お食事が運ばれて来て、私はベッドの上で食事をとらせて貰った。体は起こせるのだから、ベッドから出ても良かったのだけれど。ディアス卿がベッドへと運んでくれたのだ。ディアス卿はずっとニコニコしながら私のお世話をしている。おかしな人だ。食事が終わり、一息つくと、ディアス卿が言う。
「国王陛下とフェイロン王弟殿下、リリー様がお見えになるそうです。」
そう言われて私はまた覚悟をする。断罪されるだろうな、と。
お部屋に国王陛下とフェイロン殿下、リリーが来る。
「体の調子はどうだい?」
国王陛下は朗らかにそう聞く。
「先程、目を覚ました後にリリーから治癒をして貰いましたので、大丈夫です。」
そう言うと国王陛下はにっこりと笑う。
「そうか、それは良かった。」
国王陛下の後ろではリリーとリリーに寄り添うフェイロン様が居る。その様子を見て、あぁ、この二人はうまくいったのだなと感じる。
「今回の事、どれくらい記憶が?」
そう聞かれて私は言う。
「ほとんど記憶しています。自分自身が倒れた後の事は存じ上げませんが。」
国王陛下は少し短く息を吐くと、言う。
「此度の事、エリアンナ、君を無罪放免という訳にはいなかいんだ。」
国王陛下のお言葉は充分、理解出来る。
「はい、心得ております…」
国外追放か、死罪か、良くて修道院に幽閉か、地下牢に幽閉か。労働を課せられるかもしれない。
「だが、今の君を見る限り、きちんと反省はしているようだし、何よりもこの国の救世主であるリリーがそれを望んでいないんだ。」
国王陛下を見る。国王陛下は微笑んでいらっしゃる。
「私はね、此度の事、元凶はもちろん、ディヤーヴ・バレドだと確信しているよ。もう君たち二人が産まれた頃からのことだからね。それは防ぎようが無かったんだ。」
国王陛下が腕を組む。
「ディヤーヴ・バレドを招き入れたのはモーリス伯爵だった。これに関しては大罪だと言えるだろう。」
お父様が大罪を犯した…。
「だが、その後の事は全てディヤーヴ・バレドの人を操る能力に起因している事が多い。」
国王陛下が少し微笑む。
「私もね、勉強したんだ。黒魔術の事について、ね。」
ディアス卿が椅子を持って来る。国王陛下がその椅子に座る。
「黒魔術はね、禁忌の術だ。ディヤーヴ・バレドのように人の心に入り込み、人を操る事も容易に出来てしまう。そしてそういった<悪意>は人から人へ伝染する。人は誰しも皆、心に人を妬ましく思ったりする気持ちが湧いてしまう生き物だ。ディヤーヴ・バレドはそれにつけ入ったんだ。」
人を妬ましく思う気持ち…心当たりがあった。私もリリーを妬ましく思っていたからだ。
「けれどね、そういう気持ちが良い方向へ向く場合もある。自分を顧みて反省し、前を向いて歩く事。それが私たちの望んでいる君の道なんだよ。」
自分を顧みて反省し、前を向いて歩く事…。
「だからね、君には申し訳ないが、監視を付けさせて貰うよ。」
監視?一体、何の事だろう?国王陛下は片手を上げて呼ぶ。
「ウォルター・ディアス。」
そう呼ばれてディアス卿が国王陛下の前に片膝を付き、言う。
「はい、陛下。」
国王陛下は微笑んで言う。
「お前にエリアンナ嬢の監視を命じる。この先もエリアンナ嬢を監視し、その行動を報告するように。」
ディアス卿は微笑みを称えたまま、言う。
「御意。」
そして国王陛下は私を見て聞く。
「エリアンナ、君は何がしたいかな。」
急にそんな事を聞かれて答えに困る。そんな私の事を見て、国王陛下は微笑み、言う。
「ゆっくり決めてくれて構わない。その間はずっとこの王宮に居ると良い。リリーとも良く話し合い、二人ともが納得する答えに辿り着いたら教えて欲しい。」
国王陛下はご自身の後ろにいるリリーに微笑んで見せる。リリーも嬉しそうに微笑み、フェイロン殿下を見上げている。温かい空間、私はこんな空間など、経験した事が無かった。
モーリス家ではいつもお父様はお仕事に忙しく、お母様は社交界への影響を考えて、お付き合いする家門を限定していた。幼い頃からリリーは忌み子だと教えられ、同じ姉妹なのに、リリーの方がキレイで私は羨ましかった。亜麻色の髪も、翠眼も、私には無いものだったから。お母様はリリーの亜麻色の髪も翠眼も気持ちが悪いと言って遠ざけていたし、お父様は元々、家の事には関心が無かった。忌み子の文化もこの国には昔からあったし、そういうものだと疑いもしなかった。
リリーが力を発揮した時も自分の居場所がリリーに奪われるかもしれないと思って怖かったのだ。忌み子であるリリーよりも私の力が弱いと分かれば、忌み子よりも下の存在にされるかもしれないとさえ思って怯えていた。だからなのか、家の中はいつも殺伐としていた。今、思えばそれはディヤーヴ・バレドのせいかもしれなかった。今となっては分からない。
お姉様が目を覚ましてからすぐ、王宮にロベリアが来た。
「リリー様、今日より、専属侍女として、よろしくお願い致します。」
ロベリアは丁寧にお辞儀してそう言う。
「ロベリア、今日からよろしくね。」
そう言うとロベリアは嬉しそうに微笑む。
「はい、リリー様。」
ロベリアは事の顛末を誰かから聞いたのか、お姉様が目を覚ました事を知り、眉を顰める。
「大丈夫なんですか?リリー様のお姉様は。」
そんなロベリアに私は笑う。普通はこういう反応をするものだろうというのは分かっている。私は長くモーリス家で虐げられ、下女のような生活をして来た。それはひとえにディヤーヴ・バレドが放たれ、モーリス家に入り込んだからに違いなかった。
けれど。
もしディヤーヴ・バレドの存在が無かったとしたら、どうだっただろう?私もお姉様と同様に可愛がって貰えただろうか。【忌み子】という文化がある限り、きっとそれは叶わなかっただろう。もう過ぎてしまった事はどうにも出来ないし、お父様もお母様も今はもう屍のようになってしまっている。
お姉様が目を覚ました事でもしかしたらと思って地下牢にも行ってみた。けれど地下牢に居る人たちは皆一様に屍のようになったままだった。お父様もお母様もこちらの声が聞こえていない。空を見つめ、ただ呼吸をしているだけだった。そんな二人を見ても私には何の感情も無かった。ただ他の人たち同様、良くなって欲しいとだけ思った。そしてそんな自分が何だか冷血なようにも感じた。
「リリー様、元王妃様のデルフィーヌ様がご一緒にお茶を、と。」
ロベリアが早速侍女らしく、そう伝えてくれる。元王妃様のデルフィーヌ様はフィリップ様が戴冠した後、後宮へ入られた。後宮は王宮の奥にある、密やかな場所だ。そこでデルフィーヌ様はゆっくりと過ごされているそうだ。そんな後宮へ呼んで頂けたのは嬉しかった。
「お支度をしましょう。」
ロベリアがそう言う。
お支度が整って、後宮へと向かう。その途中。
「リリー。」
そう声を掛けて下さったのはフェイロン様だ。
「フェイロン様。」
フェイロン様のお顔が見られて嬉しくて笑顔になる。フェイロン様は私の前まで来ると、私を見下ろし優しく微笑む。
「どこかへ行くのかい?」
そう聞かれ私は言う。
「デルフィーヌ様が一緒にお茶を、と。」
フェイロン様は少し笑って言う。
「そうか、母上が。」
そして私の髪をひと房掬うとその髪に口付けて言う。
「楽しんでおいで。私も後で顔を出そう。」
揺れる銀色の髪、優しく微笑むフェイロン様の瞳。何て麗しいのだろう。
後宮へ入る。後宮はデルフィーヌ様のお好きな薔薇が咲き乱れている。後宮の侍女の案内で歩き進むと、薔薇の咲き乱れる庭園の真ん中にテーブルがセッティングされていた。
「リリー、良く来たわね。」
デルフィーヌ様は中央のテーブルの椅子から立ち上がって私を迎えてくださる。
「ご招待、ありがとうございます。」
デルフィーヌ様は微笑んで言う。
「座って、お茶にしましょう。他にも人を呼んであるわ。」
私が勧められた椅子に座ると、声がする。
「デルフィーヌ様。」
その声に微笑む。
「良く来たわね、ソフィア。」
振り向くとソフィアが微笑んでいた。今日のソフィアもまた麗しい。水色のドレスがその美しさを際立たせている。
「リリー様。」
ソフィアはそう言うと私のすぐ横まで来る。私は立ち上がり、ソフィアと手を取り合う。実はソフィアとはそんなに頻繁に会えていなかった。ソフィアの方が忙しくなってしまったからだ。
「二人とも座って。積もる話もあるでしょう?」
デルフィーヌ様が微笑む。