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第9話

テイラーが言う。


「私はしがない子爵家の三男です。昔は騎士になるべくして剣の訓練もしました。ですが、デザインの道を諦める事が出来なかったんです。両親は剣士の道を諦めて、俺にあの店を与えてくれたんです。でもそれが両親からの最後の支援でした。」


テイラーは俯いて言う。


「両親は亡くなり、家督は長男が継いでいます。俺にはあの店しか無かった…」


そんなに大事なものを失ったなんて…。心が痛む。


「コツコツやっても、俺のような大男が服を作っているのは滑稽だったのでしょう。奇異の目で見る者がほとんどでしたし。それでも服をデザインし、作っている時は全ての事を忘れられました。」


テイラーが顔を上げる。


「だから今はとても幸せです。作りたいものにだけ集中して良いなんて、本当に有り難いんです。」


傷付いた顔をしている、そう感じた。大事なお店、ご両親からの最後の…。どれ程、傷付いたのだろう。なのに幸せだと言うテイラーに心が痛んだ。


「身の回りの世話をする人がきっと必要ですね。」


言うとテイラーが少し困ったように笑う。


「そうかもしれません。」


私は微笑んで言う。


「フィリップ様に私からお願いしてみましょう。」



夕刻になり、夕食の時にフィリップ様に言う。


「テイラーさんに身の回りのお世話をする人が要ると思うんです。」


昼間にテイラーと話した事をフィリップ様に話しながら言う。フィリップ様は微笑んで頷く。


「なるほど。彼はきっと芸術家肌だから、寝食を忘れてしまうだろうね。」


セバスチャンが水を注いでくれる。それにお礼を言う。


「ありがとう、セバスチャン。」


セバスチャンは微笑んで頷く。


「テイラーには専属の侍女を付けよう。」


フィリップ様が微笑む。良かった。これであの散らかり放題のお部屋も少しは良くなるかしら、そう思っていると、フィリップ様がクスッと笑う。不思議に思ってフィリップ様を見る。


「リリーはいつも人の事に心を砕いているね。」


そう言われて思う。そうかもしれない。私自身の事は別にどうとでもなるとは思っている。あの不思議な力のお陰で体は丈夫だし、体力にも自信はある。


「ここへ来てから、君はいつも私の為にその力を使っているし、初めて君にお願いされたのも、テイラーに身の回りの世話をする者を付けて欲しい、だったし。」


フィリップ様は私を見て言う。


「君自身の願いは何かな。」


私自身の願い…そう問われても思い付かない。欲しい物も特に無いし、やりたい事も特に無い。私は私に出来る事を…そう思った時に不意に思い付く。


「テイラーさんの作る服が着たいです…」


言うとフィリップ様が微笑む。


「そうか、君にそれ程までに望まれている彼の才能には嫉妬してしまいそうだな。」



湯浴みをして、ベッドに入る。夕食の時にフィリップ様に言われた事を思い出す。私には特にやりたい事も無いし、欲しい物も無い。今、こうして温かくて柔らかいベッドで眠れている事自体、幸運だったと思っている。東部の領主であるフィリップ様にはどうしてあんな醜聞が広まっているのだろう。わざとそういう醜聞を流しているのだろうか。フィリップ様は王太子…その身分を隠されて療養していると言っていた。一国の王太子の体が弱いのは、おそらく弱点になるだろう。そのご身分故にお体が弱い事を知られては刺客も増えるのかもしれない。ここへ来てから数日、私には知り得ないことがまだまだある。それでもフィリップ様を癒せるのなら、私はフィリップ様のお役に立ちたい。



「殿下。」


寝室に現れる影。私のすぐ傍で跪く。


「ん、捕らえたか?」


聞くとソンブラが頷く。


「はい。」


上着を羽織る。


「今はどこに?」


ソンブラが言う。


「敷地内の北の地下牢です。」


歩き出すとソンブラが私のすぐ後ろに付く。


「お体は?」


聞かれて微笑む。


「大丈夫だ。」



地下牢に入るとそこには数人の輩と一緒にサマンサが居た。サマンサは鉄格子越しに私を見る。震えているようだ。


「ここへは何故連れて来られたのか、分かるな?」


言うとサマンサが項垂れる。サマンサの横に居た男の一人が口を開く。


「俺はただ、この女に樽を運ぶように言われただけだ!中身が何かは聞いてない!運んだのが油で、それに火をつけるだなんて!放火するなんて聞いてない!」


隣に居るサマンサの様子からして、この男の言っている事は真実だろう。首謀者はサマンサで間違い無い。何故そんな事をしたのか、なんて聞くに及ばない。


「放火は重大な罪だ。下手したら街全体が燃えていたかもしれないんだからな。」


私は溜息をついて言う。


「お前たちの身柄は明日の朝一番に裁判所に預けよう。法に則り、裁かれるべきだからな。」


その場を後にする。付いて来たソンブラに言う。


「明日の朝一番で連れて行け。」


ソンブラが頷く。


「御意。」



翌朝、朝早くから工事の音がしている。急ピッチで工房作りが進められているのだろう。


「リリー、ちょっと話せるかい?」


フィリップ様がお部屋に来る。


「もちろんです、どうぞ。」


フィリップ様はソファーに座ると言う。


「君も座って。」


フィリップ様が私に手を差し出す。フィリップ様の手に自分の手を乗せる。フィリップ様は私の手を取ると、引き寄せて自分の隣に私を座らせる。


「これからの事を話し合おうと思ってね。」


ソフィアがお茶をいれてくれる。


「これからの事…?」


聞くとフィリップ様が微笑む。


「うん。リリー、君からの治癒についてなんだけど。」


治癒について…。


「今までは私の具合が悪い時に君に治癒をお願いしていたけれど、それだと君の負担も大きくなるような気がしてね。」


ふわっと白い光が私の手から溢れ出し、フィリップ様の手に溶け込んで行く。


「だから日に三回、治癒をするっていうのはどうだろう。」


フィリップ様が私の手を離し、ソフィアのいれたお茶を飲む。


「なるべく決まった時間に、一定の時間だけ、君から治癒を受ける。そうすれば君も時間に余裕が出来て、君自身のやりたい事が出来るし、行きたい所にも行けるだろう?」


優しい微笑みと優しい提案に心が揺れる。


「君の治癒を受けてから、私はすごく調子が良いんだ。こんなに体が軽く感じるのは、生まれて初めてかもしれない。動き回るのは体力が回復してからになるけれど、東部に来てから、こんなに体調が良い日が続くのは初めてなんだ。」


とても明るい表情のフィリップ様を見ていると私も嬉しくなる。


「分かりました、では日に三回、治癒をしましょう。」


そこでふと不安になって言う。


「でもお体が辛い時には、それ以外でも呼んでください。」


フィリップ様が頷く。


「分かった、約束する。」


フィリップ様が私の手を取る。


「じゃあ、今日の一回目だ。」



「エリアンナ様、今日のお茶会のドレスもとても素敵ですわね。」


私が今、着ているのは流行りのデザイナーにデザインさせたドレス。


「そうでしょ?」


お茶を飲みながら周りに居る令嬢を見回す。私よりも目立つドレスの令嬢は居ない。


「お噂でお聞きしたのですけど、あの忌み子のリリー嬢が東部に嫁がれたそうですわね。」


令嬢たちのゴシップは出回るのが早い。私は笑う。


「そうなの、醜くブクブク太った中年の、余命僅かな東部の領主の元へ、ね。」


令嬢たちがクスクス笑う。


「自分が余命僅かだからという理由だけで、聖女であるエリアンナ様と婚約したいだなんて。」


身の程知らずにも程がある…そう思っても口にはしない。


「まぁそう仰らずに。この婚約は先代からの口約束でしたのよ?口約束と言えど違えてしまえば、モーリス家としても顔が立ちませんわ。」


お茶を一口飲む。


「エリアンナ様でしたら、もっと高位の方とのご縁もこれからありますものね。」


扇子で口元を隠してウフフと笑う。


「そういえば王太子殿下はまだ療養されているとか。」


この国の王太子殿下はお体が弱いと噂が出回っている。


「エリアンナ様なら癒して差し上げる事も出来ますでしょうに。」


そう言われて微笑む。微笑みながらも私は少し焦っていた。自分の中の神聖力が弱まっているのを感じているからだ。それでも癒せない訳では無かった。今はちょっと調子が悪いだけ…そう言い聞かせる。


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