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第38話

「リリー、実はね、今日、リリーの父上と姉上が王宮まで来たそうなんだ。」


フィリップ様に言われて、ドキッとする。


「お父様とお姉様が…」


二人が来たという事は、私に何かを求めての事だろう。


「私はリリーに約束したね、リリーが王宮入りしたらモーリス家の者や関係する者は王宮には入れないと。」


フィリップ様は微笑んで言う。


「だから帰って貰ったよ。これから先もリリーが王宮に居る間は極力、彼らには王宮入りはさせないから安心してくれて良いよ。」


お父様とお姉様は何をしに王宮に来たのだろう。私に何を言いたかったのだろう。


「リリー。」


呼び掛けられてハッとしてフィリップ様を見る。フィリップ様は微笑んで言う。


「大丈夫だよ、ここは王宮だ。見てごらん?」


フィリップ様はそう言うと視線を周囲に促す。周囲を見る。そこには黒い騎士様たちが護衛をしてくれている。


「王宮は優秀な黒い騎士たちが常に護衛してくれている。黒い騎士たちは王族の護衛が主な任務だけど、その任務の中にはリリー、君の護衛もあるんだよ。」


私も護衛対象…。


「だからもし万が一にもモーリス家の者が王宮に突撃して来ても、黒い騎士たちが蹴散らしてくれるよ、なぁ、ベルナルド。」


そう声を掛けられて控えていたベルナルドが微笑んで頷く。


「はい、殿下、リリー様。」


ベルナルドが少し胸を張ってそう返事をする。何だか誇らしげな様子に私は微笑む。


「お父様やお姉様は何をしに王宮へ来たのでしょうか。」


フィリップ様に視線を戻して聞く。フィリップ様は少し考えて言う。


「うーん、そうだね…これは私の推察になるが、恐らくリリーの父上は婚約式と夜会の前にリリーに会って、王族との繋がりを掴みたかったのかもしれないね。王族との繋がりがあるとなれば、それは我々貴族社会の中で役に立つからね。政治的な狙いもあるんだろう。」


政治的な狙い…。私にはさっぱり分からない話だった。


「リリーは社交界には出ていないから、社交界での付き合い方は分からないよね。その辺もソフィアに聞くと良い。社交界や私たち王族を取り巻く政治的な関係性についても、リリーには知っておいて貰いたい。」


そう言われて私はまた自分の立場を思い知る。そう、私はもう何も知らなくても良い立場では無いのだ。


「大丈夫だよ、リリーは何も知らなかった状態から、ここまできちんと勉強して完璧に振る舞って来ている。リリーになら出来るさ。だから大丈夫。」


フィリップ様は眩しい笑顔でそう言う。フィリップ様に大丈夫と言われるとそんな気がして来るから不思議だ。


「お父様やお姉様には会わない方が良いのでしょうか。」


聞くとフィリップ様が意外そうな顔をする。


「何故そう聞くのかな?」


フィリップ様に聞かれて私は考える。


「フィリップ様が会わないように取り計らってくださっている事は分かっています。それが私を心配しての事だという事も。フィリップ様や周りの方に守って頂いている今に、感謝もしています。でも私は何もしていませんし、何も出来ていません…」


そんな自分が恥ずかしいと思い、俯く。


「リリー。」


フィリップ様が呼び掛けてくださる。でも顔を上げられない。


「君は大事な事を忘れているよ。」


そう言われてフィリップ様を見る。フィリップ様は優しい笑顔で言う。


「リリーは素晴らしい力を持っている。それは他の誰かでは成し得ない事だ。この世の誰も出来なかった事を君は出来ている。私をこんなふうに回復させ、同じように床に伏せっていた父上を回復させた。それは君が天から授けられたすばらしい能力だ。」


フィリップ様が立ち上がり私の元へ来て私に立ち上がるように促す。私はフィリップ様が差し出した手に自分の手を乗せて立ち上がる。フィリップ様は少し歩いて窓際に立つと言う。


「リリーに実感は無いのかもしれないけれどね、リリーが王宮に入ってから、王宮内の草木や花たちが以前にも増して元気なんだよ。私はこの王宮に居て、ずっとベッドの上から王宮内を眺めていた時期がある。だから分かるんだ。」


フィリップ様は窓から見える景色を見ている。


「見てごらん?」


そう言ってフィリップ様が窓を開け放つ。目の前に広がる景色。夜だというのに花が咲き、木々が生い茂っている。中央に見える噴水はキラキラと光を反射し、風が吹き抜ける。


「こんなに色んなものが潤っている景色を私は見た事が無い。いつもどこか寂し気で、何かが足りていないように見えていた景色が今は完璧だ。皆、それが当たり前だと思い込んでいるけれど、それは違う。」


フィリップ様が私を見る。


「これはリリー、君が白百合乙女だからだと私は思っているよ。君は大地と天から愛されている。そしてそれは人々へ伝播していく。君という人を知れば知る程、人々は君を愛さずにはいられない。それが親愛の情なのか、友情なのか、はたまた君主への忠誠なのか、それは人によって違うだろうけどね。」


フィリップ様は微笑んで言う。


「私もセバスチャンもキトリーも、ソンブラもソフィアも、テイラーもベルナルドも、皆、リリーが好きなんだよ。そんな君だからこそ、守りたいのさ。」


フィリップ様が私の頭をポンポンと撫でる。


「私は今までずっとリリーから治癒をして貰っているね。そうして貰った事で私はこんなに元気になった。この恩は君に返さなきゃいけない。だから私が出来る事は何でもやるんだ。それが権力を振りかざす事であってもね。」


フィリップ様が私に顔を近付けて、ヒソヒソ声で言う。


「だからこの先、私がそんな態度で居ても嫌わないで欲しいな。」


そう言って笑うフィリップ様を見て、私はいつだったかの国王様を思い出す。確か、私を返せとフィリップ様に言われてしまうと笑った国王様。その時の国王様と同じような笑い方。チャーミングな笑顔。


「嫌いになどなりません。」


言うとフィリップ様がまた私の頭をポンポンと撫でる。




食事を終えて王太子宮を出る。白百合乙女…そうフィリップ様に言われた。私も自分で白百合乙女についてはお勉強をしたから、それなりには知っている。大地と天に愛される大聖女。私がそんな存在だというのだろうか。これからは私ももっとお勉強をして、色々な事を学んでいかないといけない。手始めに社交界の事についてソフィアに聞かなければ、そう思っていた時。


「ベルナルド。」


そういう声が聞こえて振り返る。少し離れた場所に一人の男性。ベルナルドはその男性を見ると嬉しそうな笑顔になる。


「お友達ですか?」


聞くとベルナルドが頷く。


「はい、王宮にいた頃からの友人です。」


私はベルナルドに言う。


「少し話して来たらどうですか?こちらへ戻ったのも久々なのでしょう?」


ベルナルドが少し顔を引き締めて言う。


「ですが、今はリリー様の護衛中なので…」


私は笑って言う。


「でしたら私はここで待っていますので、挨拶だけでも。」


言うとベルナルドが嬉しそうに私に会釈をするとその男性の所まで走って行く。暗くて良く見えないけれど、屈強なベルナルドと並んでも見劣りしない体格。ベルナルドがその男性と話し終わり、その男性が向きを変えた時、私は見てしまった。


彼の髪色を。彼の髪は銀色だった。


月の光を反射している。彼は離れた場所からでも分かるくらいに深くお辞儀をしている。ベルナルドが戻って来る。歩き出しながら私は胸が高鳴った。彼は黒い騎士服を着ていた。騎士団の人なの?腕で揺れているムーンストーンのブレスレットに触れる。


「彼はどなたなの?」


聞くとベルナルドが言う。


「彼は騎士団長のクラーク卿です。名をフェイと言います。後日、リリー様にもご挨拶に伺いたいと申しておりました。」


クラーク卿…名をフェイという。あの広場で出会った銀髪の彼が騎士団長だったとは。意外にも彼は近くに居たのだ。騎士団長ならばきっとお忙しいのだろう。


「どんな方なのですか?」


聞くとベルナルドは誇らしげに言う。


「クラーク卿は素晴らしい人物です。清廉潔白で高潔、堅実で実直。少し頭が固い所がありますが、それも彼の魅力かと。」


清廉潔白で高潔、堅実で実直…。仲間からそう評される事はすごい事だ。あの日、広場で私が感じた優しさや温かさを思い出す。胸が締め付けられ、呼吸が苦しい。彼の事を考えるといつもこうなる。何だろう?この胸のざわめきは。今まで経験した事の無い感覚。遠くに居たのに、彼に深々とお辞儀をされて何だか少し寂しかった。


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