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第37話

「フィリップ殿下、騎士団長のクラーク卿が殿下にお会いしたいと申しております。」


セバスチャンにそう言われて、私は彼を思い出す。銀髪のあの男…。


「そうか、通してくれ。」


王太子宮にも私の執務室がある。その執務室で婚約式とその後の夜会についての諸事をこなしながら言う。セバスチャンが小さく礼をして、出て行く。騎士団長とは初対面になる。私が長く東部で療養していた間にクラーク卿が騎士団長になったからだ。ノックが響き、扉が開く。


「失礼致します。」


そう言ってクラーク卿が入って来る。キラキラした銀髪が目を引く。


「王国の星、フィリップ殿下にご挨拶申し上げます。」


黒い騎士服を着た、クラーク卿は一目見ただけで、その強さが滲み出ているように感じる。


「クラーク卿、初めて会うね。」


言うとクラーク卿が顔を上げる。その瞳を見て、一瞬、息を飲む。


「本来ならばフィリップ殿下が王宮入りされた時にご挨拶に伺うべきでしたが、国王陛下の護衛に不備が生じないよう、尽力しておりましたので、お許し頂きたく存じます。」


クラーク卿の瞳から目が離せない。


「…フィリップ殿下?」


クラーク卿にそう言われて我に返る。


「あぁ、すまない。」


我に返ってやっとクラーク卿の瞳から目を離す事が出来た。


「して、今日は何か用が?」


聞きながら私は目の前の机に置いてある書類に手を伸ばして、自分の気持ちを落ち着かせる。


「本日、モーリス伯爵とその御令嬢のエリアンナ様が王宮にいらっしゃいました。」


そう言われて気持ちが切り替わる。


「ほぅ、何故、王宮に来たのかは聞いたか?」


聞くとクラーク卿が言う。


「モーリス伯爵家次女のリリアンナ様にお目通りを、と。」


溜息をつく。どうしてリリーに会いに来たのかは大体の察しはつく。わざわざ自分の家の娘と称しているあたりにいやらしさを感じる。


「で、追い返したのか?」


聞くとクラーク卿が頷く。


「はい、モーリス家の人間は王宮には入れるなとの達しでしたので。」


やはり王宮入りをしようとしたか。出入りさせないように達しを出しておいて正解だった。


「そうか、報告、ご苦労だった。」


言うとクラーク卿が少し頭を下げ、そして言う。


「もう一つ、お耳に入れておきたい事がございます。」


私の耳に入れておきたい事…。恐らくはモーリス家関連だろうと思う。


「続けてくれ。」


言うとクラーク卿が言う。


「私事ではありますが、我がクラーク家にモーリス家から縁談を持ちかけられております。」


縁談?モーリス家がクラーク家へ?


「それはモーリス家のエリアンナ嬢とクラーク卿、君の縁談という事で間違いないかい?」


聞くとクラーク卿が頷く。


「その通りでございます。」


モーリス家がクラーク家へ縁談を持ちかけている…。聖女と認定されているエリアンナと騎士団長であるクラーク卿の婚約、という事か。


「フィリップ殿下が王宮入りされる少し前に、モーリス家から我がクラーク家に縁談が持ち込まれました。その後、モーリス伯爵がエリアンナ嬢を伴い、騎士団の訓練場に来られました。私に挨拶したい、と。」


時期的にエリアンナ嬢が父上の治癒に失敗し、リリーと私が王宮に向かっている頃だ。という事は、それがモーリス家の次なる一手という事になる。


「ご挨拶申し上げましたが、その、何と言うか…」


言い淀んでいるクラーク卿に言う。


「何でも正直に言ってくれて構わないよ、君の感じた事をそのまま、正直に。」


私がそう言うとクラーク卿が何とも言えない表情で言う。


「その、あまり良い印象ではありませんでした。なのでその後、少し調べさせて頂きました。」


クラーク卿が懐から紙を取り出し、私の元へ持って来る。それを受け取る。


「モーリス家は由緒正しい伯爵家ではありますが、評判が良かったのは先代まで、今代の伯爵は裏でいかがわしい者たちとの繋がりがあるとも噂されています。調べてはいますが、なかなかその実態を掴めません。」


渡された紙は報告書だった。短期間で良く調べられている。


「私はこの縁談を機に、モーリス家と繋がりを持ち、独自に調べてみるつもりでいます。」


クラーク卿を見る。その瞳には真摯な光が宿っている。


「そうか。承知した。」


そこで思い出す、そう言えばクラーク卿はソンブラとも懇意だったのだと。


「私の方でも動いてはいるんだが、それに関してはもう知っているね?」


聞くとクラーク卿が少し笑う。


「はい。ソンブラから聞いております。」


あのソンブラが友好的に接する人物だ、信頼に値する。


「ではソンブラとも密に連絡、連携を取ってくれ。情報は共有してくれて構わない。私への報告は随時行ってくれ。」




クラーク卿が部屋を出て行く。前評判の通り、優秀な人物だ。さすがは黒い騎士、と言ったところだろうか。立ち姿だけでその強さを体現出来る人物はそう居ない。腕一本で騎士団長にまで登り詰めただけはある。ノックの後、セバスチャンが部屋に入って来る。


「セバスチャン。」


声を掛けるとセバスチャンが私を見る。


「クラーク卿をどう思う?」


聞くとセバスチャンが微笑む。


「優秀な騎士団長です。清廉潔白で高潔な人物、堅実で実直。部下の騎士たちからも信頼を得ていますし、国王陛下も一目置いているとの事。」


セバスチャンの評する通りの人物だと私も思う。誠実な人間だ。でなければ、黒い騎士にはなれないだろう。そんな人間がモーリス家には「何か」を感じているのだ。やはり「何か」あるのだろう。


「セバスチャン、クラーク卿の瞳を見たか?」


聞くとセバスチャンが視線を下げる。


「はい、殿下。」


セバスチャンが視線を下げるのは、私が何を言い出すのか、予想がついているからだろう。


「あの瞳の色は…」


「殿下。」


セバスチャンが珍しく私の言葉を遮る。セバスチャンは少しだけ首を振り、それ以上は何も言わなかった。




テイラーとのデザインの相談が終わる頃にはもう日が暮れていた。テイラーはすぐに作業に取り掛かると言い、部屋を出て行った。


「ドレス、楽しみですね。」


ソフィアが微笑む。


「そうね。すごく楽しみだわ。」


ノックが響く。返事をすると侍女が現れ、言う。


「フィリップ殿下がご夕食をご一緒にと。」


そう言われて心が躍る。




フィリップ様と一緒の食事。今日はフィリップ様の居る王太子宮へ私が向かった。いつもフィリップ様が私の居る王太子妃宮へ来てくださるからだ。


「良く来たね、リリー。」


フィリップ様はいつお会いしてもその品格が損なわれない。


「さぁ、冷めないうちに頂こう。」


フィリップ様に促されて食事が始まる。


「リリー、今日は何をしていたのかな?」


フィリップ様に聞かれて私は答える。


「今日はテイラーとソフィアと一緒に婚約式と夜会のドレスの相談をしていました。」


言うとフィリップ様がふわっと笑う。


「そうか、デザインは決まったのかな?」


言いながらフィリップ様は手をほんの少し動かして、セバスチャンに何かを指示している。


「はい、テイラーが何枚もデザイン画を見せてくれて、皆で相談して決めました。」


セバスチャンが失礼しますと言って私の目の前のお皿に盛り付けられた子牛のステーキを切り分けてくれる。セバスチャンを見る。


「ありがとう。」


言うとセバスチャンは微笑んで頷く。


「お礼は殿下にお願いします。」


セバスチャンが小さな声でそう言い、下がる。私はフィリップ様を見る。


「ありがとうございます。」


言うとフィリップ様は微笑んで言う。


「良いんだよ、リリーの手を煩わせないような料理にしないといけないね。」


そう言いながらフィリップ様が後ろに控えているシェフを見る。シェフがハッとしてお辞儀をする。


「ここは東部では無いからね、リリーの事をまだ知らない者が多いんだ。だが腕は一流だよ。」


こういう時、フィリップ様は王太子様なのだと実感する。普段、私の前では優しくて穏やかで、決して偉そうに振る舞う事は無い。私と同じ目線まで下がって話してくださるから、普段は忘れてしまう事も多いけれど、フィリップ様は正真正銘の王太子様なのだ。


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