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第21話

「私はモーリス家に双子がお生まれになった時に、聖女としての兆しがあると聞き、駆け付けました。お二人とも光り輝いておられました。特に光っていたのは妹君の方で。それを申し上げたのですが、お父上様もお母上様も姉君の方が聖女であると仰いまして。忌み子である妹君が聖女である筈が無いと。ですが私ははっきり見たのです。姉上であるエリアンナ様よりも妹君であるリリアンナ様の方が放つ光が強いのを。」


だからリリー様は生かされたのか。


「それで妹君であるリリー様も育てるように進言したのか?」


聞くとサイラス神官が頷く。


「もちろんです。モーリス家の方々は忌み子などいらないと仰いましたが、私が強く進言したのです。聖女である兆しが見えた以上、間引く事は許されません。神官である私がそれを見た以上は、間引くなどという事が起こればその事を公表すると申し上げました。」


なるほど。そんな不祥事が公表されればモーリス家といえど、世間から許される事は無いだろう。それにしても、と思っているとハビエル大神官が机の上の書物に手を伸ばしながら言う。


「稀に転移という事象が起こる事がございます。」


腕を組む。


「転移?」


聞くとハビエル大神官が書物を開き、俺に見せてくれる。そこには転移について書かれている。


「転移は力の強い者の近くにいる状態が長く続くと起こる事象です。稀にと申しましたのは、それが起こるのが双子に限った話だからです。」


ハビエル大神官を見る。


「ソンブラ様もご存じの通り、この国では双子は忌み嫌われ、間引かれて来ました。そして転移という事象が起こるのは神聖力を宿している者のみに起こる事象です。先ほども話した通り、神聖力を持つ者は年々その数を減らしています。ですので転移という事象も知っている者はほとんどおりません。」


書物を見る。


転移とは血の繋がりがある場合に起こる事象

本来ならば力を持たない者が、力を持つ者と長く接触していると

力を持たない者にもその力が一時的に使えるようになる事象の事


「一時的に…か。」


言うとハビエル大神官が頷く。


「左様です。おそらくはモーリス家の双子についてはその”転移”が起こったものと思われます。」


書物を閉じる。


「では今は姉上であるエリアンナ様が使えている神聖力もそのうちに使えなくなるという事か?」


聞くとハビエル大神官が頷く。


「おそらくは。もちろん、エリアンナ様ご自身に神聖力がある、という可能性もございますが、それに関してはかなり可能性の低い話になるかと。」


こんなふうに俺に包み隠さずに話してくれるところをみると、やはり神殿側で隠していたという事では無さそうだ。


「それにしても、こんなに長い間、聖女としてその力が使えたのはいささか疑問ではあるな。」


言うとハビエル大神官が言う。


「それだけ妹君であるリリー様のお力が強いのでしょう。お力が強ければ強い程、転移する力も強くなるのですから。」


血を分けた、とは良く言ったものだ。双子であるならば母上の体内に居た時間だけ一緒に居た事になる。今回はただ単に一緒に居ただけではなく、血を分け、力も分けた、という事だろう。


「聖女としての認定は姉上であるエリアンナ様にしか行わなかったのか?」


聞くとハビエル大神官が言う。


「聖女としての認定は義務ではございません。双子の忌み子ともなれば、外に出す訳にもいかなかったのでしょう。」


何よりも体裁が命、か。


「サイラス神官はその後の事については何も?」


聞くとサイラス神官が俺をまっすぐ見つめて言う。


「何度もモーリス家の方々にはお聞きしました。妹君は元気か、その後、神聖力についてはどうか、と。ですが、お答えは頂けませんでした。」


気にしていなかった訳では無かったのか。だとするならばやはり、モーリス家の問題か。


「良い話が聞けた。殿下には俺から話しておく。」


言うとハビエル大神官が聞く。


「リリー様にはお会い出来るでしょうか。」


俺は笑う。


「あぁ、大丈夫だろう。おそらく遅かれ早かれ殿下とリリー様は王都にいらっしゃるだろうからな。ハビエル大神官が会いたがっていたと伝えておこう。」



手紙をカラスのネーロに括り付け飛ばす。見聞きした事を漏らさずに書いた。さて、これからはモーリス家の事情について、探らねばならない。でもそれはそれ程難しい事でも無いだろう。探られているとは思っていないだろうから。



「エリー!エリアンナ!」


大きな声を出してお父様が部屋に入って来る。


「どうしたのです?お父様。」


聞くとお父様は誇らしげに言う。


「王宮へ行く事になったぞ。」


王宮へ?


「何故、王宮へ?」


聞くとお父様が微笑む。


「何故って、お前が聖女だからだよ。国王陛下の治癒を任されたのだ。」


国王陛下の治癒…。この私が?


「なんて名誉な事なんだ。うまくやればお前は王太子妃になれるかもしれない。」


お父様は興奮していて、王宮へ上がる時の服装の心配なんかをしているけれど、私はそれどころでは無かった。



国王陛下の治癒…。マズいわ。自分の手を見る。リリーが屋敷から居なくなってひと月。最初は清々していた。目障りな存在が居なくなって、私の力を疑う者も居ない。怪我をしたところで、聖女の手を煩わせずに、なんて言い訳で力を使わずにいられたのだから。でも国王陛下の治癒ともなれば、そうはいかない。お父様が部屋を出て行った後、私は侍女を下がらせて部屋に一人になり、集中して力を手に溜めてみる。仄かに光が手に宿りはするものの、これが治癒に使える程の力なのかどうか分からない。自分の指でも傷付けて治癒をしてみようかとも思ったけれど、治癒力は自分自身には使えないのだと思い出す。明らかに力が弱くなっている。



私が幼い頃から使えたこの力は、私に自信を持たせた。神聖力…それは誰もが皆、憧れる力だ。聖女ともなればその名聞だけで周囲の皆から慕われ、憧れの対象でいられた。今は争い事も無い平和な世の中。治癒の力が使えても、その用途はかなり限定される。聞けば各所にいる聖女たちもその特性は様々だという。どこかの聖女は怪我は治せるけれど、病気は治せないというし、私もそう言ってしまえば、治癒がうまくいかなくても咎められる事は無いだろう。


でもそれではダメなのだ。


私は完璧でなくてはいけない。容姿端麗な父と母に恵まれ、自身の容姿にも自信がある。幼い頃は擦り傷なんてすぐに治せた。数年前のキトリーの大怪我でも私の治癒力でキトリーは治ったのだ。でも以前に比べて力が沸いて来る感覚が無くなった。以前は意識しなくても怪我を見れば自然と光が溢れ出して来たのに、今では怪我をしている人を見ても、その怪我の患部を見ても、手から光が溢れ出すような感覚は無い。集中して絞り出してやっとの状態だ。それもすり傷を治す程度なのに。明らかに力が弱まっている。最初はストレスのせいだと思っていた。疲れが溜まっているとか、寝不足だとか、自分自身に言い訳を山ほどした。でも本当は違うと分かっている。


そして。


リリーが人知れず、治癒の力を使って自身の怪我を治しているところを見た事がある。もう思い出せないほど昔に私はリリーが忌み子であるというだけの理由で怪我をさせた事があった。足を引っかけて転ばせる、その程度の事。幼かった私がリリーの所へわざわざ行き、わざと転ばせたのだ。転んだリリーは泣きながら膝に出来た傷をその手で撫でた。その時、リリーの手から光が漏れ出し、自身の膝の傷を一瞬で治した。まさかリリーが力を使えるなんて思っていなかった私は驚き、そして幼いながらもリリーの存在が脅威になると感じたのだ。だからその時に私はリリーにこの屋敷に置いて貰いたかったら、二度とその力を人前で使うなと言い聞かせた。私だけでは制御出来ないかもしれないと思い、お母様にも告げ口をした。お母様は私に微笑んで心配するなと言ってくださった。お母様はリリーを呼び出し、私の目の前でリリーを折檻しながら、力を人前で絶対に使うなと約束させた。殴られ転がるリリーを見ながら、私はこれで大丈夫だと自分自身に言い聞かせたのだ。


そしてここ最近でもリリーの居るあの小屋から時折、白い光が漏れ出している事があった。あの光り方は治癒力に違いなかった。間違いない、リリーは治癒力を使える。そしておそらくは私よりもその力は強いだろう。自分の手を見ながら思う。何故、リリーなの!何故私では無くあの子なの!あの子は忌み子なのよ!本当は生きていちゃいけない子なのに!


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