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第30話

程なくして、父上の命により駆け付けた大神官が広間へ通され、私と父上、母上、そしてリリーが揃う。


「お初にお目にかかります、リリアンナ様。」


大神官のハビエルが挨拶する。


「すぐに認定の儀式を。」


父上が言う。ハビエル大神官は頷いて後ろに控えている神官に目配せする。神官の一人が水晶を取り出し、それを大神官に渡す。


「リリアンナ様、こちらをお持ち頂けますか?」


リリーが水晶を持った瞬間だった。



水晶に光が宿り、その光が辺りを明るく照らし始める。徐々に強くなっていく光。その光は強く、目を開けていられない程だった。



程なくして光が弱まったが、水晶の中にはまだ光が宿っていた。


「これは間違いない、何という事だ…こんなにも眩く、こんなにもお強いとは…」


大神官が呟く。


「聖女で間違い無いな?」


父上が満足そうに聞く。大神官はその瞳に涙を浮かべて言う。


「間違いございません。聖女様でございます。」


大神官はリリーから水晶を受け取る。水晶は光を失わず、中央をキラキラと輝かせている。


「国王陛下、これ程までに強い力を持つ聖女は、今まで見た事がございません。もしかしたらリリアンナ様は白百合乙女様かもしれません。」


白百合乙女…国を豊かにし、繁栄をもたらすと言われている伝説の聖女…。やはり、か。


「うむ、リリアンナが白百合乙女かどうかは、これから調べるとしよう。ここではリリアンナが聖女であると認定されればそれで良い。」


そして父上はリリーを見て微笑む。


「そなたは今、この瞬間から正式に聖女だ。」




父上はリリーからの治癒を受けたが、すぐに歩き回るほどの体力は無く、リリーが何度か父上に神聖力を注いだ。


「疲れはしないのか?」


父上がリリーに聞く。リリーは微笑んで言う。


「大丈夫です、何ともありません。」


リリーを見ていても分かる。リリーは全く、疲れてもいない。


「本当にすごいのだな。以前、私を治癒した聖女は私に治癒した後、倒れてしまってな。」


そう言ってリリーの頭をポンポンと撫でる。まるで愛娘にするように。


「心配なのだ。無理をしないように、な。」


リリーはほんの少し頬を染めて言う。


「ご心配ありがとうございます。」


本来ならこんなふうに扱わなければいけないのだ。なのにモーリス家では下女のように扱われていただなんて。本当に腹立たしい。


「父上。」


呼びかけると父上が私を見る。


「そろそろリリーを返して貰えますか。」


笑って言うと父上も笑う。


「そうだな、私が独占してはいけないな。フィリップの婚約者なのだから。」




その日の夜、歓迎の晩餐が開かれる事になった。




晩餐は家族でのみ、行われた。黒い騎士たちが護衛している。


「黒い騎士たちが多いですね。」


言うと父上が苦笑いする。


「私が倒れた事で、要らぬ噂が立っている。その機に便乗して良からぬ事を企む輩が居たとしてもおかしくは無いと進言されてな。」


隣に座るリリーに、子牛の肉を切り分けてやる。


「護衛だけでも付けさせて欲しいと、騎士団長が言うのでな。」


騎士団長…。噂には聞いている。若くして剣の才に恵まれ、貴族たちとのしがらみも少ないという。


「騎士団長ですか、会ってみたいですね。」


言うと今度は母上が言う。


「そのうちに会う機会もあるでしょう。」


物々しい雰囲気は黒い騎士たちが距離はあっても私たちを囲んでいるからだ。


「プライベートなこんな席でも、必要ですか?」


聞くと父上が苦笑いして言う。


「まぁ、そう目くじらを立てるな。皆、私を思っての事だ。」




晩餐を終えて部屋に戻る道をフィリップ様と歩く。


「美味しかったかい?」


フィリップ様に聞かれて頷く。


「はい、とても。」


あんなに美味しい食事は初めてなんじゃないかと思う程に美味しかった。もちろん御屋敷での食事も美味しいのだけれど。


「王室の料理人は特別だからね。」


歩きながらふと、目に付く護衛騎士の方々。ソンブラが言ったように王室騎士団の精鋭の方たちなんだろう、真っ黒な騎士服を着ている。これだけの精鋭の方々に守られていれば、きっと王宮は安全なのだわ、とそう思う。


「そういえば、ソンブラが私の元へ訪ねて来てくれました。」


言うとフィリップ様が頷く。


「うん、リリーに挨拶したら喜ぶと思うから、そうしてやってくれと言ったんだ。」


フィリップ様を見上げる。


「フィリップ様のご配慮だったのですね。」


フィリップ様は私をエスコートしながら微笑む。


「ソンブラがフィリップ様からお話を聞いた方が良いと。」


言うとフィリップ様が言う。


「そうだね、ソンブラに調べさせた内容については、明日にでも話そう。今日はもう遅い。疲れただろうから、ゆっくり休むと良い。」




「話しなさい。」


目の前の王妃殿下が言う。俺は殿下の前に片膝をついたまま言う。


「口外は出来ません。」


王妃殿下は俺に持っていた扇子を投げ付ける。


「私は王妃なのよ!その私に話せないというの!」


王妃殿下の怒りはもっともだ。けれど俺は下を向いたまま言う。


「私の知り得た情報は既にフィリップ殿下がご存知です。私の口からではなくフィリップ殿下から聞くのが道理かと。」


王妃殿下が声を荒げる。


「この私に道理を説くというの!お前のような下賤な者が!」


気が立っておられるなと思う。リリー様が王宮入りしたので、多少の事は予想していたが、ここまで苛立たれているとは。王妃殿下は溜息をつき、言う。


「もう良いわ、下がりなさい。」


そう言われて俺はその場を辞す。歩きながら考える。王妃殿下が何故、今更、白百合乙女について知りたがっているのか。俺が知り得た情報はリリー様の出生時の話だけだというのに。確かにその後、白百合乙女については独自に調べてはみた。文献を当たり、読めそうな物は読んだ。話を聞けそうな者には話を聞いたが、そんなに大きな収穫は無かった。今はモーリス家について調べている最中だ。


「ソンブラ。」


急に声を掛けられて振り向く。


「フェイ。」


そこに居たのは騎士団長のフェイだった。フェイは俺に近付くと微笑む。


「何だ、王妃殿下の怒りに触れたのか?」


聞かれて笑う。


「そんなのはいつもの事さ。」


フェイの銀髪が風に揺れる。


「そんな事よりも、最近はずっとこうなのか?」


辺りを見回せば、黒い騎士たちが多い。フェイが笑う。


「国王陛下がお倒れになった時に、どこからか暗殺の噂が出回ってな。騎士団長として護衛を増やす事を提案したんだ。人の目は多い方が良い。」


昔からフェイとは剣を交えて来た。俺の方がフェイよりも早く騎士団に入団した為、フィリップ殿下は俺を自分の最側近にしたが、時期がずれていれば、フェイが登用されてもおかしくは無かった。それ程までにフェイは優秀だ。


「フィリップ殿下はお元気か?」


聞かれて俺は言う。


「あぁ、見違える程にお元気になられたよ。それもリリー様のお陰だ。」


フェイが微笑む。


「話は聞いている。新しく聖女様に認定されたと。国王陛下の治癒もしているそうだな。」


リリー様からの祝福を思い出す。


「あぁ、素晴らしい方だ。お優しくて純真無垢なお方だ。」


俺がそう言うとフェイが笑い出す。


「お前がそんなふうに言うなんてな。」


あぁ、確かにそうだ。俺はリリー様に出会ってから少し考え方が変わった。


「あの方はお守りしなくてはいけない、そんなふうに感じさせる、不思議な方だ。お前も会ってみれば分かるさ。」




「そうか、母上が。」


俺は先程の王妃殿下に呼び出された事をフィリップ殿下に報告している。


「はい。」


返事をするとフィリップ殿下が少し笑う。


「まぁ、予想はしていたさ。父上への治癒をその目で見ても、リリーの神聖力については懐疑的だからね。素直にお認めになれない事情があるのかもしれない。そして認めざるを得ない状況の今は、その力の大きさの影響やどうして今なのか?に焦点を置いているみたいだ。」


フィリップ殿下は俺を見て微笑む。


「良く報告してくれた。礼を言う。」


俺は首を振る。


「いえ、私はフィリップ殿下に忠誠を誓っておりますので。」


フィリップ殿下が笑う。


「まぁ母上は元々、ソンブラを認めてはいないからな。」


そう、俺は王妃殿下の言う通り『下賤な身の上』だ。元は奴隷のように働かされていた俺はフィリップ殿下に拾われたのだ。敗戦国の孤児、それが俺だった。


「それはそうと、ソンブラ、お前は騎士団長を知っているか?」


急に聞かれて俺は驚く。


「はい、知っております。騎士団での後輩にあたる者です。」


フィリップ殿下は何かを考え込んでいる。


「騎士団長がどうかしましたか?」


聞くとフィリップ殿下は少し笑って言う。


「いや、ちょっと気になってね。」


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