聞くとテイラーは苦笑いしながら言う。
「とても楽しみになさっていたので。他にも色々と用意はしてあったんですけど、燃えてしまって…」
そう言って俯くテイラーに胸が締め付けられる。きっとテイラーにとってはどれも大事なものだったに違いない。私はフィリップ様を見る。フィリップ様は何も言わずとも、私が何をしようとしているか、察してくれていた。フィリップ様が頷く。私はテイラーに近付き、テイラーに触れる。怪我が、火傷が治りますように…そう願った。
白く淡い光が辺りを包む。必死で守る為に火の中へ飛び込んで火傷した部分が癒えて行く。これは、一体…。ズキズキ、ヒリヒリしていた痛みが無くなり、傷跡さえ消えて行く。
ー神聖力ー
不信心で物知らずな俺でも分かる。これは聖女の力だ。ふわっと白い光が爆ぜて収まる。目の前に居るお方は聖女なんだ。俺は慌ててひれ伏す。
「聖女様にとんだ失礼を。」
言うとリリー様が微笑む。
「治って良かったです。」
「事情を聞かせて欲しい。」
応接室に通される。殿下に言われて俺は話し出す。
「殿下にご依頼されてこの三日、ずっと工房で針仕事をしていました。殿下が手配してくださった針子の子たちも一緒に。」
目の前のテーブルに置かれた服を見る。
「この服が出来上がったのは昨日です。箱に入れて今日お持ちする約束だったので。針子の子たちを帰して一人で夜遅くまで他の服を作っていました。夜中に大きな物音がして、外を見に出たのです。」
これから言う事は大それた事だと分かっている。だからこそ、言うのが躊躇われた。
「何も心配しなくていい。言ってみろ。」
殿下に促されて言う。
「工房の裏に人が居ました。」
こんな事を言って信じて貰えるだろうか。
「誰が居たんだ?」
殿下に聞かれて言う。
「…サマンサ・カーターです。」
殿下が大きな溜息をつく。やはり信じては貰えないだろう。サマンサ・カーターは殿下のお気に入りのデザイナーだ。
「サマンサがそこで何をしていたか、分かるか?」
聞かれて俺は見たままを言う。
「サマンサ・カーターは俺の工房の裏手で何人かの人間とコソコソ話しをしていました。何を言っているかまでは分かりませんでしたが、大きな樽を何人かで運んでいるようでした。」
殿下が少し考えて言う。
「おそらく、引火性のものだな。」
リリー様は殿下の横に座って殿下を見上げている。この方が聖女様だなんて思いもしなかった。それでも治癒を受けた俺には見えるものがあった。リリー様の周りにはキラキラと金色の粒が舞っている。
「テイラー、悪い事をした。」
殿下が不意に頭を下げる。俺は慌てる。
「頭を上げてください、俺のような者に頭を下げないでください。」
殿下は頭を上げると言う。
「君の工房が焼けたのは私のせいだ。」
何を言っているのか分からなかった。
「決して殿下のせいでは…」
言いかけて思い至る。
「もしかして、サマンサ・カーターは殿下から解任された…?」
殿下が頷く。そうか、なるほど。それなら合点が行く。
「君の工房が店が焼けてしまって、行く宛てが無いなら、ここで君の才を発揮してはどうだろう。」
急な提案に驚く。
「ここ、と言いますと?」
聞くと殿下が微笑む。
「我が屋敷だよ。ここなら誰にも邪魔はされないし、燃やされる事も無い。店が欲しいなら街の一等地に店を開かせよう。店や工房が燃やされようとも、君自身が無事なら、その才はどこでも発揮出来るんだからな。」
殿下はとんでもない事を言っている。なのに全然、大それた事を言っているようには聞こえない。
「この御屋敷で、殿下のいらっしゃる御屋敷の敷地内に工房を持たせて貰えるという事ですか?」
聞くと殿下が頷く。
「そうだ。私としてもデザイナーが敷地内に居れば、わざわざ呼ぶ手間も省けるし、リリーも出来上がった服をすぐに手に入れられる。」
殿下はお隣に居るリリー様に微笑みかける。
「な?そうだろ?リリー。」
リリー様はキラキラと微笑んで頷く。
「はい、フィリップ様。」
なんというか…、これ程までに完璧な光景は見た事が無かった。頭の中で殿下とリリー様に似合う服のデザインが溢れ出して来る。
「身に余る光栄です。」
言いながら頭を下げる。
「セバスチャン、すぐにテイラーの工房を手配してくれ。」
執事のセバスチャンが頷く。
「かしこまりました、殿下。」
すごい事だ。俺は今から殿下お抱えのデザイナーなんだから。
「後の事は任せてくれ。君は君の仕事だけに集中してくれて構わない。」
人払いをして息をつく。
「ソンブラ、居るか。」
言うとソンブラが姿を現す。
「はい、殿下。」
ソンブラは私の影だ。動き回れない私の手足となって街や領土を見回ってくれている。
「話は聞いたな?」
言うとソンブラが頷く。
「はい。」
跪いているソンブラに言う。
「騎士たちを連れて捕らえて来い。一人残らず、だ。」
ソンブラは私の顔を見て言う。
「御意。」
その日の午後には敷地内で工事が始まった。テイラーの工房を作っているのだ。
「テイラーさんの居心地の良い場所が出来ると良いけれど。」
言うとソフィアが微笑む。
「リリー様は本当にお優しいですね。」
自分が優しいかどうかは分からない。でもあんなに素敵なデザインが出来るテイラーさんの事は尊敬している。寡黙だけれど、飾らずにきちんと物が言える人だと思う。
「工房が燃やされるなんて…」
言うとソフィアが言う。
「殿下のお抱えデザイナーになるという事は、東部で一番だという事です。そうなればお仕事の依頼は東部だけでは済まなくなります。大勢の貴族たちが殿下と同じデザイナーにデザインして欲しいと願うからです。今まではカーター女史がその立場に居ましたが、正直、殿下はカーター女史の事を好いてはおられませんでした。」
そこでソフィアが言い淀む。
「カーター女史のデザインは何と言うか、少し飾り過ぎというか。殿下の良さがデザインに生かされていないというか。作ってもすぐに新しいものを作りたがりますし。」
生けてある白百合を見る。
「それだけ殿下のご威光が強いという事…」
ソフィアが微笑む。
「そうです、殿下お抱えのデザイナーともあれば、平民であっても相手を選ぶ事も可能になりますし。」
ふと、疑問に思う。
「テイラーさんは平民なのでしょうか。」
ソフィアが考える。
「うーん、どうでしょうね、言葉遣いは少し無骨ですが、礼儀は弁えていらっしゃるようですので、最低限のマナーは身に付いているかと。」
ソフィアが微笑む。
「気になるようでしたら、直接、お聞きになってみては?」
テイラーの居る別館に来る。扉をノックする。
「あー、どうぞ。」
ソフィアと共に中に入る。中は既に色々な紙が散乱していた。それを拾い集めながらテイラーが言う。
「すみません、散らかっていて…」
足元にある紙を拾う。それには服のデザインが描かれている。
「先程のお二人を見ていて、デザインが浮かんで止まらなくて…」
描かれていたのはフィリップ様の平服だった。平服なのにフィリップ様の高貴さが分かる素晴らしいデザインだった。ソフィアがクスクス笑って言う。
「少し息抜きをされては?」
ソフィアがお茶をいれてくれる。
「お体は平気ですか?」
聞くとテイラーがはにかむように微笑む。
「はい、怪我は治りましたし、傷跡も無いです。聖女様に癒して頂いたので、活力も満ちています。」
聖女様と言われて私は少し胸がチクチクする。聖女なのは私では無く、私のお姉様だからだ。
「テイラーさんはいつからデザイナーを?」
聞くとテイラーが慌てて言う。
「テイラーとお呼びください。敬称など必要ありません。」
ソフィアのいれてくれたお茶を一口飲む。