ご挨拶を終えた後、お父様は東部の事でフィリップ国王陛下とお話があり、私は退席した。会場に戻る。フィリップ国王陛下のお相手がリリー様で無い事は東部に居る私でも知っている。今回、フィリップ国王陛下とリリー様が東部を出られてから、王都で色々あった事は、事の顛末として、フィリップ国王陛下が開示し、国民皆が知るところとなった。
その中でリリー様が多大なる貢献をした事、リリー様が白百合乙女様である事も合わせて伝えられ、東部にも伝わっている。リリー様が大聖女━白百合乙女様だという事を知って、私は当然だと思ったのだ。リリー様を目の前にして、膝を折り、祝福を与えて貰い、その祝福のお陰か、私もお父様も健勝にしている。更には時折、キラキラとした光が自分自身を包む事が何度かあった。その度にリリー様が祝福を与えて下さっていると感じられ、とても嬉しかったのだ。
だからこそ。
リリー様にお会いして直接お礼が言いたかった。壇上から祈りを捧げ、祝福を降らせたリリー様は東部に居た時よりも輝いていて、御髪の色も亜麻色から銀色に変わっていらっしゃった。神々しいまでのお姿に感動して、涙まで溢れた。会場を見渡す。やはり、リリー様はいらっしゃらない。前を向いて歩いていなかった私は不意に誰かとぶつかる。
「おっと。」
よろけた私を他の誰かが支える。私を支えたその誰かは黒い騎士服を着ている。
「ありがとうございます。」
言いながら体勢を整える。よそ見をしていたなんて恥ずかしい。
「誰か、お探しですか?」
そう聞く男性は優しい微笑みを向けてくれる。
「えぇ、でももう居ないようです。」
そう言うとその人は少し笑って言う。
「そうですか。」
黒い騎士服を着ているなら、もしかしたらリリー様をご存知かもしれない、そう思って聞く。
「リリー様はどちらへ行かれたか、ご存知ですか?」
そう聞くとその人は少し怪訝そうな顔をする。それはそうだろう。私のような一貴族が今や大聖女━白百合乙女様であるリリー様に会いたいなんて言っていたら、おかしいだろう。
「リリー様に何か御用でも?」
そう聞かれて私は言う。
「私、東部侯爵家のロベリア・ウェーバーと申します。東部でリリー様にお会いして、祝福を授けて頂き、今回、フィリップ国王陛下の戴冠式に参席させて頂きました。出来ればお会いしてご挨拶とお礼を言いたく…」
そう言いながら、やはり私のような一貴族の人間が会いたいと言って会えるお方では無いのだと思う。
「えぇ、知っていますよ、ロベリア様。」
そう言われて顔を上げる。その人は少し笑って言う。
「もうお忘れかもしれませんが、私も東部に居たのです。」
そう言われてその人の顔を見る。黒い騎士服のせいで分からなかったけれど、だんだんと思い出す。赤い髪が印象的な…。
「ウェルシュ卿。」
そう言うとウェルシュ卿はにっこりと笑い、丁寧にお辞儀する。
「私のような一介の騎士の名を覚えてくださっていて、ありがとうございます。」
ウェルシュ卿と言えば、国内では5本の指に入るほどの剣の腕を持ち、フィリップ国王陛下の護衛をずっと務めていた、豪傑な人だ。
「リリー様なら先程、会場を後にされましたが、もしお会いになりたければ、私からお話をしましょう。」
ウェルシュ卿はそう言って私に手を差し出す。私はその手を取って、ウェルシュ卿のエスコートで歩き出す。
温室でしばらくの間、二人でお話をした。温室に備えられているベンチにフェイロン様が座り、そのお膝の上に私は乗せられてしまった。フェイロン様は私を自身のマントで覆い、愛でるかのように優しく微笑む。今ある王子宮は元々、王太子宮だった。そして王太子であるフィリップ様が戴冠されて、その宮を出る事になり、フェイロン様が王太子宮をそのまま全部、使えるようになったのだという。
「私は今まで第二王子と呼ばれていましたが、これからは王弟になります。」
王弟…、そうか、フィリップ様が国王陛下になったのだから、フェイロン様はその弟で王弟という事になるのだと思う。
「私の今、居る宮は王子宮から王弟宮になります。」
王弟宮…。
「リリー様の為の宮は白百合宮として、私の王弟宮のすぐ横に。」
フェイロン様が私の頬に触れて言う。
「宮など分けなくても良いと思うのですが、そういう訳にもいなかいのです。」
そしてクスっと笑い、言う。
「一応、形だけでも整えろと兄上に叱られました。」
笑い方がフィリップ様や国王様に似ている。銀色の髪、銀色の瞳…。国王様の髪色と瞳の色をフェイロン様が継いでいる。
「リリー様。」
フェイロン様が呼ぶ。
「はい。」
返事をするとフェイロン様は私を真っ直ぐ見て言う。
「許されるならば私も兄上と同じように、リリー様をお呼びしたいのですが、許して頂けますか…」
フィリップ様と同じように呼ぶ…それは敬称を無くし、私をリリーと呼びたいという事…。
「はい…」
恥ずかしくて少し視線を下げる。フェイロン様の手が私の頬を包み、自身のお顔の方へ向ける。
「リリー…」
そう呟くように言いお顔が近付く。私は瞳を閉じる。
温室を後にして歩く。
「会場に戻る?それとも宮に?」
聞かれて私はフェイロン様に言う。
「どちらでも。」
そう言うとフェイロン様が微笑む。
「それじゃあ、宮に戻ろう。会場ももう兄上は退席しただろうから。」
フェイロン様のエスコートで歩く。
「フェイロン殿下。」
そう声を掛けられる。声の主はベルナルドだった。
「ベルナルド、どうした?」
フェイロン様がそう聞く。近付いて来るベルナルドと共に歩いて来る女性。その女性を見て私は驚く。
「ロベリア様。」
私がそう言うとロベリア様は嬉しそうに微笑む。
「知り合いかい?」
そう聞かれて私はフェイロン様を見上げて頷く。
「はい、東部に居た頃にお会いしました。」
ロベリア様はさっとドレスの端を持ち、挨拶する。
「王国の勇、フェイロン王弟殿下にご挨拶申し上げます。」
さすがは東部の侯爵家の御令嬢だ。その立ち居振る舞いも優雅で美しい。
「私、東部侯爵家のロベリア・ウェーバーと申します。」
また温室に戻った。女性二人が再会を喜び、話し込んでいる。リリーがあんなふうに打ち解けて話す相手はソフィア以来だろう。
「ベルナルド。」
少し離れた場所で待つ間、ベルナルドと話す。
「何でしょうか、殿下。」
そう聞かれ、ベルナルドに言う。
「お前が女性をエスコートするなんて珍しいな。」
ベルナルドは少し照れた様子で咳払いする。
「会場で誰かをお探しになっているロベリア様を見掛けて、お声を掛けさせて頂いただけです。ロベリア様とは面識もありましたし。」
そう言うベルナルドだったが、その瞳にはもう彼女しか映っていないようにも見える。
「東部ではリリーはどんな様子だったんだ?」
聞くとベルナルドが少し笑う。
「東部で初めてリリー様にお会いした時は、とてもか弱く、すぐにでもお倒れになってしまうのでは?と思う程に痩せられておいででした。」
そして少し遠い目をする。
「ですが私はリリー様の力の解放を目の前で見ました…祈りと共に光の柱が立ち、その光が拡散し、金色の粒となって降り注ぐ…まるで夢を見ているかのような荘厳な光景でした。」
そう言うベルナルドはその光景を思い出しているのだろう。
「それからは護衛に付かせて頂いて、ずっとリリー様を見守っています。」
ベルナルドが俺を見る。
「フェイロン殿下。」
その顔は真摯だ。
「リリー様のお心はずっと殿下をお慕いしていたのだと思います。リリー様を見ていれば分かります。」
そして真摯な瞳で言う。
「リリー様を誰よりも幸せに出来るのは殿下しか居ないと思っております。」
俺はそう言うベルナルドの肩に手を置く。
「あぁ、分かっている。」