「うん、その辺も調べなくてはいけないんだけど、一部の文献を読む限り、加護は国を豊かにするらしい。草木が芽吹き、花が咲き誇り、陽の光は温かく、水が潤う、というふうにね。」
窓の外に目をやる。温かい陽の光が差し込んでいる。
「私の病気は生まれつきだ。その私の体調がこうして良くなっている。今居る聖女たちではこんなふうに良くはならなかった。」
そうか、フィリップ様は王太子殿下なのだから、今までもそれなりに治癒は受けている筈だ。
「体が軽くなる事はあっても、歩き回れるほど回復は出来なかったんだ。」
フィリップ様が私に微笑む。
「でもリリー、君は違った。君から治癒を受けたその日のうちに私は歩き回れるようになった。そしてその治癒を日に三回受けている今は、こうして執務にあたり、自由に動ける。これはリリーの力が強い事の証明になるだろう。」
そこでフィリップ様が溜息をつく。
「しかしね、リリー。残念ながら世の中には出自を重んじる人間も居る…というよりは世の中のほとんどの人間がいまだに出自という制約から抜け出せないんだ。」
出自という制約…。もちろんそれはそうだろう。特に私のような双子の妹という忌み子であるなら、尚更だ。
「私はこの東部の領土にリリーと婚約をしたという事を公表しようと思っているんだ。」
そう聞いてハッとする。そうだ、私という存在がフィリップ様と、王太子殿下と婚約すると公表されれば、反発は避けられない。フィリップ様を見る。
「今のこの状況では反発されるだろうね。実際に東部の侯爵家であるウェーバー家が会談を求めて来ている。」
フィリップ様はクスッと笑って言う。
「不安なのは分かるよ。でも大丈夫。リリーを目の前にして、リリーの力を目の当たりにしたら、黙らざるを得ない。リリーの力の前には出自など意味は無いと誰しもが実感する。それだけの力がリリーにはあるからね。」
翌日のウェーバー侯爵家との会談を前に、色々と準備がなされている。特にソフィアは私の服装選びに慎重になっている。
「リリー様は色白なので…淡い色がお似合いにはなるけれど…ウェーバー侯爵家との会談なら、それなりの品格も品位も見せつけなくてはいけないし…」
一緒に考えているのはテイラーだ。
「ならば少し強い色味のものをアクセントとしてはどうでしょう?胸元のリボンや腰のリボン、袖を飾るレースを色違いにして…」
もう明日には会談があるというのに、今更、間に合わないのでは?と思う。
「会談は明日です、間に合わないのでは?」
言うとテイラーが微笑む。
「一晩あれば間に合いますし、間に合わせます。」
テイラーの微笑みが何だか怖い。
「ウェーバー侯爵家として訪問なさるのでしたら、きっとその御息女であるロベリア様もいらっしゃるでしょうし、手を尽くさねばなりません。」
ソフィアが息巻いている。
「あの、ロベリア様というのは?」
聞くとソフィアが少し溜息をついて言う。
「この東部唯一の侯爵家御息女です。私も以前、お茶会でお会いした事があります。とても美しい方ですが、生まれながらの貴族なので、そのお考えは少し偏っておられます。」
そう言われて察する。朝、フィリップ様と話した事と重なる。きっとウェーバー侯爵様もその御息女のロベリア様も私を認めない、という事だろう。
「大丈夫です、リリー様お一人でお会いする訳ではありませんし、こうして私もテイラーも陰ながらリリー様をお支えします。」
テイラーが服のデザインで頑張ってくれているのも、ソフィアがテイラーと相談しているのも、全て私の為なのだと思うと何だか温かくなる。
翌日は朝から支度で忙しかった。ウェーバー侯爵家にはグリンデルバルド家に来て頂く事になっている。支度がやっと終わり、一息つくと扉がノックされる。
「はい、どうぞ。」
言うとフィリップ様が入って来る。フィリップ様は私と揃いの色の服を着ていた。深い緑色の正装。とても良くお似合いだ。
「リリー、今日はとても美しいね。」
テイラーが一晩で仕上げてくれたドレスはシンプルだけど、とても素敵だった。フィリップ様が私の元へ来る。
「身に付けてくれているんだね。」
フィリップ様はそう言うと私のイヤリングに触れる。これはこの間、宝石商の方が来た時にフィリップ様に勧められたもの。フィリップ様の瞳の色のネックレスとイヤリング、指輪のセット。それらを引き立たせる緑のドレス。
「とても良く似合っているよ。」
フィリップ様は眩しいほどの微笑みでそう言う。ふとフィリップ様のカフスボタンに目が留まる。
「これ、私が選んだ…」
言うとフィリップ様は微笑んで言う。
「そうだよ、リリーが選んでくれたリリーの瞳の色のカフスボタンだよ。」
何だか気恥ずかしくて俯く。
「リリー。」
呼ばれて顔を上げる。フィリップ様は真剣な顔で言う。
「ウェーバー侯爵はきっと色々言って来ると思うけれど、心配しないで。私がリリーを守る。」
そして私の耳元に口を寄せて囁く。
「だからリリーは私の隣で微笑んでいれば良いよ。」
領主様の御屋敷には久々に訪れた。ここはいつ来てもきちんと整備されている。出迎えてくれたのは領主様の執事である…あぁ、そう、セバスチャンだ。
「ようこそ、いらっしゃいました。こちらへどうぞ。」
領主様自らおで迎えはして下さらないのか、と少し残念に思う。でもそれも仕方ない。領主様はお体が弱いのだから。そう思っていたのに通されたのは応接間。以前のお見舞いの時のように、寝室では無かった。椅子に座るとすぐに扉が開く。領主様だわ!そう思って立ち上がる。入ってきたのは金色の髪が神々しいほどに美しい方。一目で高貴な方だと分かる。この方が領主様…?その方に手を引かれて亜麻色の髪をした華奢な女性が入って来る。きっと婚約者だわ。
「お待たせしたかな?」
軽やかなお声。あの日、お聞きした澄んだお声。目の前に領主様がいらっしゃる。キラキラと光るオーラを纏っていらっしゃるように見える。以前は確か伏せる程、お体が弱かった筈…。回復なさったのね、そう思いながらそのお姿を見る。端正なお顔、眩しいほどの金色の瞳…。
「ウェーバー侯爵。」
領主様のそのお声にハッとする。父も私の隣で襟を正すのが分かる。
「お顔を拝見するのが初めてで、領主様がこんなに麗しい方だとは思わず、失礼致しました。」
領主様は微笑み、言う。
「まずは紹介しよう。私の婚約者のリリアンナだ。」
リリアンナ様…モーリス家の忌み子…。リリアンナ様は淑やかに挨拶する。
「初めまして、リリアンナと申します。」
領主様と揃いのドレス。キラキラと光るイエローダイヤモンドのネックレス…領主様の瞳と同じ色のアクセサリー…。
「これはこれは。私はウェーバー侯爵家の当主、リカルドと申します。こちらは娘のロベリアにございます。」
お父様に言われて淑やかに挨拶する。
領主様が椅子を勧めて下さる。領主様はそのお隣に婚約者を座らせる。リリアンナ様を見る。亜麻色の髪、美しい翠眼、透き通るような白い肌。
「今日はウェーバー侯爵からお話があると聞いているが、どのような?」
領主様が聞く。お父様は咳払いを一つして言う。
「先日、領主様から書簡を頂きましたが、その内容について、です。」
領主様は微笑んで聞く。
「内容とは?」
何故か領主様から圧力を感じる。
「書簡には領主様がご婚約されたと書かれておりました。随分急なお話故、領民代表として、お話を伺いたく、参りました。」