「防犯カメラを確認すればいいんじゃない?」
「ああ、じゃあ後輩の刑事に頼んでみるよ」
俺は叶さんの墓で会った東堂課長の友達の人の良さそうな刑事さんを思い出した。
……あの別荘地の警察署にいたおっさんとは大違いだ。それを思い出すとまたムカムカして来た。
「じゃあその件はこっちに任せてくれ。あと、当麻からの伝言だ。早く報告書を読んでくれって。それが身を守ることになるからって言ってた。じゃあ今日はこれで。また来るよ」
東堂課長がいなくなると湯井沢は俯いて何かを考えているようだった。声をかけても良いものか分からず、俺は黙って隣に座る。
「……僕のせいだな」
「なにが?」
「多分報告書をさっさと読んでおけば今回のことも自衛出来たんだ。それなのに変な意地張って……」
「そんなこと考えてたら治るもんも治らないぞ」
「……うん」
「そろそろ夕食の時間だけど食べられそうか?食べさせてやろうか?」
「……自分で食べる。健斗はもう帰って良いよ」
「は?帰んないよ。俺ここに住んでるもん」
「は?」
その会話が聞こえたのが、若い看護師がくすくすと笑いながら食事を運んで来てくれた。
「本当に仲良しですね。羨ましいです。すっごく心配して湯井沢さんが眠ってる間もずっと顔を見てましたもんね」
「……健斗きもいよ」
「ひど過ぎる」
「じゃあ夕食と薬を置いときますねー。これは毒素を吸着させて流す物なので必ず飲んでください。それからしっかり食べて水分取って代謝を上げると早く退院できますよ」
「ありがとうございます!」
良いこと聞いた。しっかり食べさせて治して早く家に連れて帰ろう。
湯井沢のいない家にはもう帰りたくない。それにいつまでここに一緒に居させてもらえるか分からないしな。
「ほら食えよ」
「食欲ないって……」
「お前今の話聞いてたか?!帰りたくないのか?!」
「……分かったよ。うるさいな」
いつもとはうってかわってチビチビ舐めるようにお粥を食べる湯井沢は、小動物みたいでそれはそれで可愛い。
「なあ健斗、次来る時に当麻さんの報告書持って来て。入院中暇だから読むわ」
「分かった。いや、お前やっぱり人の話聞いてないな。俺はここに住んでるから家には帰らないんだって」
「……病院に迷惑かけるなよ」
「かけてねーよ!東堂課長がいいって言ったんだよ!」
「……分かった分かった。じゃあ退院したら一緒に読もう」
「うん」
まったく。湯井沢は俺の愛を随分と軽く見てる。
離れたくないんだよ。離れるのが心配で仕方ないんだよ。
それくらい好きなんだって思い知って欲しい。
翌日、当麻さんが見舞いに来てくれた。相変わらず全身黒ずくめだし、目は前髪で隠れて顔も分からないし、驚くほどの不審者だ。
「防犯カメラを確認しました」
仕事が早いな!さすが当麻さん。
「ですが出入り口は死角になる場所を選んでいたようではっきりと認識できません」
「ドアの前はどうでした?」
セレブマンションは個人宅のすべてのドア前に防犯カメラが仕掛けられていると聞いたことがある。
「当日は何らかの不具合で動いてなかったようです」
「そんな不手際あるんだ」
「多分犯人が操作したんだと思います」
「用意周到なやつですね」
「はい、あと部屋にあった水のペットボトルからタリウムが出ました。急性タリウム中毒になるには十分な量でしたが、命を奪うほどのものではなかったようです」
それを聞いて湯井沢が顔色を悪くしている。可哀想に。
「なんか数日前から調子が悪いなあと思ってたんだ。吐き気もそうだけど凄く体が重くて気持ちもネガティブだった」
だからあんなにイライラしたり大泣きしたりしたのか。感情の抑制が効かない感じがしたんだよな。
「調査は続けますが有力な証拠に辿り着くのは少し時間がかかりそうです」
「大丈夫です。ありがとうございました」
俺は頭を下げた。……が、次に目線を上げた時にはすでに当麻さんは影も形もない。
先祖は忍者かな?
「健斗、一度実家に帰ってみるよ」
「は?!危ないだろ!命を狙われたんだぞ?やめとけ」
「でもこのままビクビクしながら生きるのは嫌だ」
それは分かる。分かるけどまだ俺たちは彼らと戦う武器を持ってない。丸腰で行ったらあっという間に戦死だ。
「もう少し情報を集めよう。せめて対等に取引できるくらいのネタは必要だろ」
「……確かにな」
「体が弱ってる時はいい考えなんて浮かばないんだ。今日はもう寝ようぜ」
「うん、……ところで健斗はどこに寝てんの?」
「俺はソファーで寝てる」
そう言ってベッドの前に置いてあるソファーを指差す。VIP用の個室らしく部屋は広いしテーブルに椅子もある。昔住んでた俺のアパートよりずっと広くて快適だ。
「……風邪引くぞ」
「館内完全冷暖房完備だから大丈夫」
「……でも寒いだろ。ベッド広いし一緒に寝ればいいだろ。家でだって一緒に寝てるんだから……」
もごもごと早口で喋る時は照れてるのだ。ここで何か言うとまた怒らせてしまうので、俺は何も言わずに湯井沢の隣に体を滑り込ませた。
「おやすみ湯井沢」
「うん、おやすみ健斗」
驚くほど静かで快適な部屋に二人で横になって目を閉じる。
白い天井はいい思い出がないので横を向くと湯井沢の綺麗な横顔が見えた。
……本当に湯井沢の実家の仕業なんだろうか。父親は何をしてるんだ?血を分けた息子のはずなのに。
とりあえず家に戻ったら鍵を付け替えて暗証番号も再設定だ。
それからセキュリティ会社も契約をしよう。
二度とこんな目に遭わせないからな。そう考えながら寝息を立て始めた湯井沢を見ていた。