祭壇に上がり、大神官が水晶に手を当てる。水晶はキラキラと光りを増し、水晶の周りには金色の粒が舞っている。
「これまで何人もの神官や聖女様の神聖力を、この水晶が鑑定して来ましたが、このように認定後も長く光り続けた事は初めてでございます。」
大神官は眩しそうにその水晶を愛でている。
「私は大神官と名乗っておりますが、ご存知の通り、私の神聖力はそれ程強くはございません。そんな私の神聖力でも、触れればこんなにも光り輝いてくださっているのです。これは共鳴でしょう。」
光り輝く水晶はとても美しい。
「共鳴、か。」
大神官が私を見る。
「私も認定後、中央神殿に戻り、色々な書物を調べました。リリアンナ様が白百合乙女様だという確信が欲しかったのです。」
大神官が聞く。
「そこでお尋ねしますが、リリアンナ様はご自身の傷などをご自身で治癒出来るのでしょうか?」
そう聞かれて私は微笑む。
「あぁ、出来ると聞いている。私はまだ見た事は無いが。」
そう答えると大神官が満足そうに微笑む。
「そうですか、そうであるならば、間違いは無いでしょう。」
中央神殿にある書物でも、私が読んだあの書物と同じ事が書かれていたのだなと思う。
「白百合乙女だと認定出来そうか?」
聞くと大神官は微笑んで言う。
「はい。中央神殿からそう通達を出しましょう。」
私は更に聞く。
「これは内密にして欲しい事なのだが、ここ王都に黒魔術が持ち込まれている。」
そう言うと大神官の表情が変わる。
「黒魔術…」
私は少し息をついて言う。
「ここ何日間かで、黒魔術のかかっている羊皮紙や、それに関連する事象を私の方で確認している。更に言えば、黒魔術のかかった羊皮紙に触れたものをリリーが浄化したんだ。」
大神官が驚いて私を見る。
「リリアンナ様が浄化を?」
私は頷いて続ける。
「あぁ。私はリリーが目の前で黒魔術の解呪に使った粉を浄化するのを見た。その浄化の最中には黒魔術の切れ端とも言えるものを目撃した。」
大神官が腕を組んで考え込む。
「そうなれば、もう白百合乙女様である事は間違いないでしょう。私や今居る神官、聖女たちでは浄化までは出来ませんので。」
やはり、か。そう思いつつ、大神官に言う。
「この件に関しては中央神殿にも知っておいて欲しい事だが、今は時間が無く、全てを伝えられない。婚約式が終わったら、この件に関しての報告書をそちらにも送ろう。」
大神官が頭を下げる。
「お心遣い、感謝致します。」
そして言う。
「今夜の夜会で大神官にリリーが聖女である事、更に白百合乙女である事を宣言して貰いたいのだが。」
大神官は力強く頷く。
「それでしたら問題無く。」
そこで大神官が思い付いたように聞く。
「この件について国王陛下はご存知で?」
私は笑う。
「いや、まだだ。婚約式後、私から伝えよう。」
神殿に入る。入り口にフィリップ様がいらっしゃった。
「リリー。」
フィリップ様は私を見て微笑む。
「とても美しいね。」
そう言われて恥ずかしくて俯く。何故か心のどこかがチクチクした。
「リリー。」
呼ばれてフィリップ様を見る。フィリップ様は真剣なお顔で言う。
「今は時間が無いから詳しくは言えないが、今夜の夜会でリリーが白百合乙女であると公表するよ。」
そう言われて私は頷く。
「はい。」
フィリップ様は私を見て微笑み、頷く。
「その後の事は私に全て任せてくれて良いからね。私が全ての責を負う。」
私が聖女である事、更に白百合乙女であると公表すれば、国中が大騒ぎになると、フィリップ様は以前、そう仰っていた。どんな騒ぎになるのか想像も出来ないけれど、フィリップ様が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろうと思える。
「さぁ、行こう。」
フィリップ様にエスコートされ、神殿に入る。
婚約式は滞りなく進み、署名をして、終える。神殿を出ると、フィリップ様が言う。
「夜会まではまだ時間があるが、リリーは夜会の準備で忙しくなるよ。」
フィリップ様は軽やかにそう言う。
「さぁ、リリー様、こちらへ。」
キトリーがそう言うとフィリップ様が私の耳元で言う。
「ほらね。」
私はクスクス笑い、フィリップ様は私のそんな様子を見て言う。
「食事はちゃんとするように。キトリー頼んだぞ。」
王太子妃宮に戻る途中。
「リリアンナ様!」
そう声を掛けられて振り向くと、先程の婚約式で式を執り行ってくれた大神官様が小走りでこちらへやって来るところだった。大神官様は私の前まで来ると、呼吸を整え、深々と頭を下げる。
「私は中央神殿にて大神官を務めさせて頂いております、ハビエルと申します。王国の光、リリアンナ様にご挨拶申し上げます。」
こうして正式に挨拶されるのは、そういえば初めてだったなと思う。
「ハビエル大神官様、存じ上げております。」
そう言うと大神官様が頭を上げ、私を見て目を細める。
「お忙しい時だと存じておりますが、一度、きちんとご挨拶を致したく…」
私は大神官様を見上げる。背が高い初老の男性。優しい眼差し。
「もし、よろしければ、祝福を賜りたいのですが。」
大神官様はそう言うと、私の前に膝を付く。私は少し驚いて聞く。
「私から大神官様に祝福、ですか?」
大神官様は私を見上げて言う。
「はい、白百合乙女様から祝福を頂きたいのです。」
大神官と言えば、神殿を司る方。聖女の認定も行っている人だ。そんな人に私から…?戸惑っていると大神官様が言う。
「私は大神官ですが、神聖力はそれ程、強くはございません。強くはなくともその行いが正しければ大神官にはなれるものなのです。」
行いが正しければ大神官になれると大神官様は言うけれど。そう思いながら私は言う。
「分かりました。」
私がそう答えると大神官様は胸の前で手を組み、祈るように目を閉じる。私は大神官様の額の前に手をかざす。
≪大神官様に祝福があらんことを≫
そう祈った瞬間、眩い光が二人を包む。大神官様からも光が溢れ出している。互いの光が混ざり合い、キラキラと周囲に舞う。大神官様が目を開けて私を見る。
「あぁ、白百合乙女様…」
大神官様の瞳には涙が浮かんでいる。
「祝福ありがとうございました…」
大神官様はそう言うと立ち上がり、また深々と頭を下げる。
婚約式を終えた私は父上の所へ行く。今日の事を話さなければならない。足早に歩く私に寄り添うように歩く影。
「ソンブラか。」
言うとソンブラが姿を現す。
「殿下。」
歩きながら私はソンブラに笑う。
「本当にお前は神出鬼没だな。」
言うとソンブラが笑う。
「私は殿下の影、いつでもお傍に。」
そう言うソンブラに私は言う。
「今夜の夜会でリリーが白百合乙女であると宣言する。恐らく会場は混乱するだろう。護衛対象は私では無く、リリーだ。」
ソンブラは微笑んで言う。
「どちらもお守り致します。」
ソンブラがそう言うなら大丈夫だ。だが、懸念事項はある。
「あぁ、お前を信じている。だが、最近の事を鑑みれば、いくら腕に自信があっても不安は残る。」
ソンブラが頷く。
「心得ております。」
歩きながら私は考えていた。昨夜からずっと同じ事を。リリーを守り切れるだろうか。
「そうか、今夜の夜会で公表するのだな。」
父上は背もたれに寄り掛かり、そう言う。
「はい、先程、婚約式の前に大神官と話をしました。大神官も間違いなくリリーが白百合乙女だと確信していると。」
父上はリリーからの治癒で体調を回復し、三日ほど前から執務に戻っていた。
「うむ、分かった。ではそのように。王妃にも伝えないといけないな。」
父上はそう言って、部屋の隅に居る侍従に言う。
「王妃を呼んでくれ。」
侍従が部屋を出て行く。私は母上が来るまでの間で、ここ最近の話をした。ソンブラにモーリス家を探らせた事、そこで黒魔術に関するものを見つけた事、黒魔術にかかっていた羊皮紙に触れた時に手が弾かれた事、更にはその黒魔術の浄化をリリーが難なくこなした事…。ここ数日で目まぐるしい程の事が起こっている。更に演武で怪我をしたクラーク卿の治癒にエリアンナ嬢が失敗した事、そして最後にエリアンナ嬢をエスコートした際に、リリーからの祝福を受けているクラーク卿の手とエリアンナ嬢の手が反発し合った事も話した。父上はずっと考え込むように腕を組んで話を聞いてくださった。