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第7話

その男の人は恥ずかしそうに目を逸らす。


「皆、俺が作ったと言うと気味悪がって出て行く。」


そう言われて何だか少し可哀想になる。


「リリー、君はどう思う?」


私はその人の手を見る。大きな手。なのに働き者の手だった。


「私、この人に作って貰いたいです…」


言うとフィリップ様が微笑む。


「うん、そうだね。そうしよう。」


フィリップ様は人目に付かないように被っていたフードを下ろす。その人はフィリップ様を見て驚き、慌てて片膝を付くと言う。


「王国の星、フィリップ殿下にご挨拶申し上げます。」


フィリップ様は笑って言う。


「挨拶は良いから。名前を教えてくれるかい?」


その人は跪いたまま言う。


「テイラー・ゴーティエと申します。」


フィリップ様は微笑んで言う。


「テイラー、君に私の婚約者のドレスや平服をお願いしたい。」



すぐに採寸をされて、デザインの打ち合わせをする。テイラーは遠慮がちに私に提案をしてくれる。


「リリー様は細くて肌の色が白いので、何でも似合うと思います。俺としてはショーウィンドウに飾ってあるような淡い色を基調にして、アクセントとして強い色を入れる、そんなデザインが良いと思うのですが。」


サラッと大まかなデザインを描いて見せてくれる。何て素敵なデザインなんだろう。


「リリー、どうだい?」


フィリップ様に聞かれて私は頷く。


「素敵です、すごく素敵…」


フィリップ様は目を細めて言う。


「リリーが嬉しそうだと私も嬉しくなるな。」


テイラーが言う。


「舞踏会や夜会などでは敢えて強い色を着ると品格が高く見えます。濃紺や深い緑がお似合いだと思うのです。赤や紫など攻撃的な色はお似合いにはなりません。」


フィリップ様が腕を組む。


「うん、テイラーは見る目があるね。」


テイラーが恥ずかしそうに俯く。


「すぐにでも取り掛かって欲しい。人手が必要なら手配する。リリーに美しい服を着て欲しい。」


テイラーが頷く。


「はい、殿下。」


私はフィリップ様に提案する。


「フィリップ様のお洋服もテイラーさんにお願いしてはどうでしょう。」


フィリップ様が微笑む。


「うん、そうだね、リリーと揃いの服はさぞ美しいだろうな。」


そこで少し不安になる。


「テイラーさんの負担になるでしょうか…」


言うとテイラーが笑う。


「いや、確かに忙しくはなるけれど、それはとても嬉しい事です。」


そして一つ息をついて言う。


「ですが、やはり人手も場所も必要になるのは否めません。」


フィリップ様が微笑む。


「ならばそれはこちらで手配する。テイラーが遺憾無くその才を発揮出来る環境を整えよう。」


テイラーが頭を下げる。


「ありがとうございます。」



店を出る。最初の服は三日もあれば出来上がるという。楽しみになる。


「良かったですね、リリー様。」


ソフィアが嬉しそうに言う。


「でも私の一存で決めてしまって良かったのでしょうか。」


言うとフィリップ様が微笑む。


「君の一存が無ければ決められないんだよ。今日はリリーの為の外出だからね。」


そしてフィリップ様が少し考え込むように言う。


「それにしても、あの大男があんなに繊細なデザインを考えて、毎夜チクチクと針を使っているかと思うと何だか面白いね。」


その姿を想像すると確かにおかしいかもしれない。クスッと笑って言う。


「それでも自分の好きな事に一生懸命なのは素敵です。」


フィリップ様が微笑む。


「そうだね、テイラーには環境を整えてあげないといけないね。」



お体に障るといけないので、屋敷に帰る事にする。


「申し訳無いね、もう少しゆっくり出来たら良かったんだけど。」


馬車の中でフィリップ様が言う。私はフィリップ様に聞く。


「お隣に移動しても?」


フィリップ様が頷く。隣に移動してフィリップ様の手に触れる。淡い光がフィリップ様と私の手を包む。


「お顔の色が少し優れないように見えます。」


言うとフィリップ様は苦笑いする。


「リリーには隠せないね。」


あぁ、やっぱりご無理をなさっていたのだと思う。私の為に…。私はフィリップ様のお体が良くなるように願いを込めて手を包む。


「あぁ、やっぱりすごいな、リリーは。」


気付けば私とフィリップ様を白い光が包んでいる。



屋敷に戻る頃にはフィリップ様は調子を戻していた。部屋に戻るとソフィアとのお勉強がまた始まる。



殿下の御屋敷を出されて、私は街に戻って来ていた。自分のアトリエでウロウロしながら、考える。このままでは不味いわ。殿下のあの口調だと私はすぐに解任される。殿下の言う通り、私は殿下のお洋服をデザインしているデザイナーだからこそ、東部一という称号を得ている。殿下との繋がりが無くなれば、私など一介のデザイナーに過ぎない。大きくしてしまった工房のやりくりだって難しくなるだろう。それに殿下から見放されてしまえば、どこの貴族も相手にはしてくれなくなる。不味い、非常に不味いわ。殿下の婚約者を見た途端、私は思ったのだ。


こんなに貧相な方が本当に殿下の婚約者なのか、と。


殿下ならばもっと格式高く、品格の高いご令嬢とご婚約されると思っていたのに。亜麻色の髪に翠眼なのはとても素敵ではあったけれど、特筆するべきなのはそこだけだった。どこかの深窓のご令嬢という訳でも無かったし。


気分転換に街に出る。ふと、見慣れたフード姿。あれはフィリップ殿下では?殿下は婚約者と一緒に街の隅の小さな店に入って行く。あのお店には…確か…テイラー・ゴーティエが居る。大男なのにデザイナーをやっている、見栄えも悪い男。髪を伸ばしっ放しにして、その素顔を隠して、チマチマと服を作っている。ショーウィンドウに飾られているドレスだって、私がデザインしたものより貧相で貧乏臭い。高貴な方の着るドレスはもっとゴテゴテに飾らないと意味が無いのに。


もしかしてあの大男の作るものが気に入ったというの?!あの無骨な大男が殿下の目に留まったというの?!


店から殿下と婚約者、侍従と侍女が出て来る。皆、笑顔だ。これは間違いない。テイラー・ゴーティエが次のデザイナーなんだわ。どうしましょう。このまま指を咥えて見ている訳にはいかない。どうにかして殿下との繋がりを切らさないようにしなくては。



三日後、テイラーの作ってくれた服が出来上がる日。私は楽しみで仕方なかった。花を生けていると扉がノックされる。


「どうぞ。」


言うと扉を開けて入って来たのはセバスチャンだった。セバスチャンの顔色が悪い。


「どうかしましたか?」


聞くとセバスチャンが言う。


「リリー様、大変申し上げにくいのですが。」



急いでエントランスに向かう。エントランスには大勢の使用人たちが居た。その中にはフィリップ様も。


「どうされたのですか?」


聞きながらよく見れば、フィリップ様の傍らにはテイラーが居る。テイラーは腕に何かを抱えて倒れ込んでいる。よく見れば怪我をしていた。


「テイラーさん!」


駆け寄る。焦げた匂いがする。


「これは…一体…?」


聞くとフィリップ様が言う。


「テイラーの工房から火が出たそうだ。」


工房から火が出た…。テイラーは大事そうに抱えている何かを私に差し出す。


「これしか、持って来られませんでした…すみません…」


テイラーから渡されたのは潰れた箱。箱を開けるとそこには美しい平服が入っていた。淡い水色の素敵な服。


「もしかして服の為にこんな怪我を?」


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