「じゃあ早速今夜にでも連絡入れてみます」
「ああ、頼んだよ」
「……先戻ってる」
湯井沢は少し乱暴に食器の乗ったトレーを持ち上げると一人で返却口に向かって行った。
やばい。すごく機嫌を損ねている!
慌てて俺も後を追うが湯井沢は後ろを振り向きもせず行ってしまった。
……まあセンシティブな問題だもんなあ。口を挟まなければよかった。
部署に戻ってからも湯井沢はパソコンに向かってガツガツと仕事をしていて、声をかける隙なんてまるでない。
あんな湯井沢初めて見た。それほどに言われたくない事だったんだろう。
(ほんと俺ってデリカシーないな)
心の中で大反省会をするが、湯井沢に話しかける勇気は出なかった。
「お疲れ様」
……あ、もう定時か!
いつの間にか時計は五時を差している。いつも一緒に帰るのに一人でさっさと部屋を出ていく湯井沢に俺は胸がぎゅっとなった。
「叶さん……湯井沢はもう俺の顔なんて見たくないのかな」
そう呟いた途端に携帯から着信を知らせる音が鳴った。
湯井沢か?!
急いで取り出すが、そこに表示されていた名前は望んでいた人の物ではない。
「……なにか用か?美馬」
『えっ?!声冷たすぎない?』
そう言えば俺は美馬に励ましの連絡を入れようとしてたんだった。それなのにこんな塩対応ダメだろ。こんな事じゃ余計に湯井沢に嫌われる。
「ごめん、まあ色々あって。どうかしたのか?」
『いや何だか人の声が聞きたくなってさ。テレビも携帯も全部見るのやめたから孤独感がすごいわ』
……そうか、見たくない情報まで入ってくるもんな。美馬は美馬で俺が思ってるよりダメージを受けているのかもしれない。
「飯食った?今仕事終わったからなんか届けようか?」
『まじで?会えんの嬉しい』
俺はふっと笑った。こいつからそんな言葉を聞くなんて。
「じゃあこれから向かう」
『ああ待ってる』
通話を切り俺も帰り支度をして会社を出た。
「……なんで一人なんだよ」
ああよかった。やっぱり美馬は美馬だった。
「湯井沢が一緒じゃなくて悪かったな」
「本当だよ。こんな状況だしせめて目の保養をしたかったのに」
「鏡見とけよ」
「まあ俺は確かにイケメンだけどな」
無精髭を剃り髪を整えた美馬はこけた頬だけそのままに甘めのワイルドフェイスで不敵に笑う。
「お前たちが一緒じゃないなんてなんかあった?あ、もしかして別れた?」
「そんなわけあるか……と、言いたいとこだけど」
俺は大きくため息をつく。
「え?冗談だよな?」
さっきまでの人を揶揄うような顔を一変させ俺に真顔になる美馬は、やっぱり根はいい奴なんだろう。
何だか泣きそうになって慌てて頭を振った。
「別れたわけじゃないけど俺が馬鹿で無神経だから湯井沢を怒らせた」
「あーデリカシーとかなさそうだもんな」
「……ぐっ……」
「話してみ?今すごく退屈だからご飯のお供に聞いてやる」
美馬は俺が持ってきた数々の惣菜を片っ端から開けながらワクワクした顔で箸を持った。
……いや、やっぱりこいつはいい奴なんかじゃない!!
惣菜をつまみその合間にひたすら喋って、気付いた時には俺の気持ちは随分と楽になっていた。
「口に出すって大事だなあ。例えお前が相手でも」
「失礼だな!こんなに惚気を聞いてやったのに!」
「惚気?そう聞こえたならお前は耳も悪い」
「耳もって何だよ。俺に悪いところはない」
ああ、俺もこれくらい自分に自信が持てたらなあ……。
「甘えてんだよ。湯井沢はお前に」
「……甘えてる?愛想尽かされた訳じゃなく?」
「甘えてんの。お前なら受け止めてくれるって信じてるから我儘言ってんだよ。羨ましい」
「……わがまま。そうか、あれは我儘なのか。え?愛しくない?」
「うっさいな」
そうか、そうだったのか。その考えはなかった。
「俺帰るわ」
俺は急いで上着を手に取った。考えてみたら寄り道するって連絡も入れてない。心配してるかもしれない」
「えっ?帰んのかよ。こんな時間だから泊まっていくと思ってた。明日土曜なんだからいいだろ」
「え……」
美馬は寂しそうに肩を落としている。……こんなのずるいだろ。
「……分かった。湯井沢には連絡しとく」
「やった!今日読んだ本の話をしたかったんだ」
……それはちょっと嫌かな。けど美馬の気持ちも分かる。一人でずっと閉じこもってたら嫌にもなるよなあ。
「じゃあ本の話の前に一緒にポテトチップス作ろうぜ」
「は?なに?」
「田舎から送られて来たジャガイモが山ほどあってさ、俺がスライスするから健斗は揚げてくれ」
「ええっ?!そんなことした事ない」
「夜通し話すならポテチは必須だろ。始めんぞ」
「ちょっと待て!油に火をつけんの早い!」
俺は急いで湯井沢にメールを打ってから、美馬の側でじゃがいもと格闘を始めた。