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100話 湯井沢の気持ち

マンションに帰り着いた湯井沢は、早速たくさんの食材をどんどん料理に変えていった。この手際の良さは本当に称賛に値する。


「出来た料理から持っていって」


「はい!」


「あ、美馬はゆっくりしてろよ」


「いいんだ。なんだか新婚夫婦みたいで嬉しい」


ニコニコしてそんなふざけた事を言う美馬を俺は呆れた顔で見遣った。


はあ?何言ってんだ新婚夫婦は俺たちだろ。心配して損したんだが?


「健斗はテレビでも見てたら?」


くそっ!これじゃ友達夫婦の家に遊びに来た脇役じゃないか。そう思いながらも言われた通りテレビをつけてみる。何が見たいというわけでもないので適当にニュースチャンネルにして、出来た料理をつまみ食いしていた。

けれどそこにこのタイミングで美馬の話題が上がったのだ。


まずい!


急いでリモコンを掴んだ俺の手を、美馬はそっと止めた。そしてじっとテレビに映る自分の写真を見ている。

ニュースでは早速美馬が保釈されたことを話していて、まだ犯人かどうかは分からず、本人は否定していると放送していた。街頭インタビューでもそんな人だと思わなかっただの、好きだったのに裏切られただの軽薄な言葉が続いている。美馬はただ黙ってそれを見ていた。


「……美馬」


心配になって声をかけるが返事はない。背中を向けているので表情は分からないが、どれほど傷ついているだろうか。


「沢渡」


「な、なんだ?」


「あの写真イマイチじゃないか?」


「あ?」


「あれ昔のやつなんだよ。どうせなら最近新しくした方を使って欲しかった」


「……うん」


メンタルおばけなのは分かってたはずなのに同情しちゃって悔しい!

俺は返事することを放棄してつまみ食いを再開した。


「健斗、料理が無くなっちゃうだろ」


「ごめんなさい」


ほらもう。湯井沢に怒られたじゃないか。なんで笑ってるんだよ。美馬のやつムカつくな。


「湯井沢って本当に料理が上手だな!」


「喜んで貰えて嬉しいよ。これで終わりだから座って食べ始めてて」


「ありがとう!いただきます!」


美馬は大きな口を開けて片っ端から料理を平らげていく。そんな大食いのイメージなかったけどロクなもん食べてなかったのかな。


「風呂もお湯張ってるから食べ終わったら入って。布団も用意しとく」


「いや、そこまでは……」


「いいんだよ。ゆっくりしてくれ」


「そうだぞ。湯井沢がいいって言ってんだから美馬らしくない遠慮なんかするなよ」


「美馬らしくないは余計だ」


悪態を返しながらも美馬は小さな声でありがとうと呟く。怒るかと思ってたのにとんだ拍子抜けだ。

そうやってわいわいと賑やかに夜は更け、俺たち三人はいつの間にかリビングで眠りこんでしまっていた。


翌朝、早朝に帰ると言う美馬を見送って、俺たちは通常通り会社に向かった。美馬には何かあれば連絡を寄越せと伝えておいたが、何もないところを見ると無事に帰り着いたんだろう。こう言っては失礼だけど、パパラッチに張り付かれるほどの売れっ子ではないのが功を奏したのだろうか。


「美馬の無実が証明されたら会社を解雇された件も撤回出来るかな。こんな形で懲戒解雇されたとかあいつが可哀想すぎる」


社食で唐揚げ定食を食べながらふと沸いた疑問を湯井沢に投げてみる。


「どうだろう。世間を騒がせたことに違いはないから撤回までは難しいかもね。でも裁判を起こせば勝てると思うよ」


「裁判か。美馬はそこまで望んでないだろうな」


……そうか、そうだよな。

まあ、俳優業を優先するために会社を休みがちだったわけだしこの件は問題ないのかも?

でも今回のことでスカウトが白紙になったりしないよな?


「お疲れ様、本当に仲がいいね」


そこに笑顔の東堂課長がトレーに蕎麦を乗せてやって来た。


「美馬は大丈夫そうだった?」


「はい。テレビで何やら批判されてましたけど使われてる写真が古いって不満そうでした」


「美馬くんらしいな」


うずらの卵を蕎麦つゆに割り入れている東堂課長も昨日よりは元気そうだ。


「ひろくん、当麻の報告書読んだ?」


「……少しだけ」


俺はその答えに驚いて湯井沢を見た。どんな仕事も手早くこなす湯井沢らしくない。

やはり思うところがあるんだろうか?


「湯井沢、俺が代わりに……」


「いや、いい。ちゃんと読む。自分で解決したい」


「それは理解してるけど俺だって少しくらい協力したいんだよ」


「いいって言ってるだろ!」


周りを慮ってはいるが、聞いたことのない湯井沢の物言いに俺は驚いて口を閉じた。


「まあまあ美馬の事が片付いてからでもいいんじゃない?どっちもなんて疲れちゃうでしょ」


「た、確かにそうですね、それがいいと思います」


東堂課長の助け舟に俺は慌てて同意する。確かに俺が口を出すべきじゃないし、湯井沢を頑なにさせたところでいい事はない。


「まあ美馬の件は急ぎ対応してるからもうちょっと待ってて。美馬にもそう言ってあるから。……あと健斗くんに一つ頼みがあるんだけどいいかな?」


「何ですか?」


「閉じこもりきりの美馬が塞ぎ込まないように、たまに連絡でも入れてあげて欲しいんだ」


「はい、分かりました」


「この機会に人生に深みを持たせたいから本が欲しいって言うんで大量に届けたんだけど、あんまり内に籠るのも良くないからね。でも家の前にはファンみたいな人たちが待ち伏せしてるようだから気をつけて」


「任せてください」


……待ち伏せって……。

励ましの言葉を伝えたい気持ちは分かるけど今はそっとしておくのがファンじゃないのか。


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