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第39話

翌日、朝からまたバタバタと婚約式と夜会の準備が進む。夜会のある日は貴族であれば誰でも参加出来るようになっている事を考えると、護衛の騎士は夜会会場にも、その周辺にも配置しなければならないな、と考えていた時だった。ノックが響き、セバスチャンが入って来る。


「おはようございます、殿下。」


セバスチャンの表情が硬い。


「ん、おはよう。どうした?」


聞くとセバスチャンが言う。


「モーリス家の者がまた王宮に。入り口で何やら揉めているご様子です。モーリス家の人間を入宮させないようにと達しを出した者を連れて来いと騒いでおられるようです。」


そう言われて笑う。達しを出した者を連れて来い、か。私と会いたいのか。


「良いだろう、王宮の中には入れたくない。私が行こう。」




私とお父様は王宮の入口でまた止められてしまった。


「何故、入れんのだ!」


お父様が言うと、衛兵が言う。


「ですから、モーリス家の方はお入り頂けないのです。そういう達しが出ています。」


お父様は衛兵に言う。


「お前、平民の出だそうだな。そんな平民ごときが伯爵である私を止めるなどあってはならない事だろう!その達しとやらを出した者を連れて来い!」


衛兵はお父様に掴み掛られてもビクともしない。それ程までに衛兵は体が大きく頑丈だった。




しばらくの間は睨み合っていたけれど、立ち塞がっていた衛兵に他の兵が近付いて何かを囁くと、立ち塞がっていた衛兵が目を丸くした。そしてその衛兵が言う。


「宮にはお入り頂けませんが、達しを出した方がこちらに来るそうです。」


お父様は満足そうに笑って言う。


「そうか、なら待たせて貰おう。」




通されたのは検閲の為の待合室のような所。狭い部屋に押し込められてお父様の機嫌が更に悪くなるのが分かる。ノックがされ、扉が開き、現れたのはフェイ様だった。


「クラーク卿!」


お父様が椅子から立ち上がり、フェイ様に近付く。フェイ様は表情一つ変えずに言う。


「こちらへどうぞ。」


只ならぬ雰囲気だった。フェイ様の後について歩き、通されたのは応接室のような場所。フェイ様は入口付近の椅子に私とお父様を促す。


「こちらに。」


入口付近の椅子という事は下手にあたる。つまりは私たちよりも高貴な方がいらっしゃるという事だ。お父様もその事に気付いたのか、幾分、大人しくなった。フェイ様は入口に立って、背筋を伸ばしている。廊下からコツコツと足音が響いて来て、部屋の前で止まる。フェイ様が扉を開け、言う。


「フィリップ王太子殿下、わざわざこんな所にまでご足労頂きまして、申し訳ございません。」


フェイ様が深々とお辞儀をしている。フィリップ王太子殿下と仰った…。私は反射的に椅子から立ち上がり、ドレスの端を持ち、頭を下げ、膝を折る。お父様も同じように椅子から立ち上がり、片膝を付いて頭を下げ、最上級の敬意を表する体勢になる。コツコツと足音が響いて、王太子殿下が私たちの横を通り、奥の椅子に座る気配がする。


「王国の星、フィリップ王太子殿下にご挨拶申し上げます。」


お父様の声が少し上ずっている。


「モーリス家当主、ゲオルクと申します。」


こんな所でお会いする事になるなんて。今まで病弱だと噂になっていた王太子殿下。お顔を見る事が出来るなんて。そう思い、言う。


「同じく、娘のエリアンナにございます。」


上手く言えたかしら。頭を下げたまま王太子殿下のお言葉を待つ。王太子殿下のお言葉が無いと顔を上げられない。どれ程の時が経っただろうか。王太子殿下が溜息をついた。


「そのままで話をしろ。」


冷たい声だった。その冷たい声と共に圧し掛かって来る圧迫感。頭を下げているので王太子殿下の足さえ見られない。


「どうした?何か話があって私を呼んだのだろう?」


王太子殿下を呼ぶ?…そこでハッとする。さっきお父様は達しを出した者を呼べとそう言ったのだ。そしてここに王太子殿下がいらっしゃった。という事は達しを出したのは王太子殿下という事…。


「お、王宮への出入りを止められております。それが何故なのか、お聞きしたく…」


お父様がそこまで言うと更に圧迫感が増す。お父様の言葉が空に消える。耐え難い空気だった。何故、王太子殿下がここまで感情を露わにされているのか、分からなかった。


「今。」


王太子殿下がゆっくりと話し出す。


「この王宮には大切な人が滞在している。私の父上である国王陛下の治癒を任され、それを日々、弛まぬ努力と共にやり遂げている人だ。」


国王陛下の治癒…、リリーの事だと分かる。


「その人が父上の治癒を行うにあたり、心配事や気にかかる事などを取り払わねばならない。」


心配事や気にかかる事と仰った。私やお父様がリリーにとっての心配事だとでも言うのだろうか。


「ですが、リリアンナは私の娘でもあります。」


そう言いながらお父様が顔を上げようとする。次の瞬間、王太子殿下の冷たい声が響く。


「誰が頭を上げても良いと?」


慌ててお父様がまた頭を下げる。


「確かに。」


また王太子殿下がゆっくりと話し出す。


「リリーはモーリス伯爵の娘だ。」


衣擦れの音がする。足を組んだのだろうと察する。


「では聞こう。そんな大事な娘に何故、鞭を振るう?」


鞭、と聞いて血の気が引く。リリーが屋敷に居た時、気晴らしにお父様やお母様がリリーに鞭を振るっていた事を思い出す。


「そ、それは躾の一環で…」


お父様が何とか声を出しているのが分かる。


「ほぅ、躾ね。」


パンと急に手を叩く音が聞こえ、ビクッとなる。


「私が何も知らないとでも?」


目の前が真っ白になる。王太子殿下はリリーから屋敷での事を聞いたのかもしれない。


「ですが、あの子は忌み子です!」


堪え切れず、私は頭を上げて言う。目の前の王太子殿下の麗しさに目を奪われる。金色の髪に金色の瞳、肌の色は白く、透き通っているかのようだ。その金色の瞳が強く私を睨む。ハッとして頭を下げる。


「リリーよりもそちらの娘の方が躾がなっていないのでは無いか?モーリス伯爵。」


お父様が頭を下げたまま私を睨む。そんな目で見られた事など今まで一度も無かったのに。


「いずれにせよ、リリーが父上の治癒を行っているのは確かな事だ。それは今まで誰にも成し得なかった事。その大役をリリーはきちんとこなしている。そしてその為にはリリーの環境を整えてやらなければならないと私は考える。」


衣擦れの音がする。気配で王太子殿下が立ち上がったのだと分かる。


「リリーは会っても良いと言ったが、私はそれを許さない。今後、君らが王宮に出入りする事は無いと思ってくれ。」


王太子殿下が歩き出す。そして私のすぐ横で立ち止まると言う。


「リリーの力は素晴らしい。その力を君らが抑え込んでいたとするならば、君らは何て愚かなのだろうな。忌み子という慣習に縛られ、意味も無くリリーを害した事は努々、忘れるなよ。あぁ、それから婚約式後の夜会には参席を許そう。リリーの血縁者だからな。リリーに感謝すると良い。」


王太子殿下が部屋を出て行く。そこでやっと息をつける。床の上にへたり込む。


「モーリス伯爵、エリアンナ嬢。」


そう呼ばれてハッとする。そうだ、フェイ様がいらっしゃるのだった。


「お送り致します。」


フェイ様は表情一つ変えずにそう言うと、部屋を出て行く。私もお父様も慌てて立ち上がって、フェイ様の後を追う。




モーリス伯爵親子を見送りながら、俺はふっと笑う。さすがは王太子殿下だ。そのお言葉一つであの二人を黙らせ、その威圧一つであの場の空気が重くなった。俺は入口でその様子を見ながら、自分があの立場だったら耐えられなかっただろうと思う。今後、二人が王宮に来る事は無いだろう。が、婚約式後の夜会は例外だ。気を引き締めないといけないなと思う。


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