顔を洗い、服を着替える。
「テイラーの作った服は本当にリリー様に良くお似合いです。」
今日の服は薄いピンク。仰々しい飾り等は無く、シンプルだ。
「ソフィア。」
呼びかけるとソフィアが返事をする。
「はい、リリー様。」
私はソフィアの手を取り言う。
「心配かけてしまってごめんなさい。」
ソフィアは私の手を握り返して言う。
「リリー様、私はリリー様の侍女です。なのでリリー様を心配するのも私の仕事の一つなのですよ?」
ソフィアはニッコリ笑って言う。
「私がリリー様の御心の内を察して差し上げる事が出来なかったのです。リリー様ご自身は無自覚でいらっしゃるでしょうけど、リリー様と一緒に居ると、本当に心が晴れやかになるのですよ。こうしてお手を触れているとリリー様からリリー様のお気持ちが流れ込んで来ます。」
ソフィアはふと真剣な顔付きになり言う。
「私がもっとリリー様に寄り添うべきでした。リリー様は殿下との婚約が決まった方。なので私は最初からリリー様ご自身がそれを受け入れられて来たものと、そう思っていたのです。ですが、それは間違いでした。」
ソフィアはふわっと微笑み言う。
「これからはリリー様にご自身がどれほど素敵な方なのか、もっとお伝えするようにしますね。」
ソフィアは何て優しいのだろう。
「私はきちんとした教育も受けていません、あるのはこの不思議な力だけ…」
言いながら涙が溢れて来る。
「リリー様、お顔をお上げください。」
顔を上げた拍子に涙がポロッと零れる。ソフィアが微笑んで言う。
「そのお力があるからこそ、では無いですか。殿下を癒して差し上げる事が出来るのはリリー様だけなのです。それがどれだけ特別で希少な事なのか、リリー様にはお教えしていませんでしたね。今日は朝食の後にそのお力について、殿下からご教授願いましょう。」
「殿下、リリー様が朝食を召し上がっておいでです。ソフィアから朝食の後に時間を作って欲しいと。」
セバスチャンが微笑み言う。
「何でもリリー様のお力の特別さと希少さについて、殿下からお伝えして欲しいそうです。」
そう言われてクスッと笑う。
「そうか、分かった。朝の治癒の時に話そう。」
「リリー、入るよ。」
フィリップ様がお部屋に来る。
「良く眠れたかい?」
柔らかい笑みでそう言うフィリップ様。
「はい、ゆっくり休めました。」
言うとフィリップ様は頷いてソファーに座る。フィリップ様は手を差し伸べて私に促す。
「おいで。」
フィリップ様は一段とキラキラと輝いていて、高貴な方なのだと実感する。隣に座ると、フィリップ様が私の手を取り、微笑む。私の手からふわっと白い光が溢れ出し、その光はフィリップ様を包む。特に癒そうと意識している訳では無い。触れると自然とこの光が溢れ出して来る。
「リリー、君にいくつか、話しておかないといけない事があるんだ。」
白い光がフィリップ様を包み、その輪郭が白く光っている。
「父上である国王陛下が体調を崩して伏せっているのは昨日、話した通りだ。」
フィリップ様は少し悲しそうだ。
「今のところは危険な状態では無いと報告を受けたんだけどね。」
フィリップ様が私を見る。
「父上の治癒の為にリリーの姉上が近く王宮へ行くそうだ。」
お姉様が王宮へ…。
「私はね、リリーの姉上には治癒出来ないと見ている。」
フィリップ様の眼差しは力強い。
「昨日の夜にリリーにも話したけれど、私は君こそが聖女であると思っているからね。」
私が聖女…。昨日のフィリップ様のお話を思い出す。
「神殿がリリーの姉上を聖女と認定したのは何故なのか、調べさせる為にソンブラを王都にやったんだ。キトリーには王都に行って貰い、情報を送らせている。」
ソンブラがフィリップ様の命で王都に行ったのは、その件を調べる為…。それに最近、キトリーを見掛けていないとは思っていた。
「キトリーを見かけないと思っておりました…」
フィリップ様がクスッと笑う。
「キトリー自らが志願したんだ。リリーと共に東部へ戻って来てから半月ほど休みをやった。休みなど要らないと言われたが、長くモーリス家に仕えさせていたからね。休んだ後は王都で調査したいと言ってくれてね。」
フィリップ様の微笑みが眩しい。
「キトリーはリリーと共に王都に長く居た人間だ。王都についてもそれなりに見知っているだろうから、お願いしたんだ。」
ふとフィリップ様の表情が曇る。
「父上のお見舞いにも行って貰った。父上はキトリーを知っているからね。」
フィリップ様を見上げる。
「国王陛下は大丈夫なのでしょうか…」
言うとフィリップ様は少し悲しそうに微笑む。
「今はまだ大丈夫だろう。だが、聖女と認定されたリリーの姉上が呼ばれるんだ、体調は思わしくないのだろうね。」
フィリップ様が私を見る。その瞳には力が戻っている。
「こうしてリリーに治癒をして貰って私は動けるようになった。リリーがここへ来た時の私を見てリリーも分かっているとは思うが、私が動けるようになったなら、いずれはリリー、君も父上に呼ばれるだろう。」
私が王宮に呼ばれる…。
「その時はリリーの力を貸して欲しい。」
私に出来るだろうか。でもフィリップ様の願いならば叶えたい。
「私に出来るのであれば、もちろん、全力で。」
言うとフィリップ様がふわっと笑う。
「うん、リリーにしか出来ないと思っているよ。」
フィリップ様の手が私から離れる。
「ありがとう、もう良いよ。」
フィリップ様を包んでいた光がフィリップ様に溶け込む。
「リリーは聖女について、どれぐらい知っているんだい?」
聞かれて私は少し考える。
「それほどの知識は無いです、怪我や病気を癒す力がある、としか。」
フィリップ様が微笑む。
「私もそれほど詳しい訳では無いが。」
フィリップ様がソフィアに目配せする。ソフィアが頷いてお茶をいれてくれる。
「今、聖女はこの国に何人居ると思う?」
考えた事も無い。でも聖女というぐらいだから…。
「お姉様、お一人ですか?」
聞くとフィリップ様がクスッと笑う。
「この国に確認されている聖女は今のところ九人だ。」
九人…思ったよりも多いと感じる。
「どの聖女もリリーの姉上と同じように治癒の力が使える。その力の強弱の差はあってもね。」
力の強弱…。
「この東部にはまだ聖女は確認されていない。南部に居る聖女は怪我は治せるが、その力は病気には効かない。北部に居る聖女は小さな傷程度しか治せない。西部の聖女は怪我人を治癒すると寝込んでしまう程の力しか無いと聞いている。」
本当に様々な力の差があるのだと分かる。
「聖女は神殿に保護されるのが通例だが、今は戦争なども無い平和な時代だからね、聖女と認定されても神殿の保護下には置かれなくなったんだ。」
フィリップ様がソフィアのいれてくれたお茶を飲む。
「聖女は神殿の指示に従い、怪我人や病人の治癒を行って来た歴史がある。聖女は神殿によってその身を保証されて治癒さえ行えば、衣食住に困らない。そして出自さえ厭わずに大切にされる存在なんだ。」
出自さえ厭わない…。
「平民だろうと、王族だろうと、聖女であるならば、その身は保証される。さっき話した南部の聖女は平民だし、西部の聖女も平民なんだよ。」
フィリップ様がティーカップを置く。
「そしてここからが本題だ。」
フィリップ様が私を見る。
「リリーは神殿に聖女として認定されてはいないけれど、明らかにその力を持っている。しかもその力は今居る聖女たちとは比べ物にならないくらい強い。」
私の力が強い…?
「これから文献を色々調べなければいけないが、力の強い聖女は国中をその加護で覆うらしいんだ。」
国中を加護で覆う…。
「加護、というのは…?」
聞くとフィリップ様が微笑む。