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第51話

そう聞こえた瞬間、急に呼吸が楽になる。


「…ウフフフフ、アハハハハハ!」


笑いが込み上げて来る。体中に力がみなぎって来る。自分の手を見て、そこに意識を集中する。パチパチと弾ける感覚がして、指先から白い光が突き出して来る。まるで長い爪のようだ。


「エリアンナ!帰ったか!」


お父様がノックも無しに部屋に入って来る。長い爪のような光を消す。


「何だ、どうした、この部屋は…」


私はお父様に振り返って微笑む。


「何でもありません。ついうっかり花瓶を落としてしまっただけです。」


そう言いながら立ち上がる。お父様は私を見て微笑むと言う。


「そうか、怪我は無いか?」


聞かれて私は頷く。


「はい、全く。」


お父様は私に聞く。


「王宮での演武はどうだった?」


そう聞かれて私は答えに迷う。けれど。


「問題ありませんでした。リリーとは会えませんでしたが。」


スルスルと言葉が口をついて出る。え?私、今、問題無いって言った?お父様は私を見て、一息つくと言う。


「そうか、それなら仕方ないな。クラーク卿とは話したか?」


聞かれて私はフェイ様のあの眼差しを思い出す。それなのに。


「はい、きちんとお会いしてお話しました。婚約についても前向きに考えて下さっているそうですよ。」


またスルスルと言葉が出て来る。…違う、そんな事、言われていない。お父様は微笑み頷く。


「そうか、そうか。それは良かった。仲良くやるんだぞ。」


そう言ってお父様は部屋を出て行く。侍女が何人か来て、割れた花瓶の後処理をする。私は窓際に移動して、侍女たちが部屋を出て行くのを待った。


「何か御用がおありでしょうか。」


そう侍女に聞かれて私は言う。


「いいえ、何も無いわ。下がって良いわよ。」


言うと侍女が部屋を出て行く。部屋の扉が閉まったのを確認して、私は問いかける。


「あなたは誰なの?」


聞くと頭の中で答えが返って来る。


…私はお前だ


「いいえ、違うわ。あなたは私じゃない。」


言うとまた頭の中で声がする。


…受け入れたじゃないか…受け入れたからこそ、私の声が聞こえているのだ


違う、違う。受け入れた訳じゃない。ただ息が苦しくて、助けてと思っただけだ。


…力が無いのは嫌なのだろう?


また声がする。もちろん、力が無いのは嫌だ。だけど、私の意志に反して言葉がスルスルと出て来るのは気味が悪い。それも嘘ばかり。


…そうしなければお前は役立たずとして捨てられるぞ?


捨てられる?この私が?両親に愛されて育ち、周囲から尊敬されている、この私が?美しさに関して誰もが羨む容姿を持っているこの私が?


…フフフ、容姿だけで言えば、妹のリリアンナもお前と同じだろう?


リリーの名前を聞いた途端、怒りが込み上げる。リリーが私と同じですって?冗談じゃない。私はリリーよりも優れているの!そうでなければいけないのよ!今までずっとそうだったもの!あんな貧相な見た目が私と同じ訳無いわ!


…ならば手を組もうじゃないか、お前はリリアンナを壊せば良い


あなたは一体何者なの?何故私に手を貸すの?


…私が何者かは重要じゃない、重要なのはお前も私もリリアンナが邪魔だという事だけだ


リリーが邪魔…確かにそうね。リリーが居なければ私は今頃、聖女として王都に君臨して、王太子妃も狙えたかもしれない。フェイ様にあんな目をされずに済んだのよ。フィリップ王太子殿下にあんなふうに蔑まれないでいられたかもしれない。全てはリリーのせいだわ。


…婚約式は明後日だろう?支度をするんだ、誰よりもお前が輝く為にな


そうよ、夜会がある。その時には私はフェイ様と夜会に行かなくてはいけない。お父様にちゃんと伝えなくては。私をエスコートするように、と。今のままではフェイ様と並んで夜会には行けなくなりそうだわ。私は部屋を出て歩きながら頭の中の声に言う。


「あなたはしばらく黙っていてよね。」


頭の中でクスクスと笑う声がする。


…良いだろう、だがアドバイスくらいはしてやろう。相手は子爵家だ、伯爵家からの申し出は断れん


「分かっているわよ。そんな事。」


そう言いながら私はお父様の執務室の扉をノックする。


「入れ。」


言われて私は部屋に入る。


「エリアンナ、どうした?」


聞かれて私は微笑んで言う。


「お父様、クラーク家へお手紙を出してください。私を婚約式後の夜会でエスコートするように、と。」


お父様が不意に無表情になる。お父様の足元から黒いもやが立ち上り、お父様を一瞬、包むとお父様が笑顔になる。


「分かった、すぐに使者を出そう。」


それを見て頭の中で言う。


あなた、何かしたわね?


頭の中で声がする。


…フフフ、別に大した事では無い。お前に手を貸しただけだ


私はお父様に微笑んで挨拶をし、執務室を出る。別に誰が何をしようと、もうどうでも良かった。私はフェイ様と夜会に行く。そしてそこで私はフェイ様と踊るのよ。リリーはきっとダンスなんて出来ない。ダンスは一朝一夕で出来るものでは無いもの。上手くやれば王太子殿下とだって踊れるかもしれない。




夕刻になり、急な便りに頭を抱える。モーリス家から使者が来て、明後日の夜会でエリアンナ嬢をエスコートするようにと半ば命令されている、というものだ。今日の演武での失態でエリアンナ嬢も影を潜めるかと思ったが、そんな事は無かったようだ。良く考えれば、エリアンナ嬢も治癒をしようとはしたのだから、それが上手くいくのか、失敗するのかは問題では無いのかもしれない。白い光は確かにエリアンナ嬢の手から出た。その光で癒される事は無かったが。


「騎士団長殿。」


声を掛けられて振り返る。


「お手紙が届いております。」


渡された手紙。ピンク色の封筒。開けなくてもそれがエリアンナ嬢からのものだと分かる。溜息をついて封を切る。内容は今日の治癒が上手くいかなかった事への謝罪と、明後日の夜会についてだ。服の色を合わせたいと書かれている。何だろうか、この違和感は。通常ならばあのような失態を見せたなら私へ顔向け出来ないと思うのでは無いのか?謝罪は書かれてはいたものの、それは自身の力が及ばなかっただけで、自分は悪くないと、そういう事なのだろうか。


厚顔無恥


まさにそんな態度だ。あんな女がリリアンナ様と本当に血が繋がっているのか?同じ血を分けた姉妹だと言うのだろうか。胡散臭さを感じる。“何か”ある。黒魔術が関わっている事を加味しても、この厚顔無恥さは異常だ。その手紙を持って、フィリップ殿下の元へ向かう。




手紙を渡され、中身を読んだ私は湧き上がって来る笑いを抑えられなかった。


「笑い事ではありません。」


クラーク卿がたしなめるように言う。


「あぁ、すまない。だが、こんなにへこたれないとは。」


手紙には軽い謝罪の言葉と婚約式後の夜会には自分も行く事が出来るから、エスコートを楽しみにしている事、ダンスも楽しみである事、そしてせっかく行くのだから衣装の色を揃えたいとそう書かれている。


「私はこの手紙を読んで、薄気味悪さを感じました。」


クラーク卿は深刻そうにそう言う。


「確かに、薄気味悪くはあるな。胡散臭いというか。打たれ強いとはまた違った…何というのか、不気味というか。」


クラーク卿が顔を歪ませて言う。


「自分は悪くないと本気で思っているようです。自身の力が及ばなかっただけ、そういう結論で終わらせようとしているところも、伯爵家という地位を利用して私の家を脅しているところも、全てが歪んでいます。」


嫌悪感を隠さずそう言うクラーク卿に好感を持つ。この人物は正しくあろうとしているのだろう。まさに清廉潔白という言葉がぴったりだ。




「あぁ、分かっているよ。」


フィリップ殿下が言う。フィリップ殿下は私の所へ歩いて来ると俺の肩に手を置き、言う。


「君には不本意だろうけれど、夜会にはエリアンナ嬢をエスコートしてくれるかい?」


フィリップ殿下を見る。フィリップ殿下は微笑んでいらっしゃる。それを見て感じる。


「何かお考えが?」


聞くとフィリップ殿下が言う。


「そうだね。」


そう言われて俺は頭を下げる。


「御意。殿下の仰せの通りに。」


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