食後、執務室にてキトリーからの書簡に目を通す。キトリーには半月程休みをやってから、王都にまた行って貰っている。
『フィリップ王太子殿下
フィリップ殿下より賜りました特別許可証にて
王立図書館にて王室蔵書を閲覧致しましたが
今のところそれらしい記述は発見出来ておりません
蔵書の数が膨大ですので目を通すだけでも
あと数週間ほどかかる見通しです
ただ、蔵書の中に気にかかる書物が
いくつかありましたが
それらの蔵書の閲覧は王族のみ可能とのことで
私では閲覧出来ませんでした
殿下に送付は可能との事でしたので
殿下に確認して頂きたく、書物をお送り致します
モーリス家については
今のところ大きな動きはございませんが
モーリス家のご当主がフィリップ殿下について
王族に近しい貴族の方々への
聞き取りをしているようです
国王陛下のご様態につきましては
謁見させて頂いたところ
ご様態は安定しておりました
近く、聖女の認定を受けている
モーリス家ご長女エリアンナ様が
国王陛下の治癒にあたるとの事
急ぎご連絡致します
キトリー』
キトリーは優秀な人材だ。我が屋敷では侍女長として動いてくれているが、私に仕える為にありとあらゆる事に精通している。そんなキトリーでも出来ない事もある。王立図書館にある蔵書の中の一部は王族にしか閲覧出来ない物。キトリーから送られて来た書物以外にもあるだろう。それに関しては私自身が赴く他、無い。
そして。
懸念の一つである父上の体調。キトリーが謁見出来たのなら、さほど危ない状態では無い。しかし、リリーの姉上であるエリアンナが治癒を施す、か。聖女としての働きがほとんど無いに等しい彼女が、治癒など出来るだろうか。更に長く伏せっていた私が快方に向かい、動き回れるようになったのだ。これは近く、リリーが王宮へ呼ばれる事も覚悟しなくてはいけない。
「ロベリア様!お待ちください!」
止める侍女長に振り返る。
「何故、待たなければいけないの!」
侍女長は私の前に立つと言う。
「急な訪問は領主様への無礼となります。この東部を治めていらっしゃるのは王族縁戚の方、しかもお体が弱いのです。訪問されたくば、まずはお伺いを立てるのが習わしでございます。」
私は目の前の侍女長に言う。
「そんな悠長な事を言っていられないわ!領主様はご婚約なさったそうじゃない!」
侍女長はそこで真っ直ぐに私を見る。
「はい。ですが、婚約者様の事についてはお聞き及びなのでは?」
領主様の婚約者…王都に住む伯爵家に生まれた双子の忌み子だと聞いた。しかも双子の姉の方は聖女の認定を受けているとか…。侍女長は私の耳元に口を寄せて囁くように言う。
「双子の忌み子などロベリア様とは比べ物にならないでしょう。この東部でロベリア様にかなう程の美しさを持つ子女などおりません。きちんとお目通りが叶い、領主様がロベリア様を見れば、その御心はロベリア様のものとなる筈です。」
我がウェーバー侯爵家は東部に根を下ろしている。王族の縁戚が治める領地。そこで侯爵家として、領主であるグリンデルバルド家とは良好な関係を築いて来た。巷で囁かれている噂では、領主様は中年で醜く、持病のせいで余命わずかと言われているが、本当は違う。何故そんな噂が流れているのか分からないけれど、それで良かった。その噂のお陰で領主様には今まで婚約などというお話が来なかったから。
私は数年前に一度領主様とお会いしている。
お見舞いに伺った父について行ったのだ。ベッドの上にいらっしゃる領主様は薄いヴェールに遮られ、お顔は見えなかったけれど、そのお声は透き通るほど艶やかで若々しかった。とても中年の方が出すお声では無かった。その時に決めたのだ、私は領主様と結婚する。この東部では我が家以上の家柄は無い。順当に行けば私が領主様と結婚するのが筋だ。だから事ある毎に領主様にはお手紙を出し、お見舞いの品を贈っていた。
なのに!我が侯爵家に届いた書簡には領主様が婚約されたと書かれていた。これには父も憤慨していた。
「お父様は?」
聞くと侍女長が言う。
「ウェーバー侯爵様は執務室でございましょう。」
私は部屋を出て父の執務室へ行く。
「お父様、ロベリアです。」
扉の前で言うと中から返事か来る。
「入れ。」
扉を開けて中に入る。父は窓から外を見ていた。
「お父様、どうなさるのです?」
単刀直入に聞く。父は外を見たまま言う。
「慌てるな、ロベリア。領主様には事情の説明を求める書簡を出してある。近く、領主様とお話する機会があるだろう。」
お父様が振り返る。
「その時はロベリア、お前も一緒に行くんだ。」
お父様が微笑む。
「お前を見れば領主様とて、お心変わりするだろう。何せ相手は忌み子、貧相な見た目をしていると聞く。」
お父様が私の前まで来る。
「領主様の妻に相応しいのはお前だ。案ずるな。」
「殿下、ウェーバー侯爵家との会談はどうされますか?」
セバスチャンに聞かれ少し考える。父上の事を考えれば、いつまでもリリーを秘密の花にしておく訳にもいかないだろう。いつかはリリーを人前に出さなければならなくなる。力の解放を無自覚ながらも経験し、可能性の一つとしてリリーが聖女か、或いはそれ以上の存在であるかもしれない事については、リリーにも話した。ゆくゆくはこの東部を離れるとしても、貴族の人間たちとどのように接して行くのかは、リリーにも経験させなくてはいけない。
「会談の準備をしてくれ。リリーも同席させよう。先触れとして侯爵家に書簡を出しておいたが、いつまでも内密には出来ないからね。」
そこで一つ、息をつく。
「私もリリーのお陰でこうして動けるようになったんだ。今まではウェーバー侯爵に前に立って貰っていたが、そろそろ私が出ても良いだろう。」
セバスチャンは目を細めて頷く。
「かしこまりました、では会談の準備をさせて頂きます。」
少し微笑んで聞く。
「リリーは?」
セバスチャンも微笑む。
「まだ休んでおられます。」
聖女の加護だろうか、何だか温かく感じる。
「そうか、ゆっくり休ませてやってくれ。」
キトリーから送られて来た書物に手を伸ばす。そこには聖女に関する事柄が書かれていた。
『太古の昔から聖女は血筋に関わらず生まれる。力の大小は様々だが、聖女は怪我や病気を癒す力を持つ』
書物から目を離す。聖女はその力故に昔は王族との婚姻が決められていたが、時と共に聖女の力は弱まって行き、王族との婚姻も無くなった。
また書物を見る。
『数百年に一度、力の強い聖女が生まれ、その力は国中を覆い、加護をもたらす
大地と天に愛され、その純粋さ故に白百合乙女と呼ばれる』
白百合乙女か。リリーは白百合乙女なのかもしれない。書物を置き、立ち上がり外を見る。草木が芽吹き、花が咲き誇り、陽の光は温かく、水が潤う。ここから見える庭園はまさにその加護を享受しているのかもしれない。
陽の光を感じて目が覚める。体を起こす。
「お目覚めですか、リリー様。」
見ればソフィアが微笑んでいた。
「おはようございます。」
ソフィアはそう挨拶すると言う。
「お支度させて頂きますね。」