「……疑いはちゃんと晴らせるよう頑張るからな」
俺の言葉に美馬は「まあ人の噂も七十五日って言うしな」と苦笑いをする。
そうだ、ただ冤罪を晴らすだけじゃ駄目なんだ。美馬は人気商売だ。それもこれから売り出そうという立場の。
「今回のことは実家が絡んでる。僕も全力でフォローするし犯人もこのまま逃したりしない。例えそれがうちの家族でも」
「……湯井沢、危ないことはするなよ。あの人たちは手段を選ばない」
「分かってる。まずはあいつらが何をして来たのか当麻さんに貰った証拠を確認してからだ」
「うん」
そこに東堂課長が「おまたせ~」と気の抜けた様子で戻って来た。
後ろに愛想笑いの上手な署長を従えて。
「あれどうしたの?みんな暗い顔して」
「そんなことないですよ」
俺が慌ててそう言うと湯井沢と美馬が揃ってうなずいた。
「そう?なんか誰かに嫌な気持ちにさせられたとか?」
東堂課長の後ろの署長がビクリと肩を震わせて冷や汗をかいていた。ああ……心当たりあるんだな。
「さあさあ早く帰って体を休めてください。提出いただいた書類はこちらで確認の上、ご連絡させていただきますので」
「そうですね。最優先事項でお願いします」
「勿論です!」
あのガラの悪い担当刑事が戻って来るのを恐れるかのように、署長はグイグイと俺達を署の外に追いやろうとしている。あの男は内部でも問題児なんだろうな。
「美馬、三列シートだから一番うしろに乗れよ。横になって寝てろ」
俺は運転席に乗り込んで後ろのドアを開けた。偉そうに言ってるがもちろんこれは東堂課長の車だ。
真ん中の席に東堂課長が乗り込み、助手席には愛しい湯井沢が座る。
「湯井沢は俺の助手だからな」
にこにことそう問いかけるが湯井沢は呆れたような顔で無視をした。でもそんなクールなとこも可愛いんだよなあ。……あ、そうだ。行き先どうしよう。
「東堂課長、美馬が湯井沢の手料理食べたいって言うんでうちに来るんですけど課長はどうしますか?」
「ああ、俺は今日は帰るよ。家まで送ってくれる?車はそのまま乗って帰っていいよ。あのマンション長時間停められる駐車場あったよね」
「はい。来客用の駐車場があります」
「じゃあ置いといて。また引き取りに行くよ」
「分かりました。じゃあ着いたら声かけるんで寝ててください」
「助かるよ」
そう言うと東堂課長は早速シートを倒して目を閉じた。疲れてたんだなあ。美馬もシートに横になるなり早速寝息を立てている。
俺は出来るだけ静かに車を発進させた。
高速道路は混雑もなく順調に進んでいる。天気もいいしドライブ日和だ、なんて思いながらちらりと横を見ると湯井沢は黙って窓の外を見ていた。
「寝てていいよ」
「眠くない」
「そうか」
車内では二人分の規則正しい寝息が聞こえている。俺は小さな声で湯井沢に話しかけた。
「これからのことだけど、もし美馬のために何かしようと思ってるなら俺にも手伝わせて」
東堂課長のように大した事は出来ないけども……。
「うん、必ず言う」
「ありがとう」
それにしても東堂家って凄いよなあ。警察官も俺たちに対する態度とは明らかに違ったもんな。今回の事だって東堂課長がいてくれたから事が早く進んだんだろう。
……けれど湯井沢にも東堂家の血は流れてる。もしこの先湯井沢が東堂家と親しく付き合うようになったら俺みたいな庶民は湯井沢と釣り合わないんじゃないだろうか。
そう思った途端になんとも寂しい気持ちになった。
「……なあ湯井沢。もし東堂家と親しく付き合うことになっても俺のこと捨てないでくれるか?」
「はあ?何言ってんだ。馬鹿じゃねーの?」
「……そうかも」
でも身分が違うなんて言われて捨てられたら死んじゃうかもしれん。
俺はしょんぼりしながら運転を続けた。
「違うだろ」
「……?なにが?」
小さな呟きが聞こえたのでチラリと湯井沢を見ると、赤い顔をして俺を睨んでいる。
あ、これ照れてる時の顔だ。
「もう俺は沢渡家の人間じゃないのかよ」
「え?!マジで言ってる?可愛過ぎるんだけど。うわ!感動した。このままラブホに入っていい?」
「は?!馬鹿か!僕たちだけじゃないんだぞ」
「二人ならいいのか?よーし車買おう」
「ばっ!!!」
「大声出したら二人が起きちゃうよ?」
「お前……」
「ふふっ」
俺は幸せを噛み締めながら湯井沢と共にしばしのドライブを楽しんだ。
東堂課長を自宅で下ろしてから俺たち三人は近くのスーパーに寄り買い物をした。目を覚ました美馬が一緒に行きたいと言ったが、誰に見られるか分からないのでそのまま車で待ってもらうことにする。
警察で冤罪が証明されても世間的にまだまだ騒ぎは収まらないだろう。可哀想だがしばらくは家にこもっている方がいいかもしれない。
そんな美馬の気持ちを慮って湯井沢は夕食の食材以外にも、お菓子やデザートをどんどんカゴに入れている。子供じゃないんだからいかがなものかと思うが、出来る事が少ない今は何でもやってあげたいと言う気持ちは理解できる。