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第14話

半時ほど歩いて御屋敷に到着する。御屋敷の中に入るとソフィアが駆け寄って来る。


「リリー様!」


ソフィアは泣いていてソンブラに抱き上げられている私を見て聞く。


「どこかにお怪我を?!」


私は笑って首を振る。


「大丈夫です、少し歩き疲れただけです。」


ソフィアは泣きながら言う。


「私がもっとリリー様の御心に寄り添って差し上げていれば…」


テイラーも屋敷の使用人も騎士団の方々もたくさんの人が私を囲んでいる。こんなにたくさんの人に囲まれているのに、ソンブラは私を下ろそうとしない。


「リリー!」


フィリップ様がセバスチャンと共に駆け寄って来る。フィリップ様は私の頬に触れると言う。


「すまなかったね。」


謝るのは私の方なのに、そう思っているとフィリップ様が聞く。


「ソンブラ、何故リリーを抱えている?」


その聞き方が少し怖かった。私は慌てて言う。


「私が歩き疲れてしまって、ソンブラが運んでくれたのです。」


フィリップ様はソンブラに言う。


「ソンブラ、リリーを下ろせ。」


ソンブラは首を振る。


「いいえ、嫌です。」


その場に居る全員が驚いた。私も驚いてソンブラを見上げる。ソンブラは真っ直ぐにフィリップ様を見て言う。


「お部屋までこのままお運び致します。」



部屋のベッドに下ろされる。


「窮屈ではありませんでしたか?」


ソンブラが聞く。


「いいえ、大丈夫です。運んでくださってありがとうございました。」


ソンブラは微笑んで一歩下がる。フィリップ様が近付いて来て、ベッドに腰掛けている私の前に膝を付く。


「歩き疲れたと言っていたね。」


そう言って私の靴を脱がせる。


「ソフィア、湯浴みの準備を。」


ソフィアと数人の侍女がパタパタと支度の為に部屋を出て行く。


「リリー様、宜しければ、こちらを。」


セバスチャンが飲み物を持って来てくれる。


「ありがとう。」


フィリップ様は立ち上がると私の隣に座る。私を見る皆の目がとても優しい事に気付く。こんなに心配させて私は…。自分の事しか考えていなかったのを恥ずかしく思う。フィリップ様は私の頭を撫でると言う。


「リリーが無事で良かった。」


温かいお茶の入ったカップを見つめる。


「心配をかけてしまって、ごめんなさい…」


言うとフィリップ様の優しい声がする。


「良いんだ、君が無事ならそれで。」


フィリップ様は私の肩を抱く。


「まずは湯浴みをしておいで。たくさん歩いて疲れただろう?湯浴みをしたら夕食にしよう。」



湯浴みの最中もソフィアはポロポロと涙を零していた。


「ソフィア、ごめんなさい。」


言うとソフィアは私の髪を流しながら言う。


「何事も無くて、良かったです。」


そして鼻をすすると言う。


「リリー様、何でもこのソフィアにお話ください。どんな事でも良いのです、セバスチャンは小言が多いのよ!でも、ウェルシュ卿は顔が怖い!でも、何でも良いですから。」


それを聞いて少し笑い、ソフィアを振り返って聞く。


「それはソフィアが思っている事?」


ソフィアは笑って言う。


「皆には内緒ですよ?」



「ではリリーは一人では無かったんだね。」


ソンブラとベルナルドから報告を聞く。


「はい、私が到着した時には、リリー様はウェルシュ卿と一緒でした。」


ソンブラが言う。ベルナルドを見る。


「リリー様は敷地内から出て、何かを考え込んでおられました。ひたすら南に向かう道を歩いておいでで。私はその後ろからリリー様に付いて行き、南の湖の手前でお引き留めを。」


あぁ、あの道か。随分、遠くまで歩いたのだなと思う。


「あの道は湖に直結しています、真っ直ぐに歩かれると湖に落ちてしまいますので。」


確かに。あの湖の手前には柵か何かを立てた方が良いだろう。


「リリーは何て?」


ベルナルドが首を振る。


「何も。私がリリー様の寄り掛かる壁になり、何でもお話をお聞きしますと申し上げました。」


ベルナルドは屈強な騎士だ。おそらくはこの国でも五本の指に入るくらいには強い。これまでも私の護衛として色んな事を見聞きして来ている。そんな男が寄り掛かる壁になり、何でも話を聞くと言うとは…。


「リリー様はそう申し上げた後、涙を零されて…」


きっとリリーはベルナルドの優しさに心を打たれたのだろう。想像がつく。


「どうして良いか分からず慌てていたのですが、リリー様が私を見て笑ってくださったので…」


ベルナルドはまだ若く、女性との付き合いもほとんど無いと聞く。きっとこんなに大きな体の騎士がリリーのような小柄の女性が泣いたというだけでオロオロするのを見ておかしかったんだろう。


「ベルナルドが慌てるところを見逃したな。」


言うとベルナルドが苦笑いする。


「それで?」


聞くとベルナルドが続ける。


「御屋敷に戻りましょうと申し上げましたが、リリー様がもう少し湖を眺めたいと仰られて。一時、そのまま湖を眺められ、祈りを込めた時、リリー様を光が包みました。」


それがあの光の柱か。


「祈りを込めた時に現れた光の柱…やはり力の解放だろうな。ベルナルドはどう見た?」


聞くとベルナルドはしっかりと言う。


「あの光は神聖力で間違いないでしょう。私の手の平の小さな傷も癒して頂きました。リリー様は聖女様だと確信しております。」


うん、やっぱりそうだろうなと思う。しかもあれだけの力を解放したにも関わらず、戻って来たリリーは元気そうだった。


「ソンブラはどう見る?」


ソンブラは少し微笑んで言う。


「私も同じ考えです、殿下。お手に触れてご挨拶させて頂いた時に、リリー様から光が溢れ、その光が私の手と腕を伝い、体に溶け込みました。」


ソンブラは左腕の袖をたくし上げ、腕を見せる。


「ここにあった傷が治癒しています。傷跡も残っておりません。私はリリー様とは初対面です。ですからリリー様が私の腕の傷を知っている筈が無いのです。」


それでもその傷が癒えた…そうなればこれはもう疑いようが無い。


「やはり、か。」


言うとソンブラが言う。


「どのような経緯でモーリス家のご長女が聖女と認定されたのか、調べる必要がありそうです。」


ソンブラが袖を直す。


「調べてくれるか?」


聞くとソンブラが頷く。


「はい、殿下。」


セバスチャンに言う。


「セバスチャン、宝物庫からあれを。」


セバスチャンが頷く。


「かしこまりました。」


セバスチャンが執務室を出て行く。


「殿下、お体は?」


ソンブラが聞く。


「あぁ、大丈夫だ。さっきリリーに触れた時に祝福を貰っている。」


そこでふと気になり言う。


「そういえば、リリーを抱きかかえて戻って来たが。」


ソンブラが視線を下げて言う。


「リリー様が足を痛めているようでしたので。」


そこでふと笑う。


「お前が私に嫌だと言ったのは初めてだな。」


ソンブラはほんの少し頬を染める。


「申し訳ございません。」


頭を下げるソンブラに言う。


「いや、良いんだ。それだけリリーが大事にされているという事だからな。」


きっと二人の間に心を通わせる何かがあったんだろう。ソンブラは理由も無く、そんな事をする奴では無い。執務室の扉が開き、セバスチャンが小さな箱を持って来る。セバスチャンからそれを受け取り、箱を開く。


「ソンブラ、これを身に付けて行け。」


中には指輪が一つ入っている。


「アーティファクト…」


ソンブラが呟く。


「そうだ、これは身に付けると、見た目を変えられる。モーリス家の長女を聖女と認定したのは神殿側だ。聖女と認定出来る神官は限られている。調べるには内部に入り込む必要があるからな。」


ソンブラがそれを受け取る。


「上手くやってくれ。お前にしか頼めない。」


ソンブラはほんの少し微笑み頷く。


「御意。」


私は窓辺へと歩き、窓を開け、指笛を吹く。すぐにフクロウとカラスが飛んで来て、フクロウのロッソは私の腕に、カラスのネーロは私の肩に止まる。


「連絡はこの二羽にさせよう。昼ならネーロ、夜ならロッソを飛ばせ。」


二羽の鳥がソンブラに移る。


「ロッソ、ネーロ、元気だったか?」


ソンブラが嬉しそうに二羽の鳥を交互に撫でる。二羽ともソンブラに懐いていて、こうして見ているとソンブラも無邪気に見える。


「こちらからの連絡は別のを飛ばそう。その二羽はソンブラ、お前が連れて行け。」


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