翌朝早くに目が覚めた私は、起き出して支度をする。今朝はとても気分が良い。
「フィリップ殿下、おはようございます。」
ウォルターが部屋に入って来る。
「おはよう、ウォルター。」
私の部屋にノックも無しに入って来るのはウォルターくらいだろう。
「今朝はご気分が良さそうですね。」
ウォルターが微笑む。
「あぁ、今朝は気分が良い。少し散歩に出るよ。」
騎士団の訓練をしている訓練場に行ってみる事にした。
「おはようございます、フィリップ殿下。」
ソンブラが付いて来る。
「おはよう、ソンブラ。」
歩いている私にソンブラが聞く。
「どちらへ?」
私は少し笑って言う。
「うん、ちょっと騎士団の方へ行ってみようと思っていてね。」
ソンブラは私の影のように後をついて歩く。
「昨日の夜も騎士団長について尋ねられていましたね。」
何故気になるのか、私自身、良く分かっていなかった。
「うん、気になると自分の目で見たくなるんだよ。」
離れた所から騎士団の訓練を見る。騎士たちの中でひと際、目を引く者。銀色の髪をした男。
「銀色の髪をした者が騎士団長かい?」
ソンブラに聞くとソンブラが頷く。
「はい、そうです。あの者が騎士団長のフェイです。」
フェイ、それが彼の名か。
「確かフェイは子爵家の次男で、剣の才があり、今では王国一だと言われています。」
子爵家出身で剣の才に恵まれ、今では王国一の腕前か…。自分の力だけで騎士団長にまで上り詰めた実力者という事。まだ若いのに、並み居る騎士たちをその実力だけで押し退けた強者…。キラキラと輝く銀色の髪が、何故か父上を想起させる。
その日の昼食時、私はリリーと共に食事をした。
「リリー、少し話しておきたい事がある。」
言うとリリーが微笑む。
「何でしょうか。」
この話をするのは少し気が引けたが、リリーには知る権利がある。
「ソンブラを先に王都に出して、調べさせた内容について、なんだ。」
リリーの顔が少し曇る。
「ソンブラにはまず、大神殿に行って貰って、リリーの出生時の話を聞いて貰った。」
私は少しでもリリーの気が紛れるように食事をしながら話す。
「リリーが生まれた時、姉上のエリアンナと共に二人ともが輝いていたそうだよ。その光を見て神官が呼ばれ、サイラスという神官が二人を見たそうだ。リリーのご両親は姉上のエリアンナこそが聖女だと言い張ったみたいでね。でもサイラス神官はリリー、君の方が光が強かったと言っている。」
リリーは少し視線を落として私の話を聞いている。
「聖女の兆しが現れた子なのだから、間引く事は許されない。それをサイラス神官がご両親に告げて、君はモーリス家で育てられた。その後の事はリリーも知っているね?」
リリーは下げていた視線を私に戻す。
「生まれた時に光っていたのはお姉様だけでは無かったのですね。」
リリーに言われて私は頷く。
「そうだね。」
リリーは少し考えるようにまた視線を下げる。
「リリー。」
呼び掛けるとリリーが私を見る。こんな事を聞くのは気が引けたけれど、聞かなくてはいけない。
「リリーはどんな幼少期だったのかな。」
リリーは少し笑みを浮かべたが、その笑みは悲しそうだった。
「私が覚えている一番古い記憶は、4歳か、5歳の頃です。その頃はまだ私にもお屋敷の中に狭くて小さいけれど、お部屋がありました。その部屋で一人で何もせず、過ごしていました。時折、お姉様が部屋に来ては、自分の服や玩具を自慢していて、私はそんなお姉様が誇らしかったんです。私のお姉様はこんなに可愛くて、綺麗な服がお似合いで、可愛いぬいぐるみもキラキラ光る宝石もたくさん持っていて。私は双子の忌み子だから、生かされているだけでも有り難いといつも両親やお姉様、周りの使用人に言われていたので。」
そんな話を聞くと心が痛む。
「そんな時、お姉様が私の部屋に来て、私にぬいぐるみを投げて来たんです。可愛いウサギのぬいぐるみでした。」
リリーは少し悲しそうに微笑んでいる。
「汚くなったから私に施しとしてそのぬいぐるみをあげる、とお姉様は言ったんです。私は嬉しくてそのぬいぐるみを受け取ろうとしました。けれど、お姉様は気が変わったようで、やっぱり止めると。何だか悲しくて私はその時、初めて嫌だとお姉様に言いました。お姉様はすごく怒って私を突き飛ばしたんです。その時に膝を擦りむいて、怪我をして泣きました。痛くて、痛くて、自分で自分の膝を撫でたんです。」
リリーが私を見る。
「その時、初めて自分の膝の傷が癒えました。びっくりして泣き止んだのを覚えています。」
リリーが自分の手を見つめる。
「お姉様は私よりも早い時期に、お母様が刺繍をしていた時、指先を針で刺してしまった際、その傷を癒したと聞きました。ですが確か、私とそう変わらない時期でしたので、お姉様も4歳か、5歳だったと思います。」
リリーの手が仄かに光を帯びる。
「お姉様は私の膝の傷が治ったのを見て、驚いていました。そして私に言いました。その力を使うなと。このお屋敷に住まわせて貰いたかったら、決してその力を使うなと。そう言い残してお姉様は部屋から出て行き、その後、お母様が部屋に来ました。」
光がふっと消える。
「お部屋に来たお母様の手には鞭がありました。私はその鞭で打たれ、その時に決して人前でその力を使うなと言われました。今回はお姉様の前でその力を使った罰だと。」
やはり虐待もあったのか、と思う。
「そのままお部屋を出され、お屋敷の外にある小屋に連れて行かれました。そこが私の住む小屋になりました。」
キトリーの報告にあった、リリーが一人で住んでいた小屋の事だ。4歳か、5歳の頃からそんな小屋に一人で住んでいたというのか。静かな怒りが込み上げる。なのに、リリーは少し微笑んで言う。
「お屋敷の外の小屋に居た方が私は気が楽でした。小屋の周りには誰も近付かないし、そのお陰で私は小屋の周辺で自由に出来ました。花が色とりどりに咲き、鳥たちが小屋に来てはさえずり、時には小動物も来て、私に懐いてくれたからです。」
花が色とりどりに咲き、鳥たちがさえずり、小動物たちが懐く…まさに国に繁栄をもたらす片鱗がそこにはあったのだな、と思う。
「その頃から私は自身の傷を治す事を調節するようになったんです。」
力の調節…。その頃からリリーは力を抑えつけていたのかもしれない。
「傷が一気に治ってしまっては、また力を使ったのだと言われて罰を受けなくてはいけなかったから。罰を受けても自身の傷は治せます。その時に少し痛い思いをするくらいで。」
そう言うリリーは何だか少し楽しそうだ。過去にした悪戯を告白しているような、そんな口ぶりだ。
「小屋に一人でしたが、私は一人では無かったんです。鳥たちや小動物たちがいつも傍に居ましたから。」
リリーが生きて来た過酷な境遇の一端を見た気がした。それなのに、リリーは少しも歪んでいない。これも聖女、それも白百合乙女という大聖女たる所以なのかもしれない。
それから一週間ほどは、リリーには父上の治癒に当たってもらった。初日の治癒で歩けるまでになっていた父上は三日ほどで公務に復帰出来るようになり、一週間経つ頃には体力も回復傾向にあった。
「キトリー、何か掴めたか。」
部屋に来たキトリーに聞くと、キトリーは難しい顔をして言う。
「様々な閲覧可能な書物を読みましたが、私が閲覧出来るものに有益な情報はありませんでした。」
やはり私自身が王立図書館に出向くしか無さそうだ。
「そうか、ご苦労だった。」
キトリーは申し訳無さそうな顔をする。
「気にするな、キトリーが以前送って来てくれた書物だけでもかなり有益だった。」
キトリーは苦笑いして言う。
「リリー様のお役に立ちたかったのですが。」
キトリーは八年もリリーと衣食住を共にしたのだ、情が移っていてもおかしくは無いだろう。
「リリーの役には立っているさ。キトリーが送ってくれた書物に白百合乙女の事が書かれていたからな。」