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第43話

「それからそのブレスレットも。」


そう言われて私は手首で揺れているブレスレットに触れる。ムーンストーンのシルバーブレスレット。


「宝物なんです…」


思わず言ってしまったけれど、そう言ってしまうとそれがすごく恥ずかしい事なのでは?と思い、俯く。


「そうですか、気に入って貰えて嬉しいです。」


彼を見ると彼は優しく微笑んでいる。ムーンストーンのような不思議な光り方をしている瞳…。


「騎士団長なのですね、知りませんでした。」


言うと彼がお茶に手を伸ばして言う。


「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。」


彼がお茶を飲む。真っ黒な騎士服を着ていなければ、彼が騎士だとは思わなかっただろう。それだけ彼には優雅な雰囲気が漂っている。胸が高鳴って苦しい。


「以前から王宮内でお見かけはしておりました。なかなかご挨拶のタイミングが掴めず、本日、フィリップ殿下の計らいでご挨拶に伺った次第です。」


ドキドキして何を話したら良いのか、お茶を飲んでも良いのかさえ分からない。


「…緊張されていますか?」


聞かれて私は俯いて言う。


「はい…」


彼が笑う。


「私のような者に緊張などしなくても良いのですよ。」


そう言われても胸のドキドキは収まってくれない。私はお茶のマナーも会話のマナーも貴族としての振る舞いも最近になってやっとそれなりに出来るようになったばかりだ。こんな時に何を話したら良いのかさっぱり分からない。


「リリアンナ様は聖女としての認定を受けたと聞いております。」


彼が話を振ってくれる。私はドレスの上に置いた手を見ながら言う。


「はい…」


そう返事するのがやっとだった。せっかく彼が話を振ってくれたのに。


「ソンブラがリリアンナ様は素晴らしい方だと言っておりました。」


ソンブラと聞いて顔を上げる。


「ソンブラとお知り合いなのですか?」


聞くと彼が笑う。


「はい、彼とは騎士団で出会い、互いに切磋琢磨した大事な仲間です。」


緊張が解けて行く。


「ウェルシュ卿とも古くからの友人だと聞きました。」


言うと彼が微笑む。


「そうですね、ベルナルドとも古い付き合いです。ソンブラもベルナルドもフィリップ殿下の側近のウォルターも皆、同じくらいの年なので、仲が良いのです。」


ソンブラにベルナルド、ウォルターという精鋭揃いの中に彼も居るのだと思うと、すごい年代なのだと思う。


「それぞれが皆、自分の得意分野を生かして、今、こうして王室に仕えております。」


ソンブラはフィリップ様の最側近で影、ウォルターはフィリップ様の側近、ベルナルドは私の護衛につくまではフィリップ様の護衛騎士だったのだ。そして目の前の彼は騎士団の団長…。


「クラーク卿は統率力があるという事でしょうか。」


言うと彼が少し恥ずかしそうにはにかむ。


「自分では何とも。でもそう評して頂けるのは光栄な事だと思っています。」


彼を見ていると不思議と心にさざ波が立つ。引いては寄せる波のように、いつの間にか侵食されているような感覚。気付かないうちに攫われそうになる。はにかむ表情が柔らかくて、私もそんな彼を見ていて同じような気持ちになる。


「今日、こちらに参ったのはご挨拶の他にもお願いしたい事があったからなのです。」


彼は表情を引き締めてそう言う。お願いしたい事…。


「お願いしたい事とは何でしょうか。」


聞くと彼が少し話し辛そうに言う。


「その、リリアンナ様から祝福を頂きたく…」


彼はそう言って視線を伏せる。祝福?私がソンブラに無事を願って祈った事だろうか。そう言えばソンブラは私の祝福のお陰で黒魔術がかけられたものから弾かれた、とそう言っていた。彼にもそういうものに触れる危険性がある、という事だろうか。騎士団の団長なのだから危険とはいつも隣り合わせなのかもしれない。そう思うと身がすくむ思いがした。


「私に出来る事なら何でも。」


もし私の持っている力で彼を何かから守れるなら、そう思った。彼は私がそう答えるのを聞いて微笑む。


「ありがとうございます。」



目の前のリリアンナ様には不思議な魅力があった。以前、広場でお会いした時は神聖力を使えはしたものの、か弱くて守ってあげたくなる印象だった。でも今、目の前に居る彼女は凛とした何かがある。


忌み子としてモーリス家に生まれ、多分、相当に蔑まれて生きて来られただろうに、彼女には少しも恨みや妬みの感情が感じられない。フィリップ殿下がモーリス伯爵の王宮入り禁止を言い渡した時も傍でその様子を見ていたけれど、エリアンナ嬢がリリアンナ様の事を忌み子だと、まるで断罪するかのように言い放った時、俺はその言い方とその時のエリアンナ嬢の態度に全てが出ていると感じたのだ。あれが全てなのだろう。そしてきっと伯爵自身も伯爵夫人もそうやって彼女を忌み子だからと、疎外して来たのだろうと察する事が出来た。それなのに王宮入りをし、国王陛下の治癒をしていると聞いた途端に、それを利用しようとしている伯爵にも忌み子だと大声で言うエリアンナ嬢にも、嫌悪という感情が湧き上がって来た。


その時、俺は心からモーリス家の人間を軽蔑した。


そしてここへ来る前に見たあの紙…。黒魔術がかかっているという羊皮紙。それがモーリス家から見つかった。祝福のお陰でソンブラが無事だったと聞いた。リリアンナ様からの祝福にはそれ程の力があるという事だ。俺自身がモーリス家との縁談を進める方向で動こうとしている今、俺自身をそのような悪しきものから守ってくれるのがリリアンナ様の力だという事が何だか嬉しかった。


お会いした時に差し出された手…その手に触れて、その手の甲に口付けた時、胸の高鳴りを抑えるのに必死だった。彼女に触れて彼女を見つめ、彼女を席に座らせる間、この時間がずっと続けば良いのにとそう思った。自身の身を守る為に祝福が欲しいなどと、随分、都合の良い事を言っている気がして申し訳なかった。なのに彼女は凛として出来る事なら何でもと仰った。俺は自分の無力さを思い知った。いくら剣の腕が立とうと、騎士団長になろうと、そういう神聖なものの前には無力なのだ。


立ち上がり、彼女の前に行く。祝福を受けるとは、どんな感じなのだろうか。彼女が立ち上がる。こんなに細くて、抱き締めたら折れてしまいそうなのに。彼女が手を差し出す。俺はその手を取って、片膝を付く。自然と彼女の手を自分の額に添えていた。目を閉じる。温かく柔らかいものに包まれているような感覚。まるで彼女に背後から抱きくるめられているようだった。俺も彼女を守りたい。彼女を害する何者からでも。あぁ、どうか、彼女が傷付く事がありませんように。彼女からの祝福を自身の身に受けながら俺はそう願った。



彼が立ち上がり、私の前まで来る。私も立ち上がって彼を見上げる。彼に手を差し出す。彼は私の手を取って片膝を付き、私の手を自身の額に当てる。私は目を閉じて祈る。


≪彼が無事でありますように。なにものにも傷付けられませんように。≫


そう強く祈る。ふわっと温かいものが彼からも感じられる。あぁ、きっと彼も私の事を祈ってくれているんだと分かる。優しい人…。ありがとう、私の為に祈ってくれて。大丈夫、私があなたを悪しきものから守ります、だから安心して…そう思った時、ブワッと風が巻き起こる。目を開けると光の粒がキラキラと舞っていた。彼を見ると彼もその様子を見ている。彼は微笑んで立ち上がり、私の手の甲にまた口付ける。ただの挨拶だと分かっていても、彼にそうされると恥ずかしい。彼は金色の光の粒を纏っていてその輪郭をキラキラと光らせている。あぁ、美しい人だなと思う。彼は私の手を離し、少し離れて言う。


「少々、お待ち頂けますか。」


そう言われて私は頷く。


「分かりました。」


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