目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第42話

そしてリリーはセバスチャンへ視線を向けて聞く。


「それは、何ですか?」


セバスチャンが言う。


「黒魔術を解除するのに使ったものでございます。」


リリーは眉を顰めている。こんな表情をするリリーは初めて見た。


「何か感じるのかい?」


聞くとリリーが言う。


「お部屋に皆さんが入って来られた時から見えていました。ソンブラの右手には黒いもやが、その花瓶からも黒いもやが立ち上っています。」


リリーはソンブラを見て言う。


「ソンブラの右手には今はもう何も見えません。でもその花瓶からは黒いもやが。」


私は改めて花瓶を見る。私には何も見えない。神聖力のある者にしか見えないのか、それともリリーにしか見えないのか。


「渡して貰えますか?」


リリーが自ら言う。セバスチャンがその花瓶をリリーに渡す。リリーは花瓶を受け取ると、私たちから少し離れて、その花瓶を抱える。リリーから光が溢れ出し、リリー自身を包む。白い光の球体の中でリリーが花瓶を抱えている。不意に花瓶からシュルシュルと黒い糸のようなものが立ち上り、白い球体の中で出口を探しているかのように激しく動く。


「あれは、何なんだ…」


思わず呟く。


「あれが黒魔術の切れ端でございましょう。」


セバスチャンが言う。黒い糸は出口が見つけられずに、白い球体の中で動きが緩慢になって行く。それと共に黒い糸が徐々に白い光に侵食されて行き、遂には爆ぜて消えた。ふっと光の球体が消える。リリーが微笑む。


「消えました。」


そう言って私たちに近付いて、花瓶をセバスチャンに渡す。私は思わずリリーの頬に触れる。


「リリー、君は大丈夫なのかい?」


聞くとリリーが首を傾げる。


「何故です?」


そう聞き返して来るリリーは本当に何でも無いようだった。あれだけの強い光を、強い力を使っておきながら、リリー自身は少しも疲弊していない。不意にリリーが言う。


「そのポケットの中身も出してください。」


そう言われて私は自分のポケットの中の手袋を出す。ソンブラもセバスチャンも同じように手袋を出す。三人分の手袋を持ったリリーは大きく息を吸い込むと、その三人分の手袋に息を吹きかける。手袋から黒いすすのようなものがハラハラと落ちる。そしてリリーは自身の手で手袋を包むとパンパンと叩く。その度に白い光が爆ぜて、金色の粒が舞う。


「はい、これで大丈夫です。」


リリーが嬉しそうに微笑む。


「ハハ…」


思わず笑う。何という事だろうか。リリーはこの王宮に居る間にこれだけ自身の力を使えるようになっていたのだ。


「すごいな、リリー。」


言うとリリーは恥ずかしそうに微笑む。誰かにやり方を教えて貰った訳でも無く、リリーは自身で成長している。力の覚醒はもう済んでいると思っていたが、リリーは日々、その力を覚醒させ続けているのかもしれない。そこでふと思い付いた人物。その者にもリリーからの祝福を受けさせるべきだろうと考える。



三人で執務室に戻る。


「いや、しかし、黒魔術か…厄介だな。」


言うとセバスチャンが花瓶の花を戻しながら言う。


「そうですね、今まで以上に、他にも気を配らねばなりません。」


ソンブラが自身の手を握り締め、言う。


「今まで以上に気を引き締めて任務に当たります。」


そんなソンブラを見て微笑む。


「あぁ、そうしてくれ。お前に何かあったら私がリリーに叱られる。」


ソンブラは少し微笑んで小さく礼をして、部屋を出て行った。


「さて、もう一人、リリーの祝福を受けさせたい者が出来たな。」


言うとセバスチャンが微笑む。


「お呼びしましょうか?」


そう言われて微笑む。


「あぁ、そうしてくれ。」



お茶の時間前に彼が部屋に来る。


「お呼びでしょうか、フィリップ殿下。」


真っ黒な騎士服を着ているクラーク卿はいつ見ても凛々しい。


「あぁ、仕事中にすまないね。少し話しておきたい事が出来たんだ。」


クラーク卿は姿勢を正している。


「楽にしてくれて構わない。これは君にも関わる話だからな。」


私は椅子に座ったままそう言って手を上げてセバスチャンに合図する。セバスチャンが箱を持って来て、蓋を開け、クラーク卿に中身を見せる。中には先程の紙が入っている。


「これは…?」


聞かれて私は言う。


「ソンブラがモーリス伯爵邸で見つけたものを反転させたものだ。直に触らない方が良い。黒魔術がかかっている。」


クラーク卿の表情が険しくなる。


「ソンブラは無事ですか?」


そう聞かれて微笑む。一番にソンブラの身を心配してくれるあたり、仲間想いなのだろう。


「あぁ、大丈夫だ。先程、リリーに浄化して貰い、更に祝福も貰ったからね。」


椅子から立ち上がる。


「君はモーリス家との縁談が持ち上がっているね。」


言いながら机を回り込む。


「自身で探ってみると言っていたが、黒魔術が関わっている。用心に越した事は無い。」


そう言って机に寄り掛かるように机に腰掛け、言う。


「リリーから祝福を貰うと良い。君を守ってくれるだろう。ソンブラがリリーからの祝福でそれらのものから守られたようにね。」


クラーク卿は少し戸惑ったように言う。


「私のような者が祝福などを頂いても良いのでしょうか。」


こんな表情もするのだなと思う。


「リリーは誰であっても分け隔てなく接するさ。そういう純真無垢な人だ。必要であればそれが誰であってもその力を惜しむ事は無い。そういう人なんだ。」


クラーク卿に近付く。


「まだリリーには挨拶していないのだろう?席を設けよう。」


クラーク卿の肩に手を置く。


「リリーからの祝福を貰うんだ。私はそれが誰であっても、誰も失いたくない。」



午後のお茶の時間になる。


「リリー様、今日は温室でのお茶などはいかがですか?」


ソフィアにそう言われて私はソフィアを見る。


「温室でお茶を頂けるのですか?」


ソフィアは嬉しそうに言う。


「もちろんです。この王太子妃宮にも温室はございます。」


温室でのお茶は初めての経験だ。お花に囲まれてお茶を頂けるなんて。



「お支度が整いましたので、温室へどうぞ。」


そう言われて温室へ向かう。温室の中は色とりどりの花が咲き乱れている。見た事の無い花がたくさんあって、目移りする。温室の真ん中にテーブルと椅子がセッティングされている。なんて素敵なんだろう。そう思いながら椅子に座る。ソフィアがお茶を入れてくれる。


「本日はお客様がいらっしゃるそうですよ。」


急にそう言われて驚く。


「お客様、ですか?」


聞くとソフィアが微笑む。


「フィリップ殿下からの計らいです。ご自身が今日は来られない代わりに、と。」


ふわっと風が抜ける感覚がする。


「いらっしゃったようですね。」


ソフィアがそう言って、後ろに下がる。コツコツと足音を響かせて、歩いて来る人。その人を見て一瞬、息を飲む。その人は私の前まで来ると、片膝を付いて言う。


「王国の光、リリアンナ様にご挨拶申し上げます。」


私は立ち上がって彼に手を伸ばす。彼は私の手を取って手の甲に口付ける。彼はそのまま私を見上げ、言う。


「王国騎士団、騎士団長のフェイ・クラークと申します。」


銀色の髪が揺れる。なんて美しいのだろう。私はハッとして言う。


「お立ちください。」


クラーク卿は立ち上がり、私の手を取ったまま、私を見つめ、私を座るように促す。私が座ると手を離して、向かい側の椅子に行き、一礼して椅子に座る。その所作の一つ一つが優雅で洗練されている。そう分かる程に私は彼を見つめていた。ソフィアがお茶を入れて、クラーク卿に出すと、失礼致しますと言って、その場を離れる。温室に二人きりになってしまった。どうしましょう、何を話したら良いの…。途方に暮れていると彼が不意に笑い出す。彼を見ると彼は口を押さえ言う。


「いや、失礼致しました。初めて出会った訳でも、出会った事を誰かに知られたらまずい訳でも無いのに、今まで誰にも言った事が無かったもので。」


そう言う彼はあの日の彼だった。恥ずかしがりながらも私の手を取って、露店に行き、髪飾りとブレスレットをプレゼントしてくれた彼。


「髪飾り、とても似合っています。」


そう言われて髪飾りに触れる。白百合の小さな髪飾り。私の宝物。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?