フィリップ様のエスコートで王宮を歩く。美しい建物の中を私とフィリップ様、フィリップ様の侍従の方、そして私の侍女が続く。
「伏せっている父上と会う前に母上に会うよ。」
フィリップ様が言う。王妃殿下…いつだったか大広間に飾られた肖像画で見たフィリップ様のお母様…。フィリップ様と同じ金色の髪と瞳を持つ方…。
正式な謁見では無い為、王妃宮に直接来た。私が到着した事は既に知らされている筈だ。王妃宮の中を歩き、母上の居る部屋まで来る。母上とは久方ぶりの再会だ。
「フィリップ殿下、婚約者様、お待ちください。」
王妃宮に入って案内をしてくれていた侍女が言う。侍女はノックをし、中からの返事を待ち、返事を聞いて扉を開け、言う。
「王妃殿下、王太子殿下がお見えです。」
侍女が私とリリーを見て言う。
「どうぞ。」
リリーのエスコートをし、中に入る。
「フィリップ!」
母上の声。見れば東部に療養の為に王宮を出た時と変わらぬ母上の姿。母上は私に駆け寄って来て、私の手を取る。
「あぁ、本当にフィリップなの…?あんなに弱々しかったあなたがこんなに堂々と…。」
私は少し笑って母上に言う。
「リリーのお陰です。」
そして横に控えていたリリーを紹介する。
「私の婚約者のリリアンナです。」
リリーが私の横で母上に挨拶する。
「リリアンナと申します、王国の月、王妃殿下にご挨拶申し上げます。」
リリーはきちんと礼儀正しく挨拶出来た。これもソフィアとの練習の賜物だろう。母上はリリーを見て、一瞬、その顔を曇らせる。
「お顔を上げなさい。」
母上がそう言うとリリーが顔を上げる。母上はリリーを見て、そして私に視線を戻す。
「フィリップ、この子が、そうなの…?」
母上に聞かれ苦笑いする。まぁ、予想していた反応ではある。
「母上、百聞は一見に如かずと申しましょう、よろしければ見て頂けますか。その方が話が早いでしょう。」
私はリリーに微笑みかけ、リリーの手を取る。リリーは心なしか緊張しているようだ。そんなリリーに言う。
「緊張しないで大丈夫だよ、今日の二回目だと思ってくれれば良い。」
リリーは頷くと、私の手を取ったまま、瞳を閉じる。ふわっと白い光がリリーの手から漏れ出し、私とリリーを包む。
「まぁ…何て事…」
母上がそう呟くのが聞こえる。キラキラと金色の粒が舞う。
「リリー、もう良いよ、ありがとう。」
言うとふわっと小さな風を感じ、光が消える。キラキラと舞う金色の粒が舞い落ちて消える。母上を見る。
「これがリリーの力です。私はこの力で癒され、ベッドから出るのもやっとだった私は今、このようにして自由に動き回れるようになりました。」
母上は信じられないものを見たという表情だ。こんなに驚きの表情を隠さない母上は初めて見たかもしれない。
「ご納得を?」
聞くと母上は一つ、溜息をつくと言う。
「そうね、これを見た以上はもう何も言えないわ。」
そしてリリーに微笑みかける。
「良く来たわね、歓迎するわ。そしてフィリップを癒してくれてありがとう。」
とんでもない力だった。目の前で行われたというのに、信じられなかった。白い光の中に居るフィリップと忌み子の、そうリリアンナと言ったかしら。フィリップの手前、納得したように見せたけれど。ソファーに深く座り、考える。あの力は紛れもなく神聖力だった。今まで何人もの聖女や神官に会って、神聖力を見て来たけれど、そのどの聖女でも神官でも敵わない程の力だ。そして神聖力を使っても、あの子は全く疲れてなどいなかった。寝込むような者もいるというのに。あれが本物の力?何百年も現れて来なかった白百合乙女…?
「すぐに人をやって白百合乙女に関して調べて頂戴。」
すぐ傍に居た侍女に言う。
「かしこまりました。」
侍女がそう言って出て行く。そしてすぐに夫である国王に会いに行くであろう事を思い付き、立ち上がる。
フィリップ様と共に王妃宮を出る。
「このまま父上に会いに行こう。」
そうフィリップ様が言う。私は頷いて、そして聞く。
「王妃様へのご挨拶、ちゃんと出来ていたでしょうか。」
フィリップ様はクスっと笑って言う。
「あぁ、ちゃんと出来ていたよ。非の打ち所がない挨拶だった。」
そう言われてホッとする。
「良かったです。」
歩きながら先程の事を思い出していた。王妃様、とてもお美しく、お若い。フィリップ様と同じ金色の髪に金色の瞳。肖像画で見たあのお姿のままだった。溜息が出そうなほどの麗しさ。フィリップ様は王妃様ととても良く似ていた。
王宮の奥まで来ると物々しい雰囲気が辺りを包んでいる。人が多くなる。父上が伏せっているからだろう。すれ違う人たちは皆、私を見て一瞬、驚き、そして囁き合う。
フィリップ殿下だ
あんなにご健康に…?
国王陛下と同じように伏せっていたのでは?
そんな囁き声に少し笑って、部屋の前に居る侍従に言う。
「父上に会いに来た。通して貰えるか。」
侍従は私の姿を見て少し驚き、そして直立して言う。
「お伝え致します、お待ちください。」
物々しい雰囲気、黒い騎士たちが護衛している。その中にひと際、目に付く一人の男。父上と同じ銀色の髪だ。あの者は一体…。
ほんの少しの時間、待たされる。私はリリーを見て微笑む。
「父上は伏せっておられる。ベッドからの挨拶となるだろうけど、許して欲しい。」
リリーは驚いて言う。
「とんでもございません。」
そしてリリーの頭をポンと撫でて言う。
「恐らくすぐに治癒を、という話になると思う。そうしたらリリー、君の力を貸してくれるかい?」
リリーは微笑んで言う。
「私の出来る事でしたら、何なりと。」
リリーなら大丈夫だ、そう確信している。
「フィリップ!」
そう声が聞こえて振り向くと、母上が居た。
「母上。」
母上は私とリリーの元へ歩いて来る。
「どうされたのですか?」
聞くと母上が言う。
「国王陛下に会うのでしょう?」
言われて私は笑う。
「はい。リリーの紹介と、治癒を。」
母上はちらっとリリーを見て、そして言う。
「私も立ち会います。」
部屋に通される。ベッドの上に父上が居た。私が東部へ行く時にはご健勝だったのに。そう思うと心が痛い。
「父上、ご挨拶に参りました。」
言うと父上がベッドの上で体を起こされる。助けようとする侍従を制して言う。
「フィリップ、傍へ。」
そう言われて父上の傍に行く。起き上がる父上を助ける。父上は私を見ると目を細め、言う。
「フィリップ…こんなに動けるようになったか。」
ベッドの脇に膝を付き、父上を見上げる。
「はい、それも全て、婚約者であるリリアンナのお陰です。」
父上は少し離れた所に居るリリーを見る。
「リリアンナ、こちらへ。」
父上が招く。リリーはゆっくりと近付き、そして言う。
「王国の太陽、国王陛下にご挨拶申し上げます。」
完璧な所作でそう挨拶するリリーに父上が言う。
「もっと近くに。」
そう言われてリリーは私の横に来ると、私と同じように膝を付いて、父上を見上げる。父上はリリーを見て微笑み、言う。
「フィリップを治癒してくれていると聞いている。大儀であったな。」
リリーは首を振って言う。
「とんでもございません。」
父上が急に咳き込む。私は慌てて父上の背中をさする。今の父上の状態を見て、居ても立っても居られずに言う。
「私がこのように快方に向かっているのです、よろしければ、父上もリリーの治癒を受けてはみませんか。」
父上は軽く息を切らし、そしてその息を整えて言う。
「そうだな…」
父上がそう返事をしたすぐ後。
「グレゴリー!」
母上が声を上げる。母上はツカツカと歩いて来て私たちが居るのとは反対側のベッドの脇に立ち、言う。
「どんな力かも分からないのに、そんなにすぐにお決めになっては…」
そう言われて私はやはりな、と思う。母上は先程のリリーからの私への治癒をお認めにはなっていなかったという事だ。