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第80話

壇上にリリー様が上がる。人々の目がリリー様に注がれる。リリー様は胸を張って前を見る。そして一瞬微笑むと、胸の前で手を組み、祈り始める。リリー様から光が溢れ出し、その光が拡散していく。眩しい程の光が会場中を包み込み、パーンと弾けてキラキラと金色の光の粒が舞う。金色の粒は人々、そして我々にも降り注ぐ。降り注いだ金色の粒は手で受け止めるとふわっと浮き上がり、そのまま落ちて手の平に浸透していく。兄上を見る。兄上も金色の粒を全身に受けて、輝いている。顔色が戻り、その微笑みに力が感じられる。やはりリリー様のお力は絶大だ。キラキラと舞う金色の粒の中、リリー様はそのお姿を一層、輝かせて美しく、それでいて儚かった。


お守りしたい。


素直にそう思えるお方だ。いつだったかソンブラもそう言っていたような気がして笑う。


「何を笑っているんだ。」


ソンブラにそう言われ俺はソンブラに言う。


「いや、いつだったか、お前もリリー様を守りたくなる人だと、そう言っていたのを思い出してな。」


ソンブラも少し笑い、リリー様を見ながら言う。


「リリー様は本当に穢れないお方だ。慈悲深く、謙虚でいらっしゃる。あんなにもすごいお力をお持ちなのに少しも驕らない。我々も見習わなくてはいけないな。」




祝福が終わり、人々の拍手の中、兄上がリリー様に何かを耳打ちする。それを聞いたリリー様が驚き、そして嬉しそうに笑う。リリー様は丁寧に兄上にお辞儀をすると、壇上から降りて来られる。俺はそんなリリー様に手を差し伸べる。リリー様が俺の手に自身の手を乗せて、俺を見上げる。その表情は何だか嬉しそうだ。


「何かありましたか?」


聞くとリリー様が顔を寄せて言う。


「フィリップ様がこの後、皆に宣言するそうです。」


そう言って振り返る。兄上を見ると兄上は傍に控えていたソフィアに手を差し出している。あぁ、そういう事か。だからリリー様は嬉しそうなんだ。




「ここに居る者たち皆に、報告する事がある。」


フィリップ様がそう言うと、皆が拍手を止め、フィリップ様に注目する。フィリップ様は少し後ろに控えていたソフィアに手を差し出し、ソフィアがそれに応えて、手を乗せる。フィリップ様の横にソフィアが並ぶ。フェイロン様が私の背中に手を添えて、微笑みかける。


「今日、私は戴冠した。そしてこの良き日に、もう一つ、この国の未来を見据えて、伴侶を迎える事を皆に報告しよう。」


ソフィアを見るフィリップ様の瞳は優しい。


「ソフィア・アゼルタイン、私の伴侶となる女性だ。」


人々の拍手が巻き起こる。口々に祝福の言葉が飛び交う。ソフィアは少し恥ずかしそうに微笑み、フィリップ様に何かを耳打ちされて背筋を伸ばす。背筋を伸ばしてフィリップ様の横に立つソフィアは美しかった。私はフィリップ様とソフィアの後ろからまた祝福をする。金色の光の粒が会場中を舞う。




フェイロン様に促されて私は会場を後にする。


「美しかったですね、お二人とも。」


そう言うとフェイロン様が微笑む。


「そうですね。」


フェイロン様にエスコートされるままに歩いて行くと、着いたのは静かな温室。この温室は王子宮のもの?そう思っているとフェイロン様が言う。


「ここはリリー様の為の温室です。」


そう言われて驚く。


「私の為の…?」


聞くとフェイロン様が微笑む。


「元は王太子宮の温室でした。ですが、兄上は国王になられ、この宮も兄上にお子が生まれるまでは使いません。そして兄上にお子が出来るまでにはまだ時間があるでしょう。」


温室の真ん中まで歩く。


「その時にはまた新しいものを造れば良いと兄上がそう言ったのです。」


そう聞いて何だかフィリップ様らしいと思う。


「今は急ぎ、王子宮のすぐ傍にリリー様の為の宮を造っています。」


そう言えばまだお返事をしていなかったなと思う。フェイロン様が立ち止まる。フェイロン様を見上げるとフェイロン様は私の手を取ると、私を見つめ言う。


「何故、王子宮のすぐ傍にリリー様の宮を造るのか、と疑問には思いませんでしたか?」


そう言われてみれば、そうだ。私の為の宮をこの王宮内に造るのであれば、別に王子宮のすぐ傍でなければいけない理由など無い。フェイロン様の手が伸びて来て私の頬に触れる。


「私がそう望んだのです。少しでリリー様のお傍に居たくて…」


そう言われて私は恥ずかしくて視線を下げる。


「リリー様。」


そう呼び掛けられ、フェイロン様を見る。フェイロン様は私の前に片膝を付くと、胸元から何かを取り出す。


「初めてお会いした時からこの心はあなたに奪われました。そして奪われた心をあなたが持っていて下さる限り、私はあなたと共に居ます。どうか私の一騎士の誓いと共に、私の生涯の伴侶になって頂けませんか。」


フェイロン様の手にはハンカチに包んだ指輪がある。フェイロン様の瞳と同じ色の宝石が光っている。涙が溢れ、視界がぼやける。


「フェイロン様。」


呼び掛けるとフェイロン様が聞く。


「何でしょうか。」


そう言われて私は言う。


「私は涙で良く見えません、なので、フェイロン様が…」


そう言うとフェイロン様がクスっと笑って立ち上がり、私の手を取るとその指輪を私の指に収める。そして持っていたハンカチで私の涙を拭う。フェイロン様が不意に私を抱き寄せて抱き締められる。




「このままで聞いてください…」


抱き締めたリリー様が言う。


「分かりました。」


高鳴る胸の鼓動はきっとリリー様にも聞こえているだろうと思った。


「私も一番最初に会った時から、フェイロン様をお慕いしておりました…」


消え入るような小さな声。そして一番最初に会った、あの時からリリー様も俺の事を慕ってくれていたのだと分かる。もうずっと互いに想い合って来た、という事だ。リリー様の頭を撫でる。こうしてずっとリリー様に触れたくて、抱き締めたくて、その衝動を抑えて来た。兄上がリリー様の頭を撫でるのを見た時は、その役目をずっと俺がしたいと思っていたのだ。今、こうして抱き締めて、頭を撫でる事が出来て、本当に幸せだった。


「このまま王宮に、私の傍に居てくださいますか?」


聞くとリリー様が言う。


「はい…」




会場中を見回す。どこを探してもリリー様を見つけられない。先程は素晴らしい祝福を降らせてくださって感動していた。戴冠式だからという理由で東部から駆け付けた。お父様もきっとフィリップ陛下にお会いしたいだろうと思った。キラキラと祝福の金色の粒が舞い散る中、歩いて回る。やっぱり居ないわ。リリー様ならきっとそのお姿を煌めかせていらっしゃるから、会場ですぐに見つけられると思ったのに。


「ロベリア。」


呼ばれて振り向く。


「お父様。」


お父様が微笑んで私に近付き、言う。


「フィリップ国王陛下との謁見が許された。行こう。」




会場とはまた別の、特別なお部屋に案内される。さすがは王族。調度品もお部屋のセンスも群を抜いている。お父様と私は部屋のソファーに座り、フィリップ国王陛下を待った。扉の外で音がする。お父様と顔を見合わせて立ち上がる。扉が開き、フィリップ国王陛下が入っていらっしゃる。


「やぁ、ウェーバー侯爵。」


フィリップ国王陛下は以前、東部でお会いした時よりもお元気そうで、そのお姿を輝かせていらっしゃった。


「王国の太陽、フィリップ国王陛下にご挨拶申し上げます。」


お父様がそう言って深く礼をする。私もそれに倣い、深く礼をする。


「うやうやしい挨拶はそれまでにしよう。私とウェーバー侯爵の仲だ。もっと気軽で構わない。」


フィリップ国王陛下はそう仰るけれど、そうはいかない。お父様は少し笑って言う。


「お元気そうで安心致しました。」


フィリップ国王陛下は私たちの前まで来ると、お父様と握手をする。こうして見ているとお父様はもうフィリップ国王陛下の腹心の部下だと感じる。


「ウェーバー侯爵も元気そうで何よりだ。」


そしてふと、フィリップ国王陛下のすぐ後ろに控えている女性に目が行く。金色の髪に美しい碧眼。フィリップ国王陛下と揃いの衣装。先程の夜会でフィリップ国王陛下自らが皆に紹介した、伴侶となる女性だ。フィリップ国王陛下はその女性の背中に手を当て、私たちに言う。


「私の伴侶となるソフィア・アゼルタインだ。」


アゼルタイン家。東部ではそこそこ有名な家門で伯爵家だった筈。


「ご無沙汰しております、ウェーバー侯爵様、並びにロベリア様。」


やはりそうだ。この方は確か、東部のグリンデルバルド家で侍女をしていた。


「アゼルタイン家の御令嬢でしたか。」


お父様が言う。確か、以前、お茶会でお会いした事があった筈…そう思っていると、ソフィア様が私ににっこり笑って言う。


「ロベリア様とは以前お茶会で…」


私は微笑んで会釈する。


「覚えていてくださっていて、光栄です。」


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