「デルフィーヌ。」
父上が母上を見る。母上がハッとする。
「フィリップを見れば分かるだろう?あんなに病弱で、歩く事もままならなかったフィリップがこうして自身の足で歩き、東部からここまで無事に移動して来たのが何よりの証拠だろう。」
そして母上から視線を外して言う。
「お前が神聖力を信じていない事は知っている。」
母上が神聖力を信じていない…?初めて聞く話だった。父上は優しく微笑み言う。
「今まで何人もの神官や聖女が私の元へ来ては、治癒をしようと試みた…」
父上は自身の手を見る。
「どの神官の神聖力もどの聖女の神聖力も効かなかった。だからお前が否定するのも分かる。」
父上が私を見る。
「だが、最愛の息子がこうして健康に近付いているのだ。」
そして父上がリリーを見る。
「私にもその力を享受させてくれるかい?」
リリーを見る。リリーは微笑んで言う。
「私に出来る事であれば、何でも。」
父上が聞く。
「どうすれば良い?」
リリーが手を差し出す。
「お手を。」
父上がリリーの手に自身の手を乗せる。私は立ち上がり、母上の元へ行く。母上の肩を抱き、母上に言う。
「母上、良くご覧になってください。」
リリーが目を閉じると白い光がリリーの手から溢れ出し、あっという間にリリーと父上を包み込む。あの時見たように光の膜が出来、膜の中で白い光が膨張していく。一瞬の後、パーンと膜が弾け、光が舞う。金色の光の粒が舞い散り、舞い落ちて消える。
「あぁ、何という事だ…」
父上が私と母上を見る。その瞳には涙が溢れている。
「体が、体が軽い…」
リリーは微笑んで父上から手を離す。父上はリリーに聞く。
「そなたは、大丈夫なのか?体が辛くなるという事は無いのか?」
リリーは微笑んだまま言う。
「私は大丈夫です。何ともありません。」
父上がベッドから足を下す。リリーが立ち上がり、退く。
「リリアンナと言ったな、良ければ手を。」
父上にそう言われてリリーが手を差し出す。父上はリリーの手を支えにベッドから立ち上がる。
「国王陛下…!」
控えていた侍従たちが感嘆の声を上げる。母上はその様子を見て、ハラハラと涙を零している。リリーの手から白い光が溢れて、私の時と同じように柔らかく父上を包む。
「あぁ、これは、何というか、すごいな、フィリップ。」
父上が笑う。私も同じように感じているのだから父上の感覚が良く分かる。
「分かります、リリーの力は本当にすごいのです。」
そして父上に近付いて言う。
「あまり急にはご無理なさらずに。少しずつお体をお慣らしください。」
父上は少し笑って頷く。
「そうだな、そうしよう。」
父上が控えていた侍従に言う。
「すぐに神殿の大神官を呼べ。」
侍従は返事をすると、部屋を出て行く。父上がリリーに微笑みかける。
「これは紛れもなく神聖力だ。リリアンナ、そなたは聖女で間違いない。すぐに神官に聖女として認定させよう。」
リリーはそう言う父上に言う。
「よろしければこれからも定期的に治癒をさせて頂きます、それ以外でもお体に変化があればいつでもお呼びください。」
きちんと自分からそう言えるリリーを少し誇らしく思う。
「私も定期的に治癒を受けています。リリーはまだこの力を覚醒させて間もないですが、力を使ううちにきっともっと色々な事が出来るようになるでしょう。」
父上が頷き、リリーに微笑む。
「そなたの言う通りにしよう。だが、そなたも無理は禁物だ。この王宮に居る間は不自由なく過ごせるように申し付けておく。治癒以外では自由に過ごして貰って構わない。せっかくフィリップが動けるようになったのだから、フィリップと街にも行くと良い。」
「先に戻っていてくれるかい?私は父上と少し話す事がある。」
フィリップ様にそう言われて頷く。
「はい。」
そして振り返り、国王陛下と王妃殿下にご挨拶する。
「それでは、私はここで。」
そう言って会釈すると国王陛下が微笑んで言う。
「ゆっくり休んでくれ。何かあればまた呼ぶとしよう。」
その場を辞して王宮の中を歩く。侍従の方の案内は王太子妃宮の入口まで、だった。入り口ではソフィアとキトリー、ベルナルドが待っていた。
「リリー様!」
キトリーが駆け寄って来る。
「いかがでしたか?」
聞かれて私は微笑む。
「えぇ、大丈夫よ。国王様の治癒はちゃんと出来たわ。」
その場に居る皆がホッとするのを感じる。心配してくれていたんだなと少し嬉しくなる。
「それは良うございました。」
キトリーが言う。ベルナルドは小さく咳払いして言う。
「リリー様なら大丈夫だと信じておりました。」
そんなふうに言うベルナルドにソフィアが言う。
「先程まで心配でウロウロなさっていたのはどこの誰でしょうね。」
ベルナルドは頬を赤く染めて言う。
「そんな者、私は知りません。」
クスクスと笑う。本当に仲が良くて、このやり取りだけでも心が洗われる。
「父上、リリーの事ですが。」
言うと父上が頷く。
「うむ、あれは間違いなく聖女だ。あれ程の爆発的な神聖力を使っても、本人は疲れさえ見せないところを見ると、相当、力が強いと見える。」
父上はゆっくりと歩き、ソファーへ座る。
「思うように動かなかった私の体がこうして歩けるまでになったのだ、疑いようが無い。」
父上の向かい側に座る。
「私はリリーが東部に来たその日のうちにリリーからの治癒を、意図せず受けました。まだ覚醒前の治癒でしたが、私も動けるようになったのです。」
父上は少し考え込む。
「お前からの書簡は受け取って読んだ。白百合乙女と申したか…」
父上がそこまで言うと、傍に居た母上が遮るように言う。
「そんなに力の強い聖女が急に現れるなんて。」
母上の疑念は他へ向かっているように聞こえる。
「デルフィーヌ、お前も座りなさい。」
父上が勧める。母上が父上の隣に座る。
「まずは正式にリリアンナを聖女として認定させよう。話はそれからだ。」
私はふと気になって聞く。
「リリーの姉上が治癒を行ったと聞きましたが。」
言うと父上が苦笑いする。
「あぁ、エリアンナだったか。あの者から治癒を受けたが、何の変化も無かった。多少、気分が良くなっただけだ。」
父上がふと遠くを見るように言う。
「リリアンナの治癒とは天と地ほどの差があった。エリアンナの治癒は手からほんの少しの光が漏れ出したが、それだけだ。あれでは擦り傷も治せないだろう。」
そして深く息をついて言う。
「お前からの書簡にも書かれていたが、このような状態でどうしてエリアンナのみが聖女として認定されたのか、甚だ疑問だ。」
そこで母上が言う。
「それはリリアンナが忌み子だからですわ。」
その言い方がもう既に色々な事を物語っている。父上が背もたれに寄り掛かり言う。
「忌み子、か…」
そう、その慣習こそが、リリーを隠していた核心だろう。
「もう忌み子などという慣習は取り払うべきでは?」
言うと父上が頷く。
「私もそう感じている。双子が国を亡ぼす切欠になったのは、もう何百年も前の事。人々の意識も生活様式も、その時とは変わって来ている。時代と共に変えて行く必要があるのかもしれないな。」
「リリー様、お休みのところを失礼します。」
そう言って現れたのはソンブラだった。
「ソンブラ!」
ソンブラは相変わらず、黒い騎士服のままだ。ソンブラは私の前に片膝を付くと片手を胸に当てて言う。
「王国の光、リリアンナ様にご挨拶申し上げます。」
聞いた事の無い挨拶だった。
「王国の光…?」
聞くとソンブラが微笑み、言う。
「リリー様は聖女様、聖女様は王国の光にございます。」
そう言われて何だか恥ずかしくなる。
ソンブラから話を聞く。
「私はフィリップ殿下の命により、ここ王都の中央神殿にて大神官であるハビエル大神官と話をしました。ハビエル大神官はリリー様に一刻も早くお会いしたいと申しておりました。」
ハビエル大神官…。どんな方なのかしら。
「詳しくはフィリップ殿下より聞かれるのが良いでしょう。恐らくは今、国王陛下とお話なさっている筈。すぐにでも大神官が呼ばれ、リリー様は正式に聖女として認定されるでしょう。」
正式に聖女として認定…。もう私は自分の力を疑わない。国王陛下の治癒が出来たのだから。お姉様に出来なかった事を私が出来たのだから。