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104話 一体誰が

「ひろくん話は後だ。先に尿検査したいから看護師さんについて行ってくれる?」


「まあいいけど」


腑に落ちない顔で湯井沢が姿を消したあと、東堂課長が俺の方に向き直った。


「健斗くん、湯井沢家の人間がタリウムを購入したらしい」


「タリウム?」


「ああ、電子部品や工学ガラスの生成に使われる物で、以前はよく殺鼠剤に使用されていた無味無臭の毒に近い物だ


「毒に近い?!」


「湯井沢家の事業でそんな物は使わない。これは意図的にひろくんに飲ませるために購入したんだと思う」


「……まさか。そんな……」


殺鼠剤って……生き物を殺す薬だよな?それなら人間だって……。


「湯井沢が……」


「まだ可能性だ。けれど体内に入ると有毒で量によっては死に至る」


「そんな!!いつの間に?!」


「無味無臭って言っただろ?だから何にでも混ぜられるんだ。取り越し苦労かもしれないが、取り敢えず検査をさせてくれ」


「お……お願いします!!あの、もしそうなら……治るんですよね?!」


「ああ、全力を尽くす」


「え……」


呆然とする俺を置いて東堂課長と医師は足早に去ってしまった。俺は看護師に案内された部屋で魂が抜けたように座り込んでいた。


一体いつ?誰が?


湯井沢の家の人間とは正月以来会ってない。あの時の料理だとしても湯井沢は一口も手をつけなかった。むしろ一口とは言え食べたのは俺なんだ。


それなのにどうして……。





どのくらい時間が経っただろう。

広い部屋でたった一人待っていた俺は、生きた心地がしなかった。

病院に着いた時はまだ夜だったのに今ではすっかり窓の外に朝焼けが広がっている。


……無事でいて欲しい。湯井沢に何かあったら俺も生きていられない……。


嫌な想像はリアルに脳裏を駆け巡り、俺を苛んだ。当たり前にこれからもずっと、湯井沢と一緒に生きていくと信じて疑わなかったのだ。


それなのに……


「健斗くん?」


ドアを開け、東堂課長が現れる。


「…………」


湯井沢は?

そう聞きたいのに言葉が口から出て来ない。怖くて動くことも出来ない。


俺は、ただ黙って東堂課長をじっと見つめた。


「……やっぱりタリウム中毒だった。かなりの量を摂取してる」


「……湯井沢は……?」


「胃を洗浄して薬を投与してる。今は意識がない状態だ」


意識がない?

どうして?


「東堂課長……助かりますよね」


「ああ勿論だ。うちは最高の病院だぞ。それは健斗くんが一番知ってると思うけど」


少し厳しかった顔つきが柔らかくなった。そうだ、俺はここで命をつないで貰ったんだ。


「そうでした。信じます」


「ああ、ただしばらく入院が必要になるんだ。今日は一旦帰ってひろくんの着替えやらタオルなんかの必要な物を持って来てくれるか?」


「……帰りたくありません」


「仕方ないなー。荷物持って来てくれたら今夜はひろくんの病室に泊まってもいいよ。ここから出勤するといい。車もそのまま貸しておくから行き帰りに使っていいよ」


「ありがとうございます。今は湯井沢に会えますか?」


「まだ処置が終わったばかりだから無理だな。戻って来る頃には会えるようにしておくよ」


「分かりました!」


俺は急いで家まで戻った。そしてボストンバックを探して手当たり次第使いそうな物を詰め込む。


大きなカバンを持って部屋をぐるりと見渡し、忘れ物がないか確認していると、以前湯井沢が誘拐されてこの部屋にいなかった日のことを思い出す。


……本当にあいつ家主のくせにすぐいなくなるんだから。


けれど今回はいつでも会える。ずっと側にいられる。


早く目を覚ましますように。


心の中でそう祈って再び車で病院に向かった。






「ここ……どこ?」


湯井沢の目覚めの第一声。俺はびっくりしすぎてお湯の入った洗面器を床にぶちまけてしまった。


「目が覚めたのか!俺がわかるか?!」


「……耳元でうるさい……」


「ごめん!」


口を押さえながらナースコールを押すと数人の看護師が色々な検査機器を持って部屋に駆け込んで来た。

外に出てくださいと言われ、仕方なく廊下に出た俺は、床を水浸しにしてしまったことをナースセンターにいた掃除のおじさんに謝った。


……個室だったから他の人に迷惑をかけずに済んでよかった。


その後もしばらく部屋に入れてもらえなかった俺は、病室の前の廊下を行ったり来たりしていた。動物園のクマみたいだと若い看護師に笑われたが、正直それどころではない。

薬のせいとは言え二日も目を覚まさなかったのだ。

心配ないと言われても生きた心地がしなかった。


「沢渡さんどうぞ中へ」


「!!ありがとうございます!」


「あっ!廊下は走らないでください!」


「すみません!」


怒られながらも部屋に走り込んで湯井沢のベッドに近づいた。彼は体を起こして俺を見つめ返す。


「湯井沢……」


「おはよう」


「うわあああああん!!」


「……うるさい」


このくらい許して欲しい。どれだけこの時を待っていたのか湯井沢は分かってないのだ。


「寝過ぎて腰も背中もバキバキなんだけど。僕に何があったの?」


「カリウム?カルシウム?とかの中毒で意識がなかったんだよ!お腹痛いのとか吐き気とか治ってるか?」


「あ、そう言えば……。でも喉が痛い」


「喉?」


「それは胃の洗浄をしたからだよ」


看護師から知らせを受けたのが、東堂課長が病室に入って来た。


「健斗くんカルシウムじゃなくてタリウム中毒ね。ひろくん食欲はある?」


「うーーーん。流石に食欲はあまりない。それよりタリウム中毒ってなに?」


湯井沢の質問に東堂課長は丁寧に答えてくれた。タリウムはミネラルウォーターや野菜にも微量に含まれていて、薬に使うこともある物質だが、大量に摂取すると命に関わるらしい。


「どこかであんまり知らない人からもらった水とか飲んでない?」


「子供じゃないんだから知らない人から物を貰うことはない。水もうちにある水しか……あっ」


「どうした?」


「数日前に飲んだ水のペットボトルの蓋が開いてたんだよね。健斗の飲みかけかなと思ってあんまり気にせず飲み続けてたんだけど。……それに金曜の夜、家に帰った時に違和感があった。部屋に知らない人がいたみたいな……違う人の匂いがした」


「……誰かが家に忍び込んだってことか?」


「でもどうやって?」


地元でも有名なセレブのタワーマンションだ。そう簡単に忍び込めるものではない。


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