王太子妃宮の見事な薔薇園に入る。色々な種類の薔薇が咲き乱れている。薔薇の香りに包まれながら、誰も居ない薔薇園の中をソフィアと歩く。
「今日の午後になると思うが。」
そう話し出す。
「クラーク卿とソンブラの演武がある。」
振り返ってソフィアを見る。ソフィアはまっすぐに私を見つめている。
「その演武の時に、ちょっとした仕掛けをしようと思っている。」
ソフィアが聞く。
「仕掛け、というのは?」
聞かれて私はソフィアを見ながら聞く。
「ソフィアはモーリス家の事について、どれくらい知っている?」
ソフィアが少し考える。
「私が知っているのはモーリス家の方々がリリー様を良く思っていない事、モーリス家の御当主様が黒魔術に関わっている事、リリー様のお姉様であるエリアンナ様が国王陛下の治癒に失敗した事、くらいでしょうか。」
うん、上出来だと思う。
「それに加えて、エリアンナ嬢の神聖力に疑念が生じていると言ったら?」
聞くとソフィアが驚く。
「神聖力に疑念?」
私はソフィアを引き寄せて耳元で言う。
「エリアンナ嬢の神聖力はリリーの強い力が転移したものだと私は考えている。」
ソフィアは私の言葉を聞いて、私を見上げる。
「転移、ですか?」
ソフィアとの顔の位置が近い。私は少し笑って顔を離す。
「そうだ。稀に双子の間で起こる事象だそうだ。」
誰にも聞かれてはいけない事を話しているのだから二人きりになれる場所を、と思って薔薇園に来たが、数多くの薔薇に囲まれて話していると、その薔薇の美しさと香りにあてられそうだと思う。ソフィアは少し考えて言う。
「もし転移があったとするならば、それはリリー様のお力がエリアンナ様に移ったという事で、しかもそれはかりそめの力だという事…」
ソフィアが呟く。ちゃんと理解出来ているなと思う。彼女のこういう話が早い所を見込んでリリーに付けたのは正解だった。
「…それとクラーク卿とソンブラの演武に何か関係が?」
聞かれて私は微笑む。
「今回、私はクラーク卿にエリアンナ嬢の神聖力についての検証を命じた。」
言うとソフィアが少し考えたのち、ハッとする。
「もしかして、その演武というのは、エリアンナ様に治癒の力を使わせる為、ですか?」
聞かれて私は微笑む。理解が早いのは本当に心地良い。
「クラーク卿自ら提案して来たんだ。」
そう言うとソフィアがまた考え込む。
「そうですか…」
真剣に考え込んでいるソフィアが聞く。
「リリー様にお伝えした方が良いのでしょうか。」
そう聞かれて私は苦笑いする。
「それをどうしようか悩んでいる。今回の検証にはもちろんだが、エリアンナ嬢が来るからな。私はなるべくリリーとモーリス家の人間を関わらせたくないと思っている。」
リリーの辛い記憶を呼び起こす事は避けたい。傷付けたくはない。ソフィアが私を見上げて言う。
「ですが、リリー様はきっと、ご自分の目で見たいと仰ると思います。」
ソフィアの言う通りだ。きっとリリーならそう言うだろう。
「それに。」
ソフィアがそう言い、微笑む。
「後から事後報告のような形になると、リリー様ご自身がこの事について何も力になれなかったとお嘆きになるかと。」
そう言われてそれもそうだなと思う。リリーはいつも誰かの役に立つ事を考えている人だ。
「そうだな、だがエリアンナ嬢と向き合わせたくはない。」
リリーから昔の話を聞いてから、私はずっとリリーに辛い思いをして欲しくないと思っている。いつかは向き合い、対峙しなくてはいけないが、それは今じゃない。
「でしたら、演武場での観覧席を離してはどうでしょう。」
ソフィアが言う。それなら大丈夫そうだと思う。
「うん、そうしようか。」
クラーク卿からお手紙が届いた。そこには王宮の演武場での演武に招待すると書いてあった。クラーク卿の演武を観られるだなんて。クラーク卿は私の事を少なからず思ってくれているのだわ。そう思い、支度を始める。
「エリアンナ、一人で大丈夫か?」
お父様が部屋に来てそう聞く。
「えぇ、大丈夫です。お手紙には私一人のみだったら王宮に特別に入れるように手配してくださったそうですので。」
お父様は私に言う。
「リリーに会う事があれば、きちんと伝えるのだぞ?」
そう言われて私は微笑む。
「分かっています。ご心配には及びません。」
そう言いながら早く出て行ってくれと思っていた。クラーク卿の演武を想像しながら、私は出来るだけ着飾った。美しい私を見て欲しかったから。
「フェイ、お前とたとえ演武であろうと、向き合うのは久々だな。」
ソンブラが言う。支度をしながら笑う。
「そうだな。腕が鈍っていない事を祈っているぞ。」
そう言うとソンブラも笑う。
「それはこっちのセリフだ。」
演武場に向かう。演武場は円状になっていて観覧席が高く造られている。正面の席にはフィリップ殿下がいらっしゃる。殿下に向かって左手から俺が、反対側の右手からソンブラが出て来る。エリアンナ嬢は無事に王宮入りをし、俺を良く見たいからという理由でソンブラ側に座っている。ちらっと視線を送るとエリアンナ嬢は俺に手を振っている。それには答えずに演武場のソンブラと向き合う。
「良いのか?応えなくて。」
ソンブラが楽しそうに聞く。
「応える義務は無いからな。」
そう言うとソンブラが笑う。
「確かにな。演武にあんなに華美なドレスを着て来るあたり、本当に俺たちとは感覚がズレていて、気持ちが悪いな。」
そう言われて笑う。確かに今日のエリアンナ嬢の服はこんな演武場に来るにあたっては華美過ぎる。オペラでも観に来たのでは?と思う程の服装だ。その時、ふわっと風を感じて振り返る。そこにはリリアンナ様が丁度、入って来られたところだった。リリアンナ様は薄青色のドレスを着ていた。あまり飾り立てず、控えめな服装。とても良く似合っていた。髪には俺があげた髪飾りがあった。それを見て微笑む。控えめなリリアンナ様に良くお似合いだと思った。
「おい、どこを見ている。」
そう声を掛けられてソンブラと向き合う。ソンブラが剣を抜く。俺も剣を抜く。
「ではこれより演武を行う!両者、位置に。」
殿下の脇に居たセバスチャンがそう号令を掛ける。さすがは元騎士団長殿だ。剣を向け合い、視線を交わす。
「始め!!」
セバスチャンの号令で演武が始まる。演武は戦いでは無い。互いの剣術の技を互いにその技でいなし、剣術の度量を見せる、いわばお披露目に近い。だがソンブラと向き合うと血が沸き立つのを感じる。一瞬の後、ソンブラが駆け出し、剣を振るう。俺はその剣を受ける。ガチンと剣と剣の当たる大きな音。
「忖度はしないぞ。」
ソンブラが言う。
「望むところだ。」
そう言い返して剣を押し返す。押し返されたソンブラが地面を蹴り、駆け出して来る。ガチン、ガチンと剣の交わる大きな音が響く。ソンブラが殿下の影になり、騎士団を後にしてからどれくらい経つだろうか。日々、鍛錬を欠かさない俺ですら、ソンブラと一緒に居れば分かる。この男は日々の鍛錬を忘れてはいない。今では王国一と謡われているが、ソンブラが殿下に引き抜かれなければ、間違いなく騎士団長になっていたのはソンブラだっただろう。ガチンと剣と剣が当たる。顔を突き合わせる。
「腕は落ちていないようだな。」
言うとソンブラが笑う。
「お前こそ、腕を上げたな。」
今度はソンブラが自身の腕を使って俺を押し返す。右足を踏ん張って体勢を崩さないように向き合う。間合いを図り、構えながら歩く。ソンブラが視線を送る。立ち位置を交換する必要がある。俺は回り込むように歩き、ソンブラと立ち位置を交換する。視界にリリアンナ様が入る。リリアンナ様は心配そうに俺たちを見ている。この場にリリアンナ様がいらっしゃるとは思わなかった。そしてこれから起こる事をリリアンナ様が観ると思うと、何だか気が引けた。ソンブラの目が一瞬光る。