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第15話

夕食のテーブルを囲む。


「たくさん歩いたんだ、たくさん食べると良い。」


フィリップ様が微笑む。


「何も聞かないのですね…」


言うとフィリップ様は優しく微笑み言う。


「リリーが話したくなったら話してくれ。無理やり聞き出すような事はしないよ。」


鼻の奥がツンとして目頭が熱くなる。みるみるうちに涙が溢れて来て瞳に溜まる。


「リリー…」


フィリップ様は立ち上がると私の元まで来て、隣の椅子に座り、私の頭を撫でる。


「泣かないで、大丈夫だから。君は何も気にしなくて良い。」


何故こんなにも優しくしてくれるのか、分からなかった。


「さぁ、ほら。食べてしまおう。せっかく作ってくれた料理が冷めてしまうよ。」



お部屋に戻り、寝る支度を整える。扉がノックされる。入って来たのはフィリップ様だ。


「疲れているだろうけど、少し話そう。」


フィリップ様は微笑んで、ソファーに座る。


「おいで。」


促されてフィリップ様の隣に座る。私はフィリップ様の手に触れて、治癒をする。


「ありがとう。でもリリー、君は大丈夫かい?」


聞かれて頷く。


「私は大丈夫です。たくさん歩いたので疲れていますけど、意識しなくてもフィリップ様に触れるだけで光が溢れて来るので。」


フィリップ様は優しく微笑む。


「あの、今日はご心配をおかけして、すみませんでした。」


言うとフィリップ様が頷く。


「うん、心配したよ、とても。」


そしてクスッと笑って言う。


「私よりもソフィアの方がリリーを心配していたよ。」


私が戻って来た時、ソフィアはずっと泣いていた。


「君を一人にしてしまった事、何かを感じて考え込んでしまった事、目を離してしまった事…全て自分の責任だと思っているみたいだったな。」


私はフィリップ様を見上げる。


「ソフィアのせいではありません。」


言うとフィリップ様が頷く。


「うん、私はちゃんと分かっている。でもソフィアは自分を責めている。」


俯いて考える。


「どうしましょう…」


フィリップ様が少し笑って言う。


「リリー、君はここに来るまでずっと自分を抑えて来ただろう?忌み子だと言われ、モーリス家では下女のように扱われて。」


フィリップ様の手が私の手を握る。


「君自身、自覚は無いのかもしれないけれどね、私は君が聖女だと考えている。」


フィリップ様を見上げる。


「ここへ来てから君は私を治癒してくれているね。一日三回、一度も怠らず。そしてそれ以外に君はテイラーを治癒し、無意識にベルナルドやソンブラをも癒しているんだよ。」


私が聖女…?そんな事、有り得ない。


「でも聖女の認定を受けているのはお姉様では…?」


フィリップ様が難しい顔をする。


「そうなんだ。認定を受けているのはリリーの姉上の方だ。」


フィリップ様が私を見る。


「でも君もそれが間違いなんじゃないかと思った事はあるだろう?」


そう聞かれて俯く。モーリス家ではお姉様が私よりも早い段階で神聖力が使えた。ほんの些細な傷を治した事で誰もがお姉様を聖女だと思っていた。


それでも。


キトリーが怪我をした時、それを癒したのはお姉様では無く私だった。私も幾度となくお姉様やその取り巻きによって怪我をさせられたけれど、その怪我を自分で治して来た。そこでふと疑問が持ち上がる。


「聖女や神官は自分の怪我や傷を治せないのでは…?」


フィリップ様が微笑む。


「うん、その筈なんだ。今、存在している神官や聖女は自分自身を治癒出来ない。自分の怪我や傷を治そうとしても自分の体から出る神聖力では中和されてしまって治癒が不可能な筈なんだ。」


フィリップ様が私の頭を撫でる。


「けれど君は君自身の怪我や傷を治癒出来る。」


私は一体、何者なんだろうか。


「この事については色々調べさせる。君の姉上が何故、聖女と認定されたのか、君が君自身を治癒出来るのは何故なのか。」


そしてフィリップ様は少し笑って言う。


「こうやって考えると君はとても貴重な存在なんだよ。だから君は君自身を誇って良い。もうモーリス家の忌み子では無いんだ。君は私の婚約者であり、もしかしたら聖女で、そしてもしかしたらもっと高貴な存在かもしれないんだから。」



ベッドに入る。フィリップ様は私をもしかしたらもっと高貴な存在なのかもしれないと仰った。私には想像も出来ない。でもあの湖で祈りを捧げた時、私はフィリップ様の隣に立てる人間になりたいとそう思った。心を落ち着ける為に祈った。生まれて初めて自分の為に祈ったかもしれない。目を閉じて大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐く。ソフィアに謝らなきゃ…どうしたらソフィアは自分を責めないようになるのだろう…。



「リリー様、リリー様。」


呼ばれて目を開ける。辺りはまだ薄暗い。


「早くに起こしてしまってすみません。」


その声はソフィアだ。ソフィアはベッドのすぐ近くで声を潜めて言う。


「ソンブラ様がご出立されます、その前にリリー様にお会いしたいと。」


体を起こす。ソフィアが私にガウンを掛けてくれる。


「ソンブラはどこに?」


聞くとソフィアが言う。


「お部屋の前でお待ちになっています。」


ベッドから出る。


「ソンブラが出立するというのは…」


ソフィアが私の手を引いて言う。


「ソンブラ様にお聞きください。」


薄暗くて表情は分からないけれど、ソフィアの声は優しい。部屋の扉を開ける。廊下にソンブラが居た。


「リリー様。」


ソンブラはすぐさま私の足元に片膝を付く。


「どこかへ行くのですか?」


聞くとソンブラが言う。


「殿下の命により、王都へ。」


ソンブラは私を見上げると言う。


「出立前にリリー様から祝福を頂きたく、参じました。」


祝福…それは聖女が授けるものだ。


「私に出来るでしょうか。」


言うとソンブラがクスッと笑う。


「私の頭に手をかざし無事を祈って頂けますか。」


言われた通りソンブラの頭に手をかざす。ふわっと光が溢れ出す。目を閉じてソンブラが無事でありますように、そう祈る。目を開けるとソンブラは光に包まれていた。ソンブラは顔を上げ、私のかざしていた手を取り、手の甲に口付ける。


「祝福、ありがとうございます。」


光がソンブラの体に溶け込んで行く。


「起こしてしまい、申し訳ありませんでした。」


私は微笑んで言う。


「いいえ。ソンブラ、あなたの無事を祈っています。」



部屋に戻り、ベッドに潜り込む。昨日の疲れはまだ取れていない。


「ごゆっくりお休みください。」


ソフィアが微笑む。


「ソフィア。」


呼びかけるとソフィアが私を見る。


「いつも本当にありがとう。」


言うとソフィアはニコッと笑って頷く。



「ソンブラが?」


朝食をとっている時にソフィアから報告を受ける。


「はい、朝早くの出立なので、起こしてしまうのは申し訳無いけれど、どうしてもリリー様から祝福を受けたいと。」


あのソンブラが…。今まではずっと私の影として領地を回ったり、ちょっとした問題の解決に尽力して貰ってはいたが、決して表に出ようとはしなかったのに。ソンブラならソフィアを通さずとも、直接リリーの寝室には潜り込める。けれどそうはせずにきちんと筋を通した訳だ。


「ソンブラはソンブラなりに殿下に気を使っておるのでしょう。」


セバスチャンが言う。リリーからの祝福を受ければ、何らかの加護があるかもしれないなとも思う。


「いずれにせよ、リリーの存在は今までの神官や聖女とは少し違う可能性がある。その辺りも調べなくてはいけないね。」


セバスチャンがお水を注ぎながら言う。


「キトリーからの報告の書簡が届いておりますので、ご確認を。」


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