翌朝、一番でソンブラとクラーク卿が部屋を訪ねて来た。
「二人揃って。どうした?何か掴んだのか?」
聞くと二人が顔を見合わせて頷き合い、ソンブラが話し出す。
「昨日の深夜、伯爵家へ潜入し、隠し金庫を見つけ、その中にあった白紙の羊皮紙を反転させて戻りました。何も書かれていないように見えたのですが。」
そう言ってソンブラが羊皮紙を出す。羊皮紙には微かな文字が見て取れる。
「イー…ル、セラ…ア。」
それしか判読出来ない。
「白紙だったのだろう?どうやって文字を?」
聞くと今度はクラーク卿が言う。
「ソンブラが持ち帰ったその羊皮紙に私が触れました、その時にほんの少しですが羊皮紙が黒ずんだのです。」
クラーク卿が触れて羊皮紙が黒ずんだ…。
「なので、羊皮紙全体に手を当てて、スライドさせてみました。」
それで文字が浮かび上がったのか。しかし、何故、クラーク卿にそれが出来たのだろう。
「ソンブラもやってみたか?」
聞くとソンブラが頷く。
「はい、やってみましたが、何の変化も起こりませんでした。」
羊皮紙を机に置く。
「関係あるかは分かりませんが、昨日二人で調べた事です。」
そう言ってソンブラが紙を渡して来る。その紙には花について書かれていた。
「花、か。」
言うとクラーク卿が言う。
「レインリリーという花があります。」
そう言われて私は少し微笑む。
「あぁ、知っているよ。毒性が強く、食用には向かない花だね。」
そのレインリリーとブルースター、そして水。何か関連があるのだろうか。
「ここに書かれているどれかが作用したと、そう思うんだね?」
聞くと二人が頷く。ふむ。
「白い花には浄化の作用があるらしいとは聞くが。」
そう言うとクラーク卿が聞く。
「浄化、ですか?」
紙から顔を上げて二人を見る。
「あぁ、不純なものを浄化してくれるんだ。それは花自体の効能でも無いし、書物にはあまり書かれていない事だね。だが昔からそう言われているよ。」
執務室の花瓶を見る。今日も白い花が飾られている。
「私の部屋に白い花が多いのも、そういった理由なんだ。」
そこでふと思い出す。
「国に加護をもたらす大聖女の事を白百合乙女というが、もしかしたら白い花には神聖力があるのかもしれないね。」
結局あまり眠れなかった私はノロノロと起き出して、支度する。
「リリー様、おはようございます。」
ソフィアが私を見て駆け寄って来る。
「大丈夫ですか?リリー様。」
起きてはみたものの、立ち上がるとフラフラしてしまう。そんな私を見てソフィアが言う。
「今日のところはゆっくりお休みください。婚約式が控えておりますので。」
ソフィアにそう言われて私はベッドに戻る。情けなかった。考えが纏まらず、ずっと同じところをグルグル回っている。
お父様の件はいずれ結果が出るだろう。それはフィリップ様が暴いてくださると信じている。問題は他にあった。私の気持ちだ。昨日の夜、一旦は考えるのを止めた事だけれど、やっぱり頭の中に色んな事が浮かんで消せなかった。お姉様と彼が並んで歩き、彼がお姉様をエスコートするのも、そういう
でも逆に私は?私はフィリップ様の婚約者で婚約式までやろうとしている。フィリップ様が嫌なのでは決してない。フィリップ様は私を救ってくださった方だ。私に忌み子としての人生よりも聖女としての人生を提示してくださった。そして何も知らなかった私にたくさんの事を教えてくれた。それを考えたら私はこのままフィリップ様と婚約、結婚し、フィリップ様を支えて行くべきだ。
それでも。
私にはそんなに知識はないけれど、それでも分かる事がある。恋人同士が手を繋いだり、抱き合ったり、キスしたりするのを知っている。私はフィリップ様にそういう事をされた事が無い。フィリップ様は最大限、優しくしてくれていると思う。そう、まるで兄のように。そして私自身、フィリップ様とそういう事をする想像が出来ない。
「ねぇ、ソフィア。」
呼び掛けるとソフィアがベッドの脇に座り聞く。
「何でしょう、リリー様。」
私は天井を見ながら聞く。
「貴族の結婚って何なのでしょうね…」
ソフィアは椅子に座って少しだけ息をついて言う。
「私が今から話す事は一般論ですので。」
そう前置きをして話し出す。
「貴族同士の結婚は、そのほとんどが政略結婚だと言われています。貴族のほとんどが家柄を重視し、家格が合わなければ、結婚まで辿り着く可能性はごくわずかです。」
ソフィアを見る。
「リリー様のお家は伯爵家ですよね。私の家も伯爵家です。ですが同じ伯爵家でも、リリー様のお家は王都にあり、私の家は東部の田舎にあります。そこでも差が出てしまうのです。もちろん、この場合はリリー様の家格の方が上になります。」
ソフィアは微笑みながら続ける。
「政略結婚だとしても、結婚をすれば互いに思い合い、慈しみ合う夫婦になる事も出来ます。もちろん、恋愛結婚する人たちも居ます。そしてそういう家格に捉われない人も居ます。例えばリリー様のような神聖力を持っている場合ですね。」
ソフィアは優しく微笑む。
「聖女であれば家柄は関係無くなります。神聖力を持っているという事はそれだけ特別なのです。」
そう言えば、いつだったか、フィリップ様が聖女は出自を問わずにその身が保証されると仰っていた事を思い出す。
「通常であれば、平民と貴族の結婚は認められない事が多いのです。ですが相手が聖女であれば身分は関係無くなります。聖女というだけで、この世の誰とでも結婚出来るのです。相手が貴族だろうと、王族だろうと、平民だろうと。それは聖女の身元を神殿が保証するからです。」
以前、フィリップ様に聞いた事と同じだ。
「その昔、聖女は王族との婚姻が決められていたそうです。ですが近年になって神聖力を使える者が減っていると聞きます。そしてその力も弱まっていると。」
ソフィアが俯く。
「私はフィリップ殿下の治癒をしている聖女を一人だけ見た事があります。その聖女はフィリップ殿下に治癒を施した後、倒れてしまいました。そして自身の回復の為に二日ほど寝込んでおりました。」
フィリップ様の治癒で倒れて寝込む…。ソフィアが私を見て微笑む。
「なのでリリー様を見て、本当に驚いたのです。フィリップ殿下に治癒を施しながら、リリー様は殿下と楽しそうに話し、笑っておられたのを見て、奇跡だと思いました。」
そこでソフィアがハッとする。
「すみません、婚姻について話していたのに、ついついリリー様のお話になってしまって…」
私はそんなソフィアに微笑む。
「話してくれてありがとう。」
言うとソフィアが身を乗り出す。
「リリー様。」
ソフィアは周りを見回して、ヒソヒソ声で言う。
「私はいつでもリリー様の味方です。リリー様がどんな事をされても、どんな事を考えておられても。」
そう言うソフィアを見て思う。あぁ、きっとソフィアは私の気持ちを察してくれているんだ。きっと私の気持ちに気付いている…。
「ありがとう。」
言うとソフィアが微笑む。
「リリーが?」
聞き返す。セバスチャンが少し心配そうにしている。
「はい、今朝一度、起きて来られてから体調がよろしくなく、ベッドにお戻りになったと聞いております。」
そう言われてペンを置く。
「まぁ、それも仕方ないだろうな。」
昨日の今日だ、それも致し方あるまい。自分の父親が黒魔術に関わっていると聞かされれば混乱もするだろう。溜息をつく。そして考えていた事を実行しようと決める。
「セバスチャン、クラーク卿を呼んでくれ。」