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第82話

ロベリア様は私に会うととても嬉しそうに話す。私たちが東部を出てからの話をしてくれた。東部はウェーバー侯爵のお陰で何の問題も無く、統治出来ているそうだ。そして東部を出てからの私たちの話を聞きたがった。


「王都にはいつまで?」


聞くとロベリア様が少し笑う。


「実はその事なんですけど。」


ロベリア様は少しもじもじとしながら言う。


「もし、リリー様のお許しを頂けるなら、私、リリー様の専属侍女になりたいのです。」


そう言われて驚く。


「ロベリア様が?私の専属侍女?」


そう聞くとロベリア様が私の手を取って言う。


「えぇ、是非、お願いしたいのです。」


ロベリア様は私の戸惑いとは逆にとてもワクワクしているようだ。


「リリー様の専属侍女だったソフィア様がフィリップ国王陛下の伴侶となられるのであれば、リリー様の専属侍女のお席は空いていますでしょう?それとももう他の方に決まっていますか?」


確かに、ソフィアがフィリップ様と成婚されるのだから、私の専属侍女の席は空いている。でも…。


「確かに私の専属侍女の席は空いています。でも、そこにロベリア様が?」


聞くとロベリア様は嬉しそうに言う。


「はい。是非、お願いしたいのです。リリー様の専属侍女であるならば、お父様も納得します。」


ウェーバー侯爵の納得…。もしかしたらロベリア様は東部を離れたいと思っていたのかしら、と思う。


「今回、戴冠式に参席する為に王都に来て、私、ここに居たいと思ったのです。そしてそれはリリー様、あなた様の傍に居たいという私の願いでもあるのです。」


私の傍に居たい…。


「私はずっと東部に居て、王都からの話は風の噂程度しか入って来ません。その話の中でリリー様が苦しまれていた事や、悩まれていた事などをお聞きし、微力ながらもお傍に居て、リリー様をお支えしたいと思ったのです。」


ロベリア様は少し笑って言う。


「私、東部という狭い世界で生きていました。東部も王都に並ぶ程の都市だという事は知っています。でもやはり東部は東部なのです。中央の王都とは違う。私はここ、王都で様々な事を学びたいのです。そしてそれはリリー様のお傍で無いと意味がありません。」


ブラウンの豊かな髪を揺らし、そう言うロベリア様はもう既にご自分の気持ちを決めている…。


「リリー様から祝福を頂いて、私はいつもその祝福を感じる事が出来ました。リリー様が祈ると私の指先も、体中が淡い光に包まれる。そうやって祝福を与えて下さったリリー様に少しでもご恩返しがしたいのです。」


そしてロベリア様は私に少し近付いて、囁くように言う。


「リリー様の恋のお話も聞きたいですわ。」


そう言われて私も笑う。言われてみれば私の周りにも年の近い御令嬢なんて、ソフィア以外、居なかったなと思う。年が近いとこんなにも楽しくお話が出来るのだと実感する。


「分かりました、ではウェーバー侯爵にお願いしてみましょう。」


ロベリア様はパッと花が咲くように笑う。


「嬉しいです。」


そしてまた私に顔を近付けて言う。


「私はこれからリリー様の専属侍女になるのですから、私の事はロベリアとお呼びください。」




温室を出る。ロベリアとはそこで別れ、宮に向かう。


「何の話をしていたんだい?」


フェイロン様にそう聞かれて私は言う。


「ロベリアが私の専属侍女になりたいそうです。」


フェイロン様はクスっと笑って言う。


「そうか、それは良さそうだ。」


フェイロン様は私のエスコートをしながら微笑む。


「年の近い御令嬢との交流はなかなか今まで無かっただろうからね。」


フェイロン様が私の手の上に手を重ねる。


「先程、話していた様子を見ていると、とても楽しそうだったから、リリーにとっても良いと思う。」


温かい手。柔らかい微笑み。私はこの人に愛されているのだと感じる。


「でも、少し妬けるかな。」


そう言うフェイロン様を見る。


「妬ける…?」


フェイロン様は私の手を取ると、手の甲に口付けながら言う。


「あぁ、だってリリーがあんなに楽しそうに話すのを初めて見たからね。」


フェイロン様の唇が私の手の甲にその感触を残す。一気に顔が赤くなるのを感じて俯く。フェイロン様はそんな私の様子を見て微笑み、不意に私を抱き寄せる。


「リリーは私のものだと全世界に叫びたいくらいだ。」


胸の高鳴りが苦しい。温かくて大きくて逞しいフェイロン様の腕の中で、私は目を閉じる。こうしてずっと腕の中に居たい…居られたらどんなに幸せだろう。




リリー様とのお話を終えて、私はウェルシュ卿とその場を後にする。


「送ってくださってありがとうございます。助かりました。」


そう言うとウェルシュ卿は少し笑って言う。


「私は困っている人を助けただけです。少しでもお役に立てたのなら、それで光栄です。」


ウェルシュ卿を見る。赤い髪が印象的で、お顔に傷があり、少し怖いイメージを持っていたけれど、こうして話してみるととても気さくで話しやすいのだなと思う。


「私、リリー様の専属侍女になりたいとお願いしてリリー様にご了承を賜りましたの。ですからこれからウェルシュ卿とも今後、お顔を合わせる機会が増えますわね。」


そう言うとウェルシュ卿が微笑んで言う。


「そうでしたか。それは心強い。リリー様の専属侍女にロベリア様がなられるのであれば、リリー様もきっとお喜びでしょう。」


そしてウェルシュ卿はそこで一度、咳払いをすると言う。


「あの、もしよろしければ、王都には詳しいのでご案内しますよ。」


そう言うウェルシュ卿のお顔が赤い。私もそう提案されるとは思っていなくて頬を染める。


「はい、ではその時が来たら、お願い致します…」


そう言うのがやっとだった。そして心の中で私もリリー様にお話しする事が増えたわと思う。




夜会がお開きになる。貴族たちが帰って行くのを見ながら俺は考えていた。俺の帰る場所…。


「ソンブラ様、会場の中は異常ありませんでした。」


黒い騎士の一人がそう告げる。


「ご苦労、まだ気を抜かず、警備に当たってくれ。」


そう言うと黒い騎士の一人は軽く頭を下げて、去って行く。


夜会の警備の事については俺が仕切っていた。騎士団長であるフェイロンは今や、王弟殿下。王弟ともなれば、警備などの雑事は下の者に任せるのが通例だ。今回の戴冠式も大まかな指示はフェイロンから出てはいたが、詳細については俺が取り仕切っている。いつの間にか自分の地位が上がっているなと思う。


俺は王太子の影だ。表舞台には立たない。そうやって生きて来た。でもフェイロンが王弟になり、フィリップ殿下が国王となった今、俺は身の振り方を考えている。自分にはこんなに煌びやかな世界は合わない。それでもきっとフィリップ国王陛下は俺を重用するだろうなとは思っている。


思いを馳せるのは俺の故郷だ。もうずっと長く帰っていない。別に珍しい事でも無い。それでもこの胸のずっと奥にしまい込んでいる「熱」が俺を急かす。戴冠式も終わり、一息つけるタイミングだ。フィリップ国王陛下にお願いしてみようか。




「国王陛下、ご体調のほどは?」


セバスチャンにそう聞かれ私は微笑む。


「あぁ、大丈夫だ。」


戴冠式を終えて、部屋に戻る。以前、父上が使っていた部屋だ。父上の温もりを感じる。


「リリーは?」


聞くとセバスチャンが微笑む。


「フェイロン殿下とお二人で宮にお戻りになられました。」


そう聞いて心が温かくなる。


「そうか、それは良かった。」


椅子に座るとセバスチャンがお茶を入れてくれる。


「ソフィアは?」


聞くとセバスチャンは微笑みを称えたまま言う。


「宮にお戻りになっています。」


そしてふっと笑うと、言う。


「先程、耳に挟んだところによると、ウェーバー侯爵令嬢がリリー様の専属侍女を申し出ていると。」


そう聞いて私はまた微笑む。


「そうか、ロベリア嬢が。」


セバスチャンの入れてくれたお茶を飲む。


「はい。」


セバスチャンが満足そうに言う。一息つき、そして言う。


「ウェーバー侯爵には私から進言しよう。」


セバスチャンが頷く。


「かしこまりました。」


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