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第32話

「私の治癒ばかりしては退屈だろう。フィリップと街にでも行って来なさい。」


国王様にそう言われたけれど、私は今のままでも十分、楽しく過ごしていた。美味しい食事に柔らかいベッド、治癒をしていない時間はよく手入れされている庭園を散歩したり、新しく侍女に付いてくれた人たちとお話をしたり。


「今のままでも十分、楽しく過ごしています。」


言うと国王様は優しく微笑んで言う。


「リリアンナ、そなたを独占しているとフィリップにも返せと言われてしまうからな。」


そう言って笑う国王様はとてもチャーミングだった。




お部屋に戻るとフィリップ様が来ていた。


「フィリップ様。」


フィリップ様は私を見て微笑み、言う。


「今日は朝から気分がとても良いんだ、良かったら街に行ってみないかい?」


私の治癒でフィリップ様も国王様も快方に向かっている。とても嬉しかった。


「先程、国王様の治癒を終えた時に国王様にもフィリップ様と街にでも行って来なさいと言われました。」


言うとフィリップ様が笑う。


「父上もそう仰るなら、そうしよう。」




平民のような平服を着て、街に出る。街は人が多く、賑わっている。


「リリー様、はぐれないようにご注意ください。」


ソフィアにそう言われる。


「そうね、気を付けないと。」


何せ、街へは初めて出るのだ。


「もしはぐれてしまっても、騎士服を着ている騎士団の人間に声を掛ければ王宮には戻れるよ。慌てずにね。」


フィリップ様にそう言われて、少し気が楽になる。




街の中を散策する。


「市場が出ているようだね。」


フィリップ様に言われて広場を見ると、広場には多くの露店が出ていた。


「初めて見ました…」


言うとフィリップ様が言う。


「そうか、せっかくだし、行ってみよう。」


人でごった返している広場。はぐれないように気を付けながら歩く。フィリップ様もソフィアも上手に人を避けながら歩いている。色々な物を見ながら、目を白黒させているうちに疲れてしまった。


「リリー、大丈夫かい?」


フィリップ様が心配してくださる。


「人酔いでもされたのでしょうか。」


ソフィアが言う。フィリップ様が私を連れて人込みから出る。少し離れた所に休めそうな場所があった。そこに座り、息をつく。せっかく街に出たのに、何だか申し訳ない。


「私はここで休んでいるので、二人で露店巡りしてください。」


二人とも顔を見合わせている。


「せっかく街に出たのに。私はここから眺めていますので。」


フィリップ様は少し考えて、そして言う。


「それじゃあ、リリーに似合う物を選んで来よう。ソフィア、競争だよ。どっちがリリーに喜んで貰えるのか、勝負しよう。」


ソフィアは顔を輝かせて言う。


「フィリップ殿下、負けませんよ?」


二人が楽しそうで私も嬉しくなる。


「それではここで待っています。」




二人が共に広場に行き、露店を巡っているのが見える。選んでいるのが私の物だとしても、二人とも楽しそうでとても良くお似合いだった。不意に子供の泣き声がする。すぐ近くで子供が転んで膝を擦りむいて泣き出したようだった。私は思わず駆け寄る。


「大丈夫?」


聞いてもその子は泣いていて何も言わない。どうしよう、こんな場所で治癒をしたら人の目を引いてしまうかもしれない。でも泣いている子を放ってはおけない。


「今からお姉さんが不思議な物を見せてあげるけど、これは皆には内緒なの。二人だけの秘密にしてね。」


なるべく目立たないように…そう思いながらその子の膝に手を当て治癒をする。膝の傷が癒えていく。その子はそれを見て驚きながら私を見る。お願い、大きな声で騒がないで、そう思った時、その子が私に耳打ちする。


「お姉さんは聖女様なの?」


その子が聞く。私は口に人差し指を立てて言う。


「内緒よ。誰にも言ってないの。」


言うとその子は目をキラキラさせて私を見る。


「うん、内緒にするよ。」


これなら大丈夫そうだと思った時。


「大丈夫かい?」


声が降って来て振り向く。そこには銀色の髪をした男の人が立っている。その人は優しく微笑み私とその子の傍にしゃがむ。


「泣いていたようだが。」


その子は彼に言う。


「もう治ったの。だから大丈夫。」


その子は立ち上がると、私の耳元に口を近付けて言う。


「ありがとう、聖女様。」


内緒話をするようにコソコソ声でそう言ってくれたけれど、きっと傍に居たこの人には聞こえているかもしれないと思った。その子はそのまま走って行ってしまう。


「あなたの知り合いでは無いのですか?」


走って行ってしまったその子を見ながら彼が尋ねる。私は笑って言う。


「えぇ、先程までそこで休んでいたのですけど、目の前で転んでしまったようで。放っておけなくて。」


彼は立ち上がると私に手を差し出す。立ち上がる為に手を貸してくれていると分かる。


「ありがとうございます。」


その手に自分の手を乗せ立ち上がる。きっと聞こえていたに違いない、そう思った。彼は私の手を取ったままだ。不意に私のすぐ横を人が通る。彼は自然な素振りで私を引き寄せ、人とぶつかるのを防いでくれる。ほんの少し体が離れる。


「人込みはお嫌いですか?」


そう聞かれて私は言う。


「嫌いという訳では無いんです、ただ人込みに慣れていなくて。」


そう言うと彼が少し笑う。


「そうでしたか。」


露店の人たちの楽しそうな声が響いている。


「せっかく来たのに。」


心でそう思っていた言葉が口から出てしまった。彼は少し笑うと言う。


「それでしたら、露店の外側を回ると良いでしょう。よろしければご案内します。」


そう言って私の手を引く。彼の瞳に見覚えがあるような気がした。




外側の露店の中で、ふと目に付くお花の髪飾りがあった。白百合だろうか、小さくささやかなその髪飾りがとても素敵に見えた。案内してくれている彼が不意にそれを手に取って、私の髪に飾る。


「とても良く似合っています。」


そう言って微笑む。そしてお店の店主さんに言う。


「これを貰おう。」


彼はあっという間に店主さんにお金を払ってしまう。


「あの、でも、」


言い掛けると彼が微笑んで言う。


「良いのです、私があなたにプレゼントしたかったので。今日の出会いの記念に。」


ドキドキする。顔が熱くて俯く。彼は私の手を取って歩き出す。


「もう一つだけ。」


そう言って一つの露店の前に来る。そのお店は玩具のようなアクセサリーのお店。彼はそのお店の前で品物を眺め、そして何かを手に取ると、私にそれを見せる。


「これは、どうですか?」


聞かれて彼の手の中の物を見る。それは細いシルバーのブレスレット。小さな白い石が飾りについている。


「それは小さいけどムーンストーンだよ。」


店主であろう大柄の女性が言う。


「ムーンストーン…」


聞いた事はあったけれど、実物を見るのは初めてだった。


「ムーンストーンはね、相手の健康と幸運を祈る石さ。恋の成就なんかにもご利益があるそうだよ。」


不思議な光り方をしているその石はとても素敵だった。


「これを包んでくれ。」


彼はそう言って店主さんにそれを渡す。店主さんはニコニコ笑って言う。


「良いねぇ、恋人同士は。」


恋人同士と言われ、恥ずかしくて俯く。視界に包みが入る。


「今日の記念に。」


この人はどうして私なんかにプレゼントをくれるのだろう。私は何もあげていないのに。そう思って顔を上げる。


「あの、私、」


言い掛けると彼は笑って言う。


「行きましょう。」




彼に付き添われ、元居た場所に戻って来る。


「私はこれから仕事があるので、これで失礼します。」


そう言って私の手を取ると、手の甲に口付ける。


「またどこかでお会い出来る事を祈っています。」


彼はそう言うと私に背を向けて行ってしまう。自分の身に何が起こったのか、理解が追い付かない。名前も聞けなかったし、名乗る事も出来なかった。銀色の髪の彼…。




俺は一体何をしているんだ…。歩き出しながら今更、自分がした事を自分でも信じられなかった。名前も聞けなかった。名乗る事もしなかった。また会える事を祈っています?笑い出す。彼女が誰かは分かっているだろう?王宮で噂になっていて聖女様と認定された人物。リリアンナ様だ。フィリップ殿下の婚約者。そんな方に向かって俺は一体…。


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