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第22話

ソンブラからの連絡が来た。書かれていた事柄は予想通りだった。神殿側に何も非が無いとすれば、後はモーリス家の問題でしか無い。先代からの口約束だとしても、聖女を嫁がせろとは言わないように取り計らって貰った。八年前、キトリーをモーリス家に行かせたのは風の噂で聞いていたからだ、モーリス家の双子のうちの一人が聖女であると。それを見極める為にキトリーを行かせたのだ。幸か不幸かキトリー自身が怪我をして本当の聖女が誰であるかが見極められた。


「転移、か…」


独り言を呟く。色々な文献を漁っても、なかなか出て来ない言葉だ。転移は双子の間でしか起こり得ない事だからだ。そして双子はこの国では間引かれて来た歴史がある。もちろん例外はある。今回のリリーとエリアンナのように聖女の兆しが見えた場合やどうしても間引く事が出来ずに人知れず遠縁の者にその子供を託す場合、そして母親自らが間引く事を拒否して、離縁をし、子供一人だけを手元に置く場合…。その双子に力がある確率は天文学的数値だろう。それが今回、リリーとエリアンナに起こった。そして紛れもなく力を有しているのはリリーの方だ。私自身が治癒を受けているのだから、リリーの力は疑いようが無い。リリーは純粋で無垢そのものだ。忌み子として忌避されながら育ち、もしかしたら親から虐待さえも受けていたかもしれない。それなのにリリーは人を恨むような事はせず、自分に出来る事を一生懸命にやる。空を見上げ溜息をつく。これは一種の政略結婚だ。このままリリーと結婚すれば私は安泰だろう。リリーの治癒を受け続けるという幸運を享受すれば良い。リリーはきっとそれさえも受け入れてくれるだろう。


だが。


私の心は葛藤していた。本当にそれで良いのか。私自身が持病のせいで、今まで持たないようにして来た感情が最近になって私の中で膨らみ始めているのも事実だ。ベッドで横になって、持病が悪化し、死ぬ事を待つだけだった私は、こうして治癒を受け、自由に動けるようになり、心までも自由になり始めている。ふと笑いが込み上げる。


「困ったものだな。」


リリーに対しては何だか妹に接しているような気持ちしか持てない自分が居る。このままリリーと結婚して子を設ける事など、想像も出来ない。手に触れたり、頭を撫でてやったり、抱き締めるくらいは出来てもその先は想像が出来ない。触れると胸が高鳴る相手では無く、苦しみから解放してくれる人、それが私のリリーに対する気持ちだった。長い時間をかければ、それも変わるかもしれない。そんなふうに自分に言い聞かせる。



王宮に上がる日が来た。お父様はこの日の為に新調した服を着て、とても誇らしげにしている。当の私は不安を抱えていた。大丈夫と自分に言い聞かせる事も出来ない。王宮の中をどんどん歩いて行き、あるお部屋でお父様が待つように言われ、私だけその奥の部屋に通される。そこには国王陛下がいらっしゃった。


「エリアンナ・モーリスをお連れしました。」


国王陛下の脇に控えていた人が国王陛下に耳打ちする。国王陛下が脇に居た人物に支えられて上半身を起こされる。


「モーリス家長女…エリアンナだな?」


国王陛下にそう言われる。私は頭を下げたまま言う。


「エリアンナ・モーリスでございます。国王陛下にご挨拶申し上げます。」


心なしか声が緊張で震える。


「聖女の認定を受けていると聞くが。」


そう言われて私はドキドキした。どうするべき?正直に言うべきだろうか。それとも言わずに全力を出して、私では無理だったという結論に至らせるか。…いいえ、ダメよ。私は聖女なんだから。


「はい、左様にございます。」


言ってしまった…。もう後戻りは出来ない。


「どの程度だ?」


どの程度?どの程度とは?私の力がどの程度なのかって事?


「聖女はその者によって力の強さが違うと聞いている。モーリス家長女よ、そなたはどの程度なんだ?」


これで程度が低ければ、このまま帰されるんだろうか。それとも一応、治癒をするんだろうか。自分の力がどの程度なのかは分からない。比べた事が無いから。傷程度なら治せます?病気なんて治癒した事が無い。怪我の治癒はしたけれど、治癒が効くまでに時間が掛かった事を考えると…。


「病気の治癒は今まで経験がございません。」


それだけ言う。嘘は言っていない。侍従の方が言う。


「それではエリアンナ・モーリス、国王陛下に治癒を。」


近付く事を許され、近付く。ご病気だというのに、その存在感は圧倒的だった。国王陛下を見上げる。手を国王陛下に差し出す。


「触れた方が良いのか?」


聞かれて私は首を振る。


「触れなくて大丈夫です…」


そして集中する。お願い、今日だけ、今だけで良いの、私に力を…。



陛下のお部屋を出る。


「エリアンナ!どうだった?」


聞かれて私は曖昧に笑う。どうだったか?ですって?


どうにもならなかった。


結局、私の力はやはり国王陛下には効かなかった。私の手からはほんの少し光が漏れ出しただけ。力を持たない人間からしたら、それだけでも賞賛に値するのかもしれないけれど。それでも国王陛下はありがとうと言ってくださった。明らかに落胆している様子だったけれど。



「フィリップ殿下、王宮から急ぎのお手紙でございます。」


セバスチャンにそう言われて手紙を受け取る。手紙にはリリーの姉のエリアンナが父上に治癒を行ったけれど、うまくいかなかった事が書かれていて、更には私自身が快方に向かった事でリリーの治癒を父上に…という提案という名の命令が書かれていた。溜息をつく。予想していた結果とは言え、リリーを王都に連れて行かなくてはいけない事に気が引けた。さて、リリーに話さなければ。同時にソンブラとキトリーに王都へ向かう知らせを飛ばした。ソンブラもキトリーも王都で会えるだろう。その時にまた報告を聞くとしよう。



ソフィアと一緒に貴族のマナーや振る舞い、この国の歴史なんかの勉強をしつつ、実践としてお茶を飲みながら、お茶会でのマナーを学ぶ。


「リリー様はどんどん吸収して、どんどんお上手になっていっていますよ。これならどんな方のお茶会に呼ばれても、大丈夫ですね。」


ソフィアはそう言ってくれるけれど、私はまだまだ不安だった。


「失礼します、リリー様、フィリップ殿下がお見えです。」


ドア前に控えていたベルナルドが言う。私が立ち上がるとドアが開き、フィリップ様が入って来る。


「リリー、邪魔するよ。」


フィリップ様はいつでも微笑みをたたえていて、お体の調子が良いのがそのお顔の色で分かる。日に三度の治癒がフィリップ様のこの笑顔を支えているのだと思うと嬉しい。


「どうかされましたか?」


聞くとフィリップ様が椅子に座り、私を座るように促した後、言う。


「実はね、さっき急ぎの手紙が届いて、君の姉上のエリアンナが父上に治癒を施したそうだ。」


お姉様が治癒を…。ソフィアがお茶をいれてくれている。フィリップ様が続ける。


「前にリリーに話した通り、エリアンナの治癒はうまくいなかったようだ。」


お姉様の治癒が国王陛下には効かなかった…。フィリップ様がお茶を口にする。


「そうですか…それは残念です。」


言うとフィリップ様はほんの少し笑って言う。


「それでね、リリー。」


フィリップ様が体を少し前に乗り出す。


「今度は君が父上の治癒を、という話になっている。」


驚きはしなかった。以前、フィリップ様からお話は聞いていたから。


「やはり私が呼ばれたのですね。」


言うとフィリップ様が苦笑いする。


「私がこうして動き回れるようになった事だって奇跡に近いんだ。今まではどんな治癒を受けてもここまで回復はしなかったからね。その私が回復したんだから、国王である父上の状態を見れば、尚更だろう。」


そこでフィリップ様が溜息をつく。


「リリーを王都に連れて行く事に関しては、もう少し後になってからにしようと思っていたんだが、父上の容態がそれを許さないらしいんだ。」


フィリップ様が私を見る。


「王都に行っても君に接触出来る人物は限定するし、もちろん、モーリス家の人間はその間、王宮には出入りさせないようにしよう。それを交換条件にリリーの王宮入りを承諾しようと思っているんだが、どうだい?」


私は笑う。


「フィリップ様、お気遣いありがとうございます。でも私なら大丈夫です。」


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