。
「長く時間がかかってしまったが、ようやく、これで私たちも役目を終えられる。」
役目を終えると聞いて何だか寂しくなる。
「一つ、伺っても良いですか?」
私がそう聞くと初代王が言う。
「あぁ、何でも答えよう、私たちが知っている事なら。」
私はずっと心の中にあった疑問を投げかける。
「白百合乙女は大聖女とも呼ばれ、その力は国を覆い、加護をもたらすと言われています。私にもそんな力が?」
聞くと初代王も初代白百合乙女様であるリリー様も笑う。
「一つ、良い事を教えよう。」
初代王が言う。
「白百合乙女は確かに強大な力を有している。だがその力の開放や、覚醒には必要な物があるのだよ。」
初代王が初代白百合乙女様であるリリー様を愛おしそうに見下ろし、そして私たちを見る。
「それは━━」
「ソフィア、支度は出来たかい?」
王妃宮に行くとソフィアが待っていた。
「はい、フィリップ様。」
今日のソフィアの格好は街へ出るのに適した服装だ。そんなソフィアに白百合を差し出す。
「さぁ、街へ行こう。」
ソフィアは私から白百合を受け取り、微笑む。
私とフェイロン様は幻想的なその空間を後にする。私とフェイロン様が階段を上りきり、壁の向こうへ出ると、壁が閉じる。
「フェイロン殿下、白百合乙女様。」
大神官様が駆け寄って来る。
「ご無事ですか!」
慌てて駆け寄って来る大神官様を見ながら、私たちはクスリと笑う。
「あぁ、大丈夫だ。」
フェイロン様がそう言うと大神官様は私たちを見てほっと胸を撫で下ろすのが分かった。
「灯りを持って戻って来たら、壁が閉じており…心配しておりました。」
何だか大神官様には悪い事をしたような気さえする。私とフェイロン様は顔を見合わせて笑う。そして歩き出しながら、あの空間であった事を大神官様に話し出す。