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第13話

暗くなって行く中、不思議な物を見た。捜索している騎士たち全員が息を飲む。


「ソンブラ様、あれは…」


騎士の一人が言う。南の湖の方向に眩い光の柱が現れる。リリー様に違いない。


「南の湖だ、行くぞ。」


言うと騎士たちがついてくる。



「フィリップ殿下、あれを。」


セバスチャンが窓の外を指差す。見れば白い光の柱が天まで伸びている。


「リリーだ…」


言うとセバスチャンが頷く。


「何かあったのか、力の解放か…」


私がそう言うとセバスチャンが心配そうに言う。


「何事も無ければ良いのですが…」



目の前でリリー様を囲むように白い光が放たれる。その光は柔らかく、とてつもなく神聖であると感じる。自然とその光の前で私は跪いていた。


「あぁ、聖女様だ…」


思わず呟く。光の柱は金色の光の粒を纏っていて、その光の粒がヒラヒラと周囲に舞っている。光の粒はヒラヒラ舞いながら周囲に散らばって行き、私の体にも舞い落ちて来る。光の粒が私の体に触れるとふわっと小さく爆ぜて、体に溶け込んで行く。手の平でそれを受け止めると手の平から溶け込んだ光の粒が私の手の平にあった小さな傷を癒して行く。まさに奇跡だった。


聖女の認定を受けたのはご長女様では無かったのか?


フィリップ殿下の治癒を行っているのは見たし、テイラー殿の治癒も目の前で見たというのに、私は自分の中にあった疑問が常に頭に浮かんでいた。神殿の神官がご長女様を聖女として認定しているという事実の前に目がくらんでいた。この力は紛れもなく神聖力だ。それも今まで見た事が無い程、大きく深く広い。この力の前に跪かない人など居ないだろう。そしてリリー様ご自身はきっと無自覚だ。純真無垢、そんな言葉が浮かぶ。この方はそういう方なのだ。お守りしなくてはいけない。リリー様を傷付けるあらゆる人や物から。決意を固くする。


「リリー様!」


その声にハッとする。振り返ると殿下の影であるソンブラ様が走って来ていた。声を掛けられリリー様ご自身を囲む光がふわっと消える。辺りはもう日が暮れている。



「お迎えに参りました。」


そう言う男性は私の前に片膝をつく。見た事の無い方だった。


「あの、あなたはどなたなのですか?」


聞くとその男性はニコッと微笑んで言う。


「これは失礼致しました。私はフィリップ殿下の側近のソンブラと申します。」


黒髪、漆黒の瞳…そして服装も黒の騎士服。ベルナルドを初めとする騎士の方々の制服はグレーなのに、この方は真っ黒な騎士服を着ている。戸惑う私にベルナルドが言う。


「ソンブラ様はフィリップ殿下の腹心の部下、最側近の方です。」


ソンブラは私に手を差し伸べる。


「宜しければお手を。」


ソンブラの手に自分の手を乗せる。私の手から白い光が溢れ出し、ソンブラの手を伝い、その光は腕へ、そして体へ溶けて行く。ソンブラが立ち上がり言う。


「御屋敷までお連れ致します。お疲れでしたら、お運び致します。御屋敷まではかなりの距離になりますので。」


私は微笑んで言う。


「大丈夫です、歩けます。」



私とソンブラを囲むように騎士の方々が歩く。ベルナルドは私のすぐ後ろに居る。ベルナルドを見る。


「ベルナルドが良ければ、代わりますが。」


私の横を歩くソンブラが言う。


「いえ、大丈夫です。」


ソンブラを見上げる。真っ黒な髪が風に揺れる。月明かりに照らされると真っ黒な髪が月の光を反射していてとても綺麗だった。


「何か付いてますでしょうか。」


ソンブラが頬を染めて聞く。そう聞かれて私は不躾にもソンブラを見つめていた事に気付く。


「いえ、ごめんなさい、髪がとても綺麗だったので、見惚れていました…」


言うとソンブラは顔を背け、言う。


「勿体ないお言葉にございます。」


歩きながら疑問に思っていた事を聞く。


「ソンブラ様の着ている制服は何故、黒なのでしょう?」


ソンブラは微笑んで言う。


「ソンブラ、とお呼びください。」


そしてソンブラは自身の纏うマントを外し、私に掛けてくれる。


「私の制服が黒なのは、フィリップ殿下の最側近だからです。階級によって着る制服の色が変わります。黒い制服はフィリップ殿下を初めとする王族の方々の側近たちが身に纏います。私以外では騎士団長、それに騎士団の精鋭部隊の人間は黒い制服ですが、そのせいで仕事に支障が出る場合があります。なので普段は黒では無くグレーの制服を着ている者が多いのです。」


ソンブラが微笑む。


「私は殿下の影のような存在です。なので普段から黒い制服を着ています。制服が何色でも仕事に支障はございませんので。」


大きなマントを引きずらないようにマントを持つ。


「一般的に黒の制服を着ている者たちを黒い騎士と呼んだりします。黒い騎士は王族の方々をお守りする守護の騎士です。」


黒い騎士…何だかとても強そうな響きだ。


「この東部にも騎士団の精鋭たちが数人おります。普段は他の騎士たち同様にグレーの制服を着ているようですね。」


そしてソンブラは自分の胸元を飾る徽章の中の一つを手に取り、私に見せてくれる。


「これが黒い騎士の徽章です。我が王国ではこの徽章を持つのは私と騎士団長、精鋭数人しかおりません。黒い騎士の中にもまだ徽章を持たない者も居るのです。」


徽章をソンブラに返しながら言う。


「とても優秀でいらっしゃるのですね。」


ソンブラは徽章を胸に付け直し、言う。


「この徽章を持つ者は王族の方々に絶対的な忠誠を誓う者。その為、ありとあらゆる事において、越権が許されています。それ故にその責任は大きいのです。」


ソンブラは優しく微笑み言う。


「日々、フィリップ殿下の為に精進しています。そして日々の精進は今はリリー様、あなた様の為でもあるのです。」


美しい漆黒の瞳が私を見つめる。


「先程の光の柱をリリー様はご自覚なさってますか?」


光の柱?一体何の事だろうか。


「光の柱とは…?」


聞くとソンブラが少し笑う。


「やはり無自覚でいらっしゃるのですね。」


ソンブラは私の歩幅に合わせて歩いてくれている。周りの騎士の方々もだ。


「私がお声を掛ける前までリリー様を囲むように光の柱がありました。天まで届くほどの光です。きっとリリー様が祈りを捧げた時に、その力が光となって現れたのでしょう。」


力が光となって現れる…それは治癒を施している時と同じような光が私を囲んでいた、という事…。


「リリー様はフィリップ殿下の大切な婚約者様であり、ご病気に苦しんでいた殿下を救って下さった方です。なので私にとってもリリー様は恩人、その方の為ならばどのような事も、この命も惜しまず、捧げる事が出来ます。」


ソンブラの言葉は重く、そして優しい。



それでも。


「私の為にその命を投げ出すような事はしないでください。」


言うとソンブラが驚いたように私を見る。


「私にはフィリップ様を癒す力があります。今までずっと人目に付かないように、人に気付かれないようにその力を使って来ました。」


自分の手を見つめる。


「自分に何故、こんな力があるのか、分かりません。それにこの力でどこまで出来るのかも分かりません。」


ソンブラを見上げる。


「それでも私は私と出会ってくれた人たちに幸せでいて欲しいのです、その為にこの力が必要ならば、力を尽くします。」


ソンブラに微笑む。


「その中にはソンブラ、あなたももう居るんですよ。」


ソンブラは私を見つめたまま、その瞳にダイヤモンドのような涙を浮かべている。何て綺麗な涙だろう。ソンブラはハッとして涙を拭うと言う。


「勿体ないお言葉にございます。」


そして不意に私の目の前に立ち塞がる。足を止めるとソンブラが言う。


「あと半時ほど歩かねばなりません、リリー様、足を痛めておいでですね?」


足を痛めるというほどの事では無かった。ほんの少し歩き疲れていて、足の裏が痛む程度だ。


「大丈夫です、足の裏が少し痛いだけなので。」


言うとソンブラが微笑み言う。


「リリー様をお運びするお許しを頂けますか。」


少し困っていると背後でベルナルドが微笑んで言う。


「リリー様が足を痛めてしまうと私たちが殿下に叱られてしまいます。」


私は観念して言う。


「分かりました、ではお願いします。」


ソンブラは微笑み、私を抱き上げる。


「重くは無いですか?」


聞くとソンブラは笑う。


「全く、まるで羽根のようです。」


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