「じゃあ、私を治してくださったのですね。」
その女の子が言う。エマという名前の女の子。赤毛で可愛らしい子だ。
「私は私に出来る事をしただけです。」
リリーがそう言う。あれ程の力を使っておきながら、リリーに疲労は見えなかった。この程度ならリリーに影響は無いという事か。
「本当にありがとうございます、命を長らえているだけで奇跡だと言われていた私を治してくださって…」
リリーはそんなエマに微笑んで言う。
「たくさん食べてくださいね。長い間、寝たきりだったと伺いました。これからはたくさん食べて力をつけて、お兄さんと共に仲良く過ごしてください。」
青年に見送られて、宿へ戻る。夜道を歩きながら聞く。
「昨日の夜もあんなふうに治癒したのかい?」
リリーが私を見上げて頷く。
「はい。」
私に対する治癒とは違っていた。私に対してはふんわりとした光がリリーの手から伝わって来て、それがゆっくりと浸透する感覚だ。でも先程の治癒は一気に爆発する感覚。リリーが覚醒してからも変わらず治癒を受けているが、いつも同じようにふんわりとした治癒だった。まさに奇跡としか言い様が無いあの光景。力を覚醒させたであろうあの時の光の柱を思い出す。そしてリリーの力がこれだけ強い事が皆に知られればそれが毒にもなり得るかもしれないと思う。聖女としての力が強い事は大きな利益だろう。リリーの出生を考えれば尚の事だ。しかし、いつの世もそういった強い力を欲する者は多いし、その強い力を利用しようと企む者も多く居る。今までよりも更に警戒が必要になるだろう。
翌朝、出発の準備をし、馬車に乗り込む為に外に出た時、昨日の青年が現れる。
「聖女様!」
声を掛けられ振り向くと、昨日治癒したエマも一緒に来ていた。
「エマ!」
私がそう言うとエマは私のところまで歩いて来て、跪く。
「聖女様、治癒を施して頂き、ありがとうございました。」
私はエマが歩いてここまで来てくれた事が嬉しかった。
「立ってください。」
言うとエマが立ち上がる。私はエマの手を取り言う。
「昨日話したように、たくさん食べて体力をつけてくださいね。」
エマは瞳に涙を溜めて頷く。そのまま私も瞳を閉じて願う。
≪エマがこの先もずっと、健康でいられますように…。≫
ふわっと温かい風を感じて目を開ける。光の粒が周囲にキラキラと反射している。
「ありがとうございました、本当に、ありがとうございました。」
エマが涙を流しながら言う。
私はお父様に連れられて騎士団の訓練場に来ていた。
「お父様、どうしてこんな所へ…?」
聞くとお父様は訓練場で訓練している騎士団の人たちを眺めながら言う。
「エリアンナ、お前の縁談を進めようと思っている。」
そう言われて驚く。
「縁談?!」
お父様は微笑み、言う。
「そうだ、お前が国王陛下の治癒に失敗したからな。次の手だ。」
王都へはもう少しの所まで来ていた。
「リリー。」
呼びかけられてフィリップ様を見る。
「少し無理をすれば王都へは到着出来るんだが、私の体調を考慮して、手前で一泊させて貰うよ。」
フィリップ様が言う。私はそんなフィリップ様に微笑む。
「私は構いません、どれだけ時間がかかろうとも、フィリップ様の体調が一番大事です。」
言うとフィリップ様は私の頭をポンと撫でて言う。
「ありがとう。」
三日目の街は本当に大きな街だった。宿も大規模でその街で一番大きな宿に泊まる事になった。
「ホ、テ、ル…?」
看板に書かれていた文字を読むとフィリップ様が少し笑って言う。
「こういう大きな街の宿はホテルというんだよ。」
ホテルの中は広くてとても清潔だった。
「こういうところで働く人材は、それなりの知識と経験が必要なんだ。貴族の家で働く使用人とほぼ変わらないくらいのマナーを身に付けていないと働けないんだよ。」
そういえば案内してくれた人も屋敷の使用人のように控えめだった。東部のお屋敷ほどでは無いけれど、ここの部屋は今まで泊って来た宿よりも豪華だった。
「ソフィアは王都へは来た事があるの?」
聞くとソフィアが顔を輝かせて言う。
「私は今回が初めての王都です、リリー様。」
だからこんなにソフィアの表情が明るいのだと分かる。
「私は伯爵家の三女ですので、東部から出た事は無かったのです。東部へ来る事の出来る貴族はそれほど多くはありません。私がグリンデルバルト家で働き始めた時にはフィリップ様は伏せっておいででしたので。」
王都はどんな所なんだろう。私も小屋とお屋敷の行き来しかしていなかったから、王都へは出た事が無い。
「私も王都へは出た事が無いの。どんな所なのかしらね。」
言うとソフィアが微笑む。
「きっと素敵な所ですよ。お時間を作って王都へ出ましょう!」
ソフィアはとても嬉しそうにしている。私もそんなソフィアを見て何だかワクワクした。
それでも。
不安はあった。王都へ行けばもしかしたらお父様やお母様、お姉様に会うかもしれない。グリンデルバルト家の当主様が王太子殿下であるフィリップ様である事、そんなフィリップ様と婚約したのが私である事を知れば、お父様やお母様、お姉様が黙っているとは思えなかった。フィリップ様の婚約者という後ろ盾があるとはいえ、あの人たちは私の血縁なのだ。それを理由に何かを仕掛けて来るかもしれない。もしかしたら婚約する相手を私では無く、お姉様にしろと言って来るかもしれない。
でも。
お姉様の国王陛下への治癒はうまくいかなかったと聞いている。私の記憶では私がお屋敷を出る頃にはお姉様は治癒の力をほとんど使っていなかった。
使えなかったのだとしたら…?
フィリップ様の言う通り、聖女は私なのかもしれない。この二日間で私は神聖力をちゃんと使えた。フィリップ様への治癒も欠かさずに。でも忌み子である私が神聖力を使えたところで何かが変わるのだろうか。
王都は目の前だった。側近のウォルターに指示を出す。
「王都に入ったら真っ直ぐ、王宮に行く。王宮へ入ったら、モーリス家の人間と、それに関係がありそうな人間は絶対に王宮に入れるな。」
いつになく厳格にそう言う私にウォルターが背筋を伸ばし、返事をする。
「御意、すぐに手配します。」
そして聞く。
「昨日の貴族は?」
ウォルターは少し微笑んで言う。
「あの者はあの辺りの男爵家の人間だそうです。取るに足りない下級貴族です。貴族というには名ばかりの乱暴者だそうで、あの辺りの者たちはあの者を嫌っているようでした。」
私は溜息をつく。たかが男爵位の者が大きな顔をしてあんなに横暴に振る舞っているとは。
「どう処理されますか?」
ウォルターに聞かれ、鼻で笑う。
「嫌われ者ならば、王族への不敬罪に問うてやろう。」
王族への不敬罪、それは貴族であればほぼ処刑に近い罪状だ。何せ、王族自身が愚弄されたと言えば、すぐにでも処される可能性があってもおかしくない罪だからだ。
「どの程度まで?」
聞かれて笑う。
「あの者は今までずっとあんなふうに振る舞って来たのだろうから、あの辺りの者たちは心安らかに過ごせなかっただろうな。だとするなら爵位を剥奪し、財産を差し押さえてやるだけで、その後の事は放っておいても結果は出るだろう。」
生まれながらの貴族というのは、働くという概念すら無い。爵位を剥奪し、財産を差し押さえてやるだけで、きっと生きる事すら難しくなる。
「その後の事は秘密裏に処理しろ。」
言うとウォルターが満足そうに微笑む。
「かしこまりました。」
微笑んでいるウォルターに聞く。
「何故、そんなに満足気なんだ?」
ウォルターは微笑んで言う。
「殿下が王太子の役割をきちんとこなしておいでなのが嬉しいのです。あの者の態度は腹に据えかねるものがありましたので。」