ここ東部に来てから、私は自分がモーリス家で酷い扱いを受けていた事を知った。以前の私ならそういう扱いが普通であると、生まれた時からそう扱われて来た事で、そう思い込んでいた。けれど、フィリップ様やセバスチャン、キトリーやソフィア、ソンブラ、ベルナルドやテイラーと接するうちに私のモーリス家での扱いは普通では無かったと分かった。でも恨んではいない。だって私が忌み子である事実は変わらないのだから。フィリップ様は気を遣って接触出来ないようにしてくださると仰っている。その厚意は受け取っておこうと思う。
「どんな形であれ、モーリス家の人たちは私の血縁ですし、私が忌み子である事実は変えられません。でもフィリップ様がそう仰ってくださるなら、それに従います。」
フィリップ様は少し悲しそうに微笑む。
「私はねリリー、君に自分の生い立ちを負い目に感じて欲しくは無いんだ。君には他の誰にも負けない素晴らしい神聖力がある。まさに天からの授かりものだ。そんな君が踏み躙られるのを黙って見てはいられないよ。君は私の恩人だからね。」
そう言われて少し笑う。優しい人…恩人だなんて言ってくれる。私はただ自分が出来る事をやっただけ。それでも心配してくれているのは分かる。
「そう言って貰えるだけで私は嬉しいです。」
言うとフィリップ様はほんの少し溜息をついて微笑む。
「リリーが何も気にせずに過ごせるように、私が取り図る。それは私が勝手にやる事だから、リリーは気にせず、父上の治癒に専念して欲しい。」
それから程なくして王都へ出発する事になった。用意と言っても私は何もさせては貰えず、ソフィアとその他の使用人の人たちで、支度がどんどん進んでいた。テイラーは何着もの服を用意してくれた。テイラーの作る服はどれもとても素敵だった。
王都へ向かう間、途中の町や村で宿泊をしながら進む。私が東部へ来た時もそうだった。一日目の宿屋では美味しい物をたくさん食べさせて貰った。静かな村での宿泊だった。私は宿屋の外に出て、ベルナルドに護衛について貰いながら、少し散歩した。
「こら、こっちへ来なさい。」
そんな声に振り向くと、すぐ傍に小さな男の子が居た。その子は私を見上げている。私は微笑んでその子に挨拶する。
「こんばんは。」
言うとその子は少し照れたように私を見て言う。
「お姉さんは聖女様なの?」
そんな事を聞かれるとは思っていなくて驚く。その子の母親だろうか、女性が駆け寄って来る。
「すみません、とんだ失礼を。」
その女性は私とベルナルドの前に跪く。その子はそれでも私を見上げて聞く。
「聖女様なの?」
純粋な瞳、そして何故か、その瞳には何か必死さがあった。
「ごめんなさいね、私は聖女様では無いの。」
そう言うとその子が首を振る。
「ううん、絶対に聖女様だ。」
すると母親であろう女性がその子の頭を強引に下げさせる。
「すみません。」
強引に頭を下げさせられても、その子はその母親の手から自分の頭をずらしていう。
「だってキラキラしてるもん、聖女様はいつでも体中をキラキラさせてるって神官様が言ってたもん。」
キラキラしている?私が…?
「聖女様ならおじいちゃんを治せるかしれないんだよ、どうしてお母さんは聖女様にお願いしないの?」
大きな声でそう言うその子に母親であろう女性は必死になってその子の口を塞ぐ。
「すみません、この子の言う事は無視して貰って構いません。」
おじいちゃんを治せるかもしれないと、そう言うという事はきっとこの子のおじいさんは病気か、怪我をしている状態なんだろう。
「お話を聞かせてくれますか?力になれるかもしれません。」
その子の家に案内される。
「リリー様、殿下に報告しなければ…。」
ベルナルドが言う。私は笑ってベルナルドに言う。
「少しお話を聞いてみるだけです、大丈夫です。」
微笑む私にベルナルドが少し息をついて、言う。
「分かりました、ですが、リリー様に少しでも危険が及ぶのであれば、申し訳無いですか、その時は止めさせて頂きます。」
さすがは護衛騎士だ。ベルナルドは騎士団の中でもかなり強いとフィリップ様に聞いている。だから私も安心していられるのかもしれない。
「こちらです、すみません、狭い家ですが。」
村の宿屋にほど近い一軒家。この辺りの一軒家の中でもひと際大きい。
「こっちだよ、聖女様。」
男の子が嬉々として私を招く。家の中に入る。入った瞬間に感じる、淀んだ空気。何故かしら、こんなに空気が滞留しているなんて。家に入るなり、女性が言う。
「私の父であり、この子の祖父はこの村の長なんです。数年前から体調が思わしくなく、今では伏せっています。」
女性は家の中を歩きながら言う。
「流行り病では無く、伝染病の類でも無いのですが、今では起きられない程になっていまして。この子はもっと小さい時に祖父に遊んで貰った記憶が強く、それが忘れられないのです。」
そして一つの部屋の扉の前に立つ。
「ここが父の部屋です。会って頂けますか。」
そう言われて頷く。
「はい。」
言うとベルナルドが言う。
「私が先に入って確認しても?」
女性が頷く。
「もちろんでございます。」
扉が開く。開いた瞬間に扉の隙間から淀んだ空気が流れ出す。中に入ろうとするベルナルドに聞く。
「今の時点で何も感じませんか?」
ベルナルドが不思議そうに私を見る。
「何も…感じませんが。」
そう返事するベルナルドに微笑む。
「そうですか。」
ベルナルドが中に入り、確認した後、私に言う。
「リリー様、どうぞ。」
中に入る。部屋の奥にベッドがあり、そこにその人が体を横たえていた。女性がベッドの脇に行き、その人に言う。
「お父さん、村に宿泊されている貴族の方です。」
貴族の方…そう言われて苦笑いする。確かに私はモーリス家に生まれているから貴族ではある。その人に近付く。その人が伏せったまま言う。
「そうですか…こんな状態でのご挨拶、失礼します…」
そう言った途端にその人が咳き込む。男の子が心配そうにしている。その人の脇に立ち、言う。
「突然すみません、お孫さんに連れられて来ました。」
そう言って笑うと、その人が少し笑って言う。
「孫が強引に連れて来たのでしょう、こちらこそ、失礼しました。」
男の子が言う。
「聖女様なんだよ、おじいちゃん、治るかもしれないよ。」
そう言われて苦笑いする。私に治せるだろうか。
「何と…聖女様でしたか…」
とにかくやるだけやってみようと思い、その人に言う。
「手を。」
言うとその人が布団の中から手を出す。その手に触れる。触れた瞬間、白い光が私の手から溢れ出し、その光が徐々に大きくなり、私とその人を包む。目を閉じて祈る。
≪どうか、この人が健康になりますように…。≫
フワッと風を感じる。目を開ける。
「何という事だ…」
ベッドに伏せっていたその人が起き上がる。脇に立っていた女性がそれを見て、涙を溢れさせる。男の子がその人に抱き着く。
「おじいちゃん!治ったの?ねぇ、治った?」
男の子に聞かれてその人は涙を流し、その子の頭を撫でながら言う。
「あぁ、治ったよ。また一緒に遊べるぞ。」
そしてその人が私を見る。
「聖女様…、ありがとうございます…ありがとうございます…」
そう言って頭を下げる。私は微笑んで言う。
「良かったです。」
女性が泣きながら言う。
「ありがとうございます、今までどの医者に診せてもダメだったのに…」
そして私の前に来て、跪く。
「聖女様、奇跡を起こしてくだった…ありがとうございます、ありがとうございます…」
こんなに感謝されるなんて思いもしなくて、戸惑う。ベルナルドが笑う。
「リリー様の神聖力は奇跡なのですよ。」
そこで気になって周りを見渡す。淀んだ空気は既に無くなっていて、空気は澄んでいた。きっと病気の影響で空気すらも淀んでいたんだわ。