三日ほど経つとテイラーがセバスチャンと共に王宮に到着した。
「セバスチャン、良く来たな。」
私が言うとセバスチャンは微笑んで言う。
「フィリップ殿下、お変わりなく、より一層お元気で何よりでございます。」
セバスチャンが来るとウォルターが背筋を伸ばす、ウォルターにとってセバスチャンは尊敬に値する人物だ。そんな様子を見て微笑ましく思う。東部に居た頃と同じだ。
「東部は大丈夫か?」
聞くとセバスチャンが言う。
「滞りなく。屋敷は残っている者で十分に警備可能です。執務についてはウェーバー侯爵様が抜かりなく執り行っております。」
私は微笑んで言う。
「そうか、移動は疲れただろう?少し休んで良い。リリーに顔を見せてやってくれ。きっと喜ぶだろう。」
私がそう言ったのに、セバスチャンは運ばれて来たティーセットで私にお茶をいれてくれる。
「セバスチャン。」
言うとセバスチャンは笑って言う。
「私の務めはフィリップ殿下に仕える事でございます。移動の間、充分に休ませて頂きましたので。」
「リリー様、テイラーが王宮に到着したそうですよ。」
ソフィアが言う。テイラーの名を聞いて何だか嬉しくなる。
「もう到着したのですね。」
そう言うとソフィアが微笑んで言う。
「すぐにリリー様にご挨拶に来られると思いますよ。婚約式と夜会までにはそんなに時間が無いので。」
あと四日も経てば私はフィリップ様と正式に婚約する…。そう考えると少し緊張する。
「ソフィア、私は何をしたら良いのかしら。」
聞くとソフィアが言う。
「婚約式と夜会の仕切りは王妃殿下がされるそうですので、リリー様は何もしなくて良いのですよ。」
ソフィアは私にお茶を入れながら続ける。
「リリー様はテイラーにご自分の希望を仰るだけで良いのです。」
自分の希望…。婚約式を想像する。フィリップ様は二人だけで婚約式をすると仰った。二人だけの婚約式…その時に自分が着る服…真っ白なドレス、真っ白なヴェール…まだぼんやりとしか浮かばない。
程なくしてテイラーが来る。
「リリー様、お久しぶりでございます。」
テイラーは自分で誂えたのか、素敵な服を着ていた。
「リリー様、早速ではありますが、婚約式のドレスとその後の夜会のドレスのご相談を。」
テイラーはそう言ってテーブルに紙を広げる。
「ここへ来るまでにアイデアを描き出しておきました。」
何枚ものデザイン画を見せて貰う。こんなにデザインしたのかと驚いてテイラーを見る。テイラーは恥ずかしそうに笑いながら言う。
「婚約式と聞いて自分の事のように嬉しくて。リリー様とフィリップ殿下のお二人の事を想像すると、デザインが溢れて来るのです。」
ソフィアが覗き込む。私はソフィアに聞く。
「ソフィアはどれが良いと思う?」
ソフィアは何枚ものデザイン画を見ながら考えている。そしていつだったか、ウェーバー侯爵様がいらっしゃる時のように、いつの間にかソフィアとテイラーが二人で相談し合っている。私はそんな二人を見ながら温かい気持ちになる。いつも二人は私に為に心を砕いてくれている。不意に扉をノックする音が聞こえて、私は反射的に返事をする。扉が開いて、失礼しますと言って入って来た人物を見て私は笑顔になる。
「セバスチャン!」
私は立ち上がって扉の前で微笑んでいるセバスチャンの元へ行く。
「セバスチャンも一緒だったのですね。」
セバスチャンは微笑みをたたえたまま視線を伏せて言う。
「リリー様、ご無沙汰しております。フィリップ殿下に許可を頂きまして、リリー様にご挨拶に参りました。」
丁寧に挨拶してくれるセバスチャンを見て、あぁいつものセバスチャンだと何だか嬉しくなる。セバスチャンはいつも礼儀正しく、丁寧で親切で控えめ、だけどとても有能で優秀だ。不意にセバスチャンの胸元の徽章が光る。あ、この徽章、知っている。黒い騎士様たちの徽章だ。ソンブラに見せて貰ったあの徽章だった。そうか、セバスチャンは黒い騎士でもあるんだと思う。
「何事も無く到着出来て良かったです。」
言うとセバスチャンが私を見て微笑む。
「リリー様もお元気で何よりでございます。」
セバスチャンが来て、一番喜んでいるのはきっとフィリップ様だろうなと思う。
「私はフィリップ殿下の元に戻りますので、ご挨拶だけで失礼させて頂きます。」
私は微笑んで言う。
「分かりました、挨拶に来てくれてありがとう。顔が見られて嬉しかったです。」
言うとセバスチャンがふっと笑う。
「私もリリー様のお顔を拝見出来て、安心致しました。」
「何故だ!何故入れんのだ!」
お父様が声を荒げる。目の前の警備隊の騎士が言う。
「申し訳ございません、モーリス家の方々はお通し出来ません。王宮へは通すなとのお達しでございます故。」
お父様が食い下がる。
「我が家の娘が王宮に居るのだろう?リリアンナだ、グリンデルバルト家の御当主の婚約者として王宮に来ていると聞いた。その娘に親である私が会いに来るのは普通では無いか!」
警備隊の騎士は困った顔で言う。
「私共は上からの命に従っているだけでございます。」
お父様は苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「話にならん、もっと上の者を呼べ。」
何人かいた警備隊の騎士のうちの一人が王宮の中に走って行く。
「お父様、どういう事なんでしょうか。」
私が聞くとお父様が言う。
「分からん、だが安心しろエリアンナ。こんなふうに扱われて良い私たちでは無い筈だ。」
お父様にそう言われても私は不安だった。国王陛下の治癒に失敗した私はもう不必要なのだと実感した。私の力が及ばなかったのは分かるけれど、それでも無いよりはマシであれば、その後も私が王宮に呼ばれた筈だった。でも私は二度と呼ばれなかった。そこへリリーが王宮入りして国王陛下の治癒に当たると聞いた。私が呼ばれなかったのなら、リリーの治癒が上手くいったという事。最近では国王陛下のご体調が回復し、しかも王太子殿下の婚約式まであるという。リリーが王宮入りしている間に王太子殿下の婚約式があるとなれば、きっとリリーは王宮での婚約式やその後の夜会にも現れるだろう。お父様が呟くように言う。
「今のうちにリリーに会って、忌み子なのに育ててやった恩を忘れるなと言い含めておかないといかん。」
そうよ、あの子は忌み子。嫌われ者の筈。きっとグリンデルバルト家でも下女のように扱われている筈だわ。今頃は王宮の隅で洗濯でもしているんだわ。そう自分に言い聞かせる。
「何の騒ぎだ。」
その声にハッとする。声の主は王国騎士団、騎士団長のフェイ様だ。
「クラーク卿!」
お父様が笑顔になる。以前、訓練場に行った時にフェイ様には挨拶は済ませておいたのだ。
「モーリス伯爵。それにエリアンナ嬢。」
フェイ様が私たちを見て少し意外そうにする。どうしてそんな態度なのだろう。
「どうされたのですか?」
フェイ様が聞く。
「どうもこうも無い。警備隊の騎士が私たちを王宮に入れてくれんのだ。」
お父様が少し憤慨しながら言う。フェイ様はほんの少し息をついて言う。
「申し訳ございません、上からの達しでモーリス家の方々はお通し出来ないのです。」
お父様が食い下がる。
「何故、入れない?」
聞くとフェイ様は少し笑い、そして言う。
「理由までは存じ上げません。我々は命令に従うのみです。」
上からの命令…王族の方々直々の命令という事だろうか。
「グリンデルバルト家の御当主の婚約者として我が娘のリリアンナが王宮に居ると聞いたのだ。リリアンナに会いに来たと伝えてはくれないだろうか。父親と姉が直々に会いに来てやったんだから、リリアンナも私たちを無下には出来んだろう?」
フェイ様は苦笑いしながら言う。
「お伝えする事は可能ですが、恐らく入宮は難しいかと。モーリス家の方々を通すなと仰っているのはリリアンナ様よりも上の方ですので。」
もっと上の方?やはり王族の方が直々にそう達しを出しているという事…。
「今日のところはお帰りください。リリアンナ様もご予定が詰まっておいでです。」
フェイ様がリリーの事をリリアンナ様と仰ったのが意外だった。何故、忌み子のリリーに様なんて付けるの?