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107話 美馬

その後は二人で美味しい朝食を堪能して中庭を散歩しながらくだらないおしゃべりに興じた。




二日後、思ったより早く退院の許可が下りだので俺たちはマンションに戻って来た。

どんなに居心地が良くてもご飯が美味しくてもやっぱり家には敵わない。


「あーただいま我が家。部屋に染みついた湯井沢の匂い最高!」


「気持ち悪いな」


「何とでも言えよ」


湯井沢の眉間の皺を無視して深呼吸する。本当に落ち着く匂いだ。


「そうだ湯井沢、頼まれてたキーシステムの交換終わったんだ。新しいカード渡しとくよ」


「ありがとう。暗証番号も?」


「うん、はちなな……」


「ストップ!」


「……ん?」


どうしたんだ?


その時、突然インターフォンが鳴った。湯井沢は来客が誰か分かっているようで急いで玄関に向かうと、二人の男と一緒にリビングに戻って来た。


俺が口を開こうとすると、湯井沢が唇に指を当てて静かにと合図する。

何が何だか分からないがひとまず黙っていた方がいいようだ。


そうしているうちに作業着を着た二人の男は一言も言葉を発さず家の中を変な機械片手にうろうろとし始める。

あ、これテレビで見たことある。確か盗聴器を探す……盗聴器?!まさか!?


固唾を飲んで見守っていると男の持っていた機械からピーと音が鳴り出した。


ええ?本当に見つかった?


男がテレビの裏を探ると見覚えのないコンセントが刺さっている。彼はそれをそっと外した。そして他の部屋も一通り調べてからようやくマスクを外して息をつく。


「すべての箇所の点検終わりました。盗聴器はリビングの一つだけでしたが、遠くまで電波を飛ばせるタイプでかなり高性能な機種です」


「盗聴器……。湯井沢知ってたのか?」


「いや、もしかしたらと思って念には念を入れただけ」


ここから得る情報でうちに忍び込んだのか?でも暗証番号なんて喋ったかな。


「最近業者なんかが家に入りましたか?」


「ああ、不動産の査定をしてもらいました。まさかあいつが?」


「可能性はありますね。警察に届けるならお手伝いしますのでお声掛けください」


そう言って二人の男は帰って行った。

それにしても盗聴器なんて考えたこともなかった……。


「これからどうする?不動産屋に行ってみるか?」


「いや……様子を見る」


「そんな呑気なことで大丈夫なのか?」


「うん、それより先に当麻さんの報告書を読まなきゃ」


湯井沢は自分の部屋からパソコンを持ち出して起動させた。


「見える?」


「ああ」


細かい情報がびっしり書き連ねられた報告書はものすごく当麻さんらしい。俺たちは目を皿のようにして上から順に読んでいった。


「……どう思う?」


「確かにタリウムの購入のことも書いてあるけどこれだけじゃなあ」


何枚もある写真の中の美恵子さんはしっかりメイクをして高そうなスーツを纏っている。人前に出るのだから当然かもしれないが、そこにあの日の優しい母親のイメージは微塵も感じられなかった。


「談合とか法律違反スレスレの地上げとかグレーな部分が多いんだよな。もっとしっかり黒じゃないと中途半端に警戒だけさせて余計に尻尾が掴めなくなる」


タリウムの件にしたって結局ペットボトルから指紋も出なかったし、放火の件も犯人と湯井沢家を結ぶものはないらしい。

あいつら思ったより知能犯だ。


「当麻さんが引き続き調べてくれるって言ってたから、しばらく様子を見よう」


「……うん」


もどかしいが仕方ない。それより楽しいことを考えないと精神的に参ってしまう。


「そうだ晩飯は外にしようか。表通りに新しい韓国料理の店が出来て美味しいって評判になってたぞ」


「ああ、いいね。辛いもの食べたい」


久しぶりに見る湯井沢の笑顔ですぐに外食は決まった。

そして実際に行ってみると、想像以上の本格的な美味しさで沈みがちだった気分も一気に盛り上がる。


「これは大当たりだな。そうだ、美馬にも差し入れてやろうぜ」


「あいつの家にこの近くだっけ?」


「ああ、頑張れば歩いて行ける距離だ。運動不足だしちょうどいいかも。すいません!持ち帰りでこのニ品お願いします!」


「……おいおい、家にいるかどうかも分からないのに」


「いるだろ。まだ外に出られないだろうし。もし出かけてたらドアノブにかけとくよ」


「まあいいけど」


湯井沢が心配そうなのでメッセージを入れてみたが既読がつかない。電話をしても出ることは無かった。


「むしろ倒れてたりしないよな?一人暮らしあるあるだろ?」


「どうかな。とりあえず行ってみよう」


出来立ての料理を手に二人で美馬のアパートを目指す。歩いていると早咲きの桜の木から花びらがふわりと飛んできた。


「もうすぐ春だなあ」


「早いな。そうだ、そろそろ笹野さんの結婚式じゃないか?」


「ああ、三月だな。新幹線と特急、それに在来線を乗り継いで行くなんてちょっとした小旅行だな。ホテルも取っとく?」


「それもいいな。三月だとカニは遅いか……」


湯井沢が久しぶりに食べ物の話をしているので俺は嬉しくなった。まだ薬は欠かせないけど少しずつ食べる量も戻って来たし。


「笹野さんのウェディングドレス綺麗だろうなあ」


「うん。楽しみだ」


元気にしてるだろうか。幸せにしてるかな?そう思うと憂鬱な日々も乗り切れる気がする。


「ここだよ」


「わあ。健斗が前に暮らしてたアパートよりなんて言うか年季が入っててその……アンティークだな」


「ボロいって言えよ。逆に失礼だろ」


「悪かった」


今にも踏み抜いてしまいそうな階段を上がり、所々板が剥がれたドアの前に辿り着く。あまりの古さに住人はほとんどおらず、大声を出しても大丈夫な所が気に入ってると言ってたっけ。


「美馬」


ノックをして呼びかけるが返事はない。

まさか本当に倒れてる?


「失礼します」


一応そう言いながらドアノブを回すと、ドアはあっさりと開く。……不用心だな!


「入るぞ……?美馬?」


そう言って足を踏み入れた俺は言葉を失った。


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