「あなたはどうなの?フィリップ。」
王妃様が聞く。フィリップ様は微笑んで言う。
「私の方も滞りなく。衣装に関してはリリーに任せています。」
正確には私に任せているのでは無いけれど、と思う。衣装のほとんどはテイラーとソフィアが選び出してくれている。私はほんの少しの意見を言うだけだ。
「リリアンナ。」
そう呼び掛けられて国王様を見る。
「はい、国王様。」
返事をすると国王様が聞く。
「何か欲しい物などは無いか?私がしてやれる事なら何でも良いぞ。」
そう言われるとは思っていなくて、驚く。
「父上。」
フィリップ様が少し笑って言う。
「お話が急過ぎます。リリーが驚いていますよ。」
国王様はまた豪快に笑う。
「そうか、それは失礼した。」
国王様はにっこりと笑って言う。
「私の治癒をしてくれているリリアンナに感謝を伝えたくてな。」
そう言われて私は言う。
「私の方こそ、感謝しています。こんなに温かくて素敵なお時間を過ごせて、幸せです。」
お食事が終わる。
「リリー、少し話せるかな?」
フィリップ様にそう言われて私は頷く。
「はい。」
王太子宮と王太子妃宮の間にある庭園に出る。
「寒くは無いかい?」
聞かれて私は頷く。
「はい、大丈夫です。」
そう言ったけれど、フィリップ様は控えているベルナルドに言う。
「何か掛けるものを。」
ベルナルドは自身のマントを脱いで、フィリップ様に渡す。フィリップ様はそのマントを私に掛けてくださる。
「ありがとうございます。」
フィリップ様は庭園の中にあるガゼボに私を促し、ガゼボの椅子に座る。
「クラーク卿とは話したかい?」
聞かれて私は少しドキッとする。
「はい、ご挨拶をして、祝福を。」
そう言うとフィリップ様が微笑む。
「そうか、それは良かった。リリーから祝福を貰うように彼に言ったのは私なんだ。」
そう言われて私は思う。そうか、彼自身が祝福が欲しくて私の所に来た訳では無いのだと。
「クラーク卿は自分のような者が祝福を貰っても良いのかと言っていたけれどね。」
そう言えば彼は私と話している時も、私のような者に緊張などしなくて良いと、そう言っていた事を思い出す。そして心の奥に引っ掛かっていた事を聞く。
「クラーク卿も危険なのですか?」
フィリップ様が私を見る。
「心配かい?」
そう言われて私は素直に頷く。
「はい、今日、ソンブラに見えた
フィリップ様が私の頭を撫でる。
「そうだね、私も黒魔術に関しては良く知らないんだ。何が出来て、どこまで危険なのか、全くの未知数だ。今日、見つけた物もリリーからの祝福が無ければ、どうなっていたか分からない。」
そこでフィリップ様が大きく息をつく。
「リリー、これから話す事を心して聞いてくれ。」
そう言われて私はフィリップ様を見る。
「今日、ソンブラが探っていたのは、君の父上の書斎だ。」
そう言われて息を飲む。
「君の父上の書斎から黒魔術がかけられた物が見つかってね。恐らくはそれ程、強い黒魔術では無かったと私は見ている。」
お父様が黒魔術がかけられた物を持っていた…。
「それは契約書だったんだ。何かの入手経路と流通経路、契約者の欄にはリリーの父上の名が記されていた。」
何故、お父様がそんなものを…?
「今はそれが何の入手、流通経路なのかを探っている。リリーの父上が契約した者が誰なのかもね。」
流れ込んで来る情報に頭が追い付かない。フィリップ様が私を見る。
「黒魔術はそれが何であれ、扱う事は禁止されている。だが昔からそういうものに魅了されてしまう人間がいるのも確かだ。」
フィリップ様の真剣な顔つきは初めて見るかもしれない。
「君の父上は伯爵位を継いでから先代までの人脈を使い、更にそれを広げて良からぬ連中とも取引をしていると噂になっている。あくまで噂だけれどね。それが何の取引なのかは、今はまだ調査中だ。」
私はフィリップ様から聞いた事を頭の中で整理した。もしお父様がそんな良からぬ人たちと何かの取引があったとするならば、そんな家の生まれである私なんかがフィリップ様と婚約をするなんて、あってはならない事なのでは…。
「そしてそんな君の父上は、クラーク家に縁談を持ち込んでいる。」
クラーク家に縁談…?それは、お姉様と彼の…。
「表向きには聖女の認定を受けている君の姉上と騎士団長であるクラーク卿との縁談だからね。本人の意思がどうあれ、家同士で見れば悪い話じゃない。」
彼がお姉様と婚約…。
「だが、黒魔術が関係しているとなれば、話は別だ。我が王国の騎士団長が黒魔術の関わっている者と婚姻を結ぶのを黙って見ている訳にはいかない。」
そこでフィリップ様はふわっと笑って言う。
「心配しないで大丈夫だよ、リリー。縁談の話は進めるという
だから彼に祝福を、という話になったのかと思う。フィリップ様は私の頭を撫でて言う。
「君の父上がこの件にどの程度関係しているのか、全く分からない。それはこれから明らかにしていくつもりだ。」
私は意を決して聞く。
「もしお父様が黒魔術と関わりを持っていたら、そんな家で生まれた私など、フィリップ様と婚約する訳にはいかないのでは無いですか?」
フィリップ様はふわっと笑って言う。
「君が居なければ、今、私はこうしていない。今も東部でベッドに横になり、いつ消えるかも分からない自分の命の灯を見ていただろう。父上に関してもそうだ。国中に居る神官や聖女をかき集めても父上を回復させる事は出来なかっただろう。リリーのお陰で私も父上もこうして元気に過ごしているんだ。それがこの国にどれだけの安定をもたらすか。そんな君を誰も断罪などしないし、させないよ。」
頭の中が色々な考えでごちゃ混ぜになっている。
「悪いのは黒魔術と関わっているリリーの父上だ。もしかしたらリリーの母上もそうかもしれない。家門全体で関わっているのか、或いは姉上も関わっているかもしれない。その事に関してリリー、君が何も知らなかった事も、関わっていなかった事も、今となってはそれはすごく幸運な事だ。」
考え込んでいる私を見てフィリップ様が言う。
「今日はもう戻ろう。リリーにも考えを整理する時間が必要だろう。婚約式をするにあたって、色んな事が動き出しているのは確かだ。リリーにも知っておいて貰いたかったんだ。君の家の事でもあるからね。」
そう言ってフィリップ様が立ち上がり、私に手を差し伸べる。
「行こう。」
部屋に戻って、色々な事を済ませて眠る為にベッドに入る。ふと視界に入るブルースター。彼がお姉様と婚約するかもしれない。フィリップ様はそういう
彼の微笑みが浮かぶ。彼がお姉様と並んでお姉様をエスコートしている場面が浮かぶ。心が痛い。そんな場面見たくない。目頭が熱くなって鼻がツンとする。涙が溢れて来る。目を開ける。
天井を見ながら別の事を考える。お父様が黒魔術のかかっているものを持っていた…。何故そんなものを?どうしてそんな人たちと付き合いがあるのだろう?思い返してみても私には何も分からない。お屋敷に居た時も、お父様の書斎になど入った事は一度も無い。お屋敷の中に居ても、それらしきお付き合いも、話も聞いた事が無かった。私が知らないだけだったの?頭の中がぐちゃぐちゃだった。