目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第46話

俺は深夜の闇に紛れて、伯爵邸に戻っていた。今はもう屋敷中の人間が眠りについている。音を立てずに移動し、昼間に探った伯爵の書斎に入る。まだあのトランクはあるだろうか。月明かりを頼りに書斎のデスクの足元を探る。


…無い。あのトランクが無くなっている。


どこかに移動したのか。無い物は仕方ない。何か新しい発見は無いか、書斎を見て回る。書斎の壁際に設置されている本棚を見る。それらしき怪しい書物などは見当たらない。ふと壁に飾られている絵に目が行く。その絵の額縁を探る。絵の下に手を入れると、何かがあった。絵を慎重に外す。絵の後ろに隠し金庫がある。耳を当て鍵を回す。耳から入る情報を頭の中で精査する。カチンと小さな音がして鍵が開く。ゆっくり慎重に小さな扉を開ける。中には何枚かの羊皮紙と、金塊が数個。羊皮紙は昼間の黒い紙のようなものでは無く、普通の白い羊皮紙だ。触れても大丈夫だろう。羊皮紙はこの屋敷の権利書や通常の契約書…の他にもう一枚。それにはまた何も書かれていなかった。何も書かれていない紙など、金庫に入れる筈も無い。手早くそれを昼間と同じように反転させる。数枚の羊皮紙を探る前と同じ状態で戻す。扉を閉め、鍵を回し、絵を掛け直す。すぐに書斎を出る。時計を見る。3分ジャスト。悪くない。




闇夜に紛れて屋敷を出る。屋敷から離れた所にある小さな小屋を見つける。リリー様は屋敷の外の小屋に居たと聞いた事があった。リリー様の居た小屋だろう。中を覗いてみる。中は雑然としていて、今はもう既に色々な物が押し込められている。こんな小屋でリリー様が過ごされていたのかと思うとはらわたが煮えくり返る思いだった。この国の忌み子という文化は俺には良く分からない。たかが生まれた順番の話じゃないか。一説には先に生まれた方が弟や妹だとする説だってあるくらいだ。俺から見たらリリー様より姉上の方が邪悪そのものだと感じる。この家全体がおかしいのだ。その中でリリー様だけがあのように純真無垢で居られたのは奇跡だと思う。小屋の中でリリー様の痕跡を探すのは無理だろう。それ程までに小屋の中は雑然としていた。




騎士団に併設されている自身の居宅に戻る。部屋には明かりがついている。それを見て微笑む。アイツが来ている。そう思った。部屋に入るとソンブラがテーブルの上に何かを広げて、考え込んでいる。


「戻っていたのか。」


そう声を掛ける。


「あぁ、たった今、戻ったところだ。」


振り返らずにソンブラが言う。俺は腰から下げている剣を下ろし、マントを外す。ソンブラには居宅が無い。本人が要らないと言って希望しなかったからだ。故に、ソンブラは俺の家に良く来る。


「何か掴んだのか?」


聞くとソンブラは羊皮紙を見ながら言う。


「あぁ、隠し金庫の中にあった白紙の羊皮紙を反転させて来たんだが、どうしたら見えるか、考えているところだ。」


テーブルに置かれている羊皮紙を見る。


「黒魔術は?」


聞くとソンブラが首を振る。


「これには黒魔術の類は使われていないようだ。」


その羊皮紙を手に取る。光にかざしても何も見えない。


「分からんな。」


そう言って羊皮紙をテーブルに置く。ソンブラがそれを見て言う。


「ん?何だ?」


ソンブラは羊皮紙を手に取り、俺が持っていた箇所を見ている。見ればそこは黒ずんでいた。


「お前、今日何かに触れたか?」


ソンブラに聞かれ少し考える。


「今日、俺が触れた物なんてたくさんあるが。」


ソンブラは何かを考えながら言う。


「良く考えろ、今日、普段触れないものに触れなかったか?」


普段触れないもの…そう言われてハッとする。


「今日、リリアンナ様に祝福を頂いた…」


そう言うとソンブラが首を振る。


「祝福なら俺だってリリー様から頂いている。」


俺は考える。俺が触れた箇所が黒ずんだんだ。だったら…。そう思っていると、同じ事をソンブラも考えたのか、羊皮紙をテーブルに置いて、自身の手を羊皮紙に当てて、スライドさせる。…何も起こらない。その様子を見て、顔を見合わせ俺は頷く。今度は俺が同じように羊皮紙に手を当て、スライドさせる。微かに浮かびか上がる文字。


「イー…ル…?…セラ…ア?」


微かに読み取れる文字はそれだけだった。


「何の事か、全く分からないな。」


ソンブラが言う。俺は腕を組み、息をつく。


「これが何を意味するにせよ、重要である事に変わりは無いだろう。明日の朝一番で殿下にお伝えしよう。もしかしたら読めるようになるかもしれん。」


考え込んでいるソンブラを見る。俺もソンブラもリリアンナ様から祝福を頂いている。けれど、ソンブラには出来なかった事がこの俺には出来た。この違いは何だ?リリアンナ様の祝福にも種類があるという事か?それとも俺自身が些細な事として思い出せないだけで“何かに触れた”のだろうか。自身の手を見る。


「リリー様の祝福以外で、普段と違う事をやったり、何かに触れたりはしてないのか?」


ソンブラに聞かれ、考え込む。


「今日はリリアンナ様と温室でお茶をした。普段と違うのはそれくらいだが。」


温室…温かい空気の中、リリアンナ様と対面し、リリアンナ様に差し上げたプレゼントを大切な宝物ですと言われた事を思い出し、胸が熱くなる。


「その時に何かに触れたりしたか?」


ソンブラに聞かれ考え思い当たる。


「あぁ、リリアンナ様にお贈りする花を温室の中から選んだ…」


そう言いながら思う。その時に触れた物の中に、何かあるかもしれない。


「ソンブラ、温室に行くぞ。」




温室に入る。


「どの花に触れたか覚えているか?」


ソンブラに聞かれは温室の花を見ながら、思い出すように考える。


「俺が触れたのは…」


そう言って歩き出す。温室の中央から少し離れた所、彼女へ相応しい花を渡したくて見回していた俺の視界に入った花。


「この花にしようと思ってこれに触れたが、」


温室の歩道のすぐ脇に咲いている白い花。


「切ろうとした時に奥にあの花を見つけて、あれにした…」


奥に咲く青い花。星形の花びらが綺麗で、それにしたのだ。


「両方、持ち帰ろう。」


そう言って白い花と青い花を両方とも短刀で切る。青い花の方は切った時に茎から白い液が出て来た事を思い出し、見てみればやはり白い液が滲み出して来ている。


「見ろ。」


そう言ってソンブラに茎を見せる。


「白い液が茎から滲み出しているな。」


俺はそれを見ながら言う。


「あぁ、だから水で茎を洗ったんだ。」


必要な情報はどんなに些細でも何が重要かは分からない。


「俺は花について少し調べる。お前はどうする?」


聞くとソンブラが頷く。


「俺も行こう。」




白い花はゼフィランサスという花で、青い花はブルースターという。ゼフィランサスの方は毒性があり、食用には向かない。ブルースターの方にも毒性はあるが、多少であれば問題ない程度、か。書物には書かれていない事があるのだろうか。


「おい、これ、見ろよ。」


ソンブラが言う。ソンブラの見ている書物を覗くとそこにはゼフィランサスについて書かれていた。


「これがどうかしたか?」


聞くとソンブラがとある言葉を指さす。ソンブラが指さした言葉。


【レインリリー】


高温の後に雨が降り、球根が潤うと花茎を伸ばして開花する事から、そう呼ばれている。


それを読んでピンと来る。ゼフィランサスと水、だ。俺は意図せずその組み合わせをしたが。だがゼフィランサスに触れて水に触れたからと言って、羊皮紙にそれが何か作用したとでもいうのだろうか。やはりそれにはリリアンナ様の祝福という特別なものが組み合わされないとダメなんだろうか。恐らくはもっと簡単に読めるように何か仕掛けがあるのは確かだ。分かる者にしか分からないような、そんな仕掛けが。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?