けれど。
目の前で神聖なる力を見た途端、その力は王太子殿下に注がれていた筈なのに、私の浅はかな独断と偏見が一気に吹き飛んだ。リリアンナ様が忌み子であるという事実は変えられない。けれど生まれがどうであっても、あの神聖力を目の前にすれば、お手を触れる事すら、言葉を掛ける事すら、おこがましいと思ってしまう。それが聖女様なのだ。この東部にはまだ聖女様がいらっしゃらない。だから神聖力なるものは見た事など無かった。見ただけでひれ伏してしまいたくなる程の力。心根が洗われ、まるで生まれ変わったかのように感じる。恐る恐る顔を上げるとリリアンナ様と目が合う。リリアンナ様はニコッと微笑んでくださる。ここへ来るまで私は領主様の婚約者という地位をどうやって手に入れるかを考えていた。お父様と一緒に来たのだから何も言わなくてもお父様がうまく話を進めてくださるだろうと、そう思っていた。そんな自分が恥ずかしい。そしてこんなにも素晴らしい力があるリリアンナ様が羨ましくもなる。王太子殿下はリリアンナ様を気遣い、時折、視線をリリアンナ様に送っていらっしゃる。そんな無言のやり取りを見ているだけでお二人の間に入ろうと画策していた自分が身の程知らずだと実感する。
「それでは、私共はこれで。」
ウェーバー侯爵が立ち上がる。フィリップ様と共に私も立ち上がる。
「うん、有意義な時間だったよ。貴殿にはこれからも世話になる。」
フィリップ様が手を差し出す。ウェーバー侯爵はその手を取り、しっかりと握手する。
「リリアンナ様。」
そう声を掛けて来たのはウェーバー侯爵だ。
「はい。」
返事をするとウェーバー侯爵は微笑んで言う。
「お会い出来て光栄でした。」
そんなふうに言われると思っていなくて、少し驚く。
「いえ、こちらこそ、お会い出来て良かったです。」
フィリップ様が私に耳打ちする。
「彼らに祝福するのはどうだい?」
フィリップ様を見上げる。祝福…ソンブラが出立する時にやった、あれの事だろうか。
「私は構いませんが…」
言うとフィリップ様は軽くウィンクすると言う。
「リリーから貴殿らに祝福を。」
ウェーバー侯爵が私の前に片膝をつき、視線を下げ、目を閉じる。私はそんなウェーバー侯爵の額の前に手をかざし、祈りを込める。
≪未来永劫、この方が健やかに過ごされますように…。≫
同じく膝を折り、視線を下げているロベリア様にも同じように手をかざし、祈る。
≪健やかに過ごされますように…。≫
お父様がリリアンナ様から祝福を受ける。光がその手から溢れ出し、その光にお父様が包まれる。そして私も祝福を受ける。温かく柔らかい空気に包まれて、まるで優しく抱き締められているかのように感じる。その中で私も王太子殿下とリリアンナ様がお幸せに過ごされる事を願った。
「微笑んでいるだけで大丈夫だと、言った通りだっただろう?」
フィリップ様が私に微笑んで言う。
「はい、その通りでした。」
そう答えるとフィリップ様は満足気に私の頭をポンポンと撫でる。
「リリーの力を目の当たりにしたのだから、当然と言えば当然だよ。彼らは私が伏せっている時に一度会っているからね。彼らがよこしまな考えを持つ事はこの先無いだろう。」
不思議に思い、フィリップ様を見上げる。
「何故、この先無いと言い切れるのですか?」
聞くとフィリップ様がクスッと笑う。
「リリーから祝福を受けたんだ。リリーを害する事はしないし、出来ないよ。それだけリリーの持つ力は特別で希少なんだよ。」
自分の手を見つめる。私の持つ力が特別で希少…いまだにその事については実感も自覚も無い。フィリップ様が私の様子を見てか、またクスッと笑う。
「リリーがここまで自分の力に無自覚で実感も無いのが逆に不思議だよ。」
王都に到着した俺は早速、神殿へと足を運んだ。最初はフィリップ殿下から賜った書簡を持って、正式に訪問する。
「これはこれは、ソンブラ様。お久しゅうございます。」
中央の神殿を統括しているハビエル大神官が迎えてくれる。神殿へはほとんど来ない。俺自身、神殿とはほぼ無関係で生きて来たからだ。
「フィリップ殿下からこれを。」
書簡を渡す。ハビエル大神官は書簡を広げ、目を通す。読み進めるうちにその表情が曇って行く。
「ソンブラ様はこの書簡の内容をご存じで?」
聞かれて頷く。
「もちろんだ、返事を聞くように言われている。」
ハビエル大神官は溜息をついて言う。
「モーリス家の双子の出生については、サイラスの判断だったと聞いております。」
サイラス神官…この中央の神殿では古参の神官だ。
「もちろん、聖女の認定については私が行いましたが、その時には特に問題は無かった筈です。」
俺は考えながら聞く。
「聖女の認定はどのように?」
ハビエル大神官は俺をまっすぐ見つめて言う。
「神聖力というのは特別な力でございます。誰でも使える力では無いのです。たとえ神官であってもその力を使える者と使えない者がおります。そして、」
ハビエル大神官は俺から目をそらし、言う。
「ここ最近では神聖力を使える神官は減っております。かく言う私も大神官ではありますが、神聖力はほとんど持っていません。なので神聖力を持っているだけでも、その力がどうあれ、聖女として認定するのが実情です。この王国にも力は弱いですが聖女の認定を受けている者が九人おります。そしてこの書簡に書かれている事が本当であれば、フィリップ殿下の婚約者であり、モーリス家の双子の妹君が聖女である事は間違い無いでしょう。」
ハビエル大神官が俺を見る。
「しかしながら、双子の妹君…忌み子であるという事が障害となり、今まで聖女としての認定を受けるという事に繋がらなかったのは我々神殿側の不徳の致すところ。」
ハビエル大神官が机の上に置いてある大きな水晶に手を伸ばす。
「聖女の認定にはこれを使います。この水晶は神聖力を映し出す事が出来るのです。」
ハビエル大神官が水晶を持つと、水晶が光り出す。
「神聖力を持つ者が触れるとこうして光ります。」
水晶を持ち上げ、俺に渡す。俺が水晶を持つと光が消えた。が、水晶の中央に仄かに光が宿っている。
「これは…、ソンブラ様、もしかして聖女様から祝福を?」
聞かれて俺は頷く。
「あぁ、そうだ。こちらへ来る前にリリー様から祝福を頂いた。」
ハビエル大神官は水晶の中に宿る光を見て、目を細める。
「こんなにも祝福の光がはっきり見えるとは。これは急いで殿下の婚約者様にお会いしなければ。」
俺はハビエル大神官に聞く。
「サイラス神官には会えるか?」
ハビエル大神官が頷く。
「もちろんでございます。呼んで参りますのでお待ちください。」
ハビエル大神官が部屋を出て行く。話を聞く限りでは神殿側に問題は無さそうに見える。やはりフィリップ殿下の言う通り、モーリス家に問題があったとみるべきだろう。しばらくして部屋にハビエル大神官と共にサイラス神官が現れる。
「ソンブラ様、お久しゅうございます。」
白髪頭のサイラス神官と軽く握手する。手を握った瞬間、サイラス神官が俺を見上げる。その表情は驚きに満ちていた。
「これは…!聖女様からの祝福で?」
聞かれて頷く。
「そうだ。フィリップ殿下の婚約者であるリリー様より、王都へ来る前に祝福を頂いた。」
サイラス神官はその瞳に涙を浮かべている。
「そうですか、モーリス家の双子の妹君が…」
サイラス神官のその態度を疑問に思い聞く。
「何故、涙を?」
サイラス神官はハビエル大神官を見る。ハビエル大神官が頷くと、サイラス神官が話し出す。