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98話 保釈

週末を待って俺たちは再び別荘地の警察署に出向いた。

美馬の保釈が決まったのだ。


だがあくまで保釈。当麻さんの集めてくれたデータは既に警察に提出済だが、受理されただけでまだ中身は精査されていないらしい。

そんなのを待ってたら美馬が可哀想だということで弁護士を通じて保釈金を積み、手続きを踏む流れとなったのだ。

今回も東堂課長が同行を申し出てくれたので、仲良く三人で待合のベンチ椅子に座っている。

しばらくすると刑事に連れられて美馬が姿を現した。


「美馬!」


「湯井沢さん!」


……え?お前の名前を呼んだのは俺なんだけど??


「美馬、大丈夫だったか?」


「ああ!もの凄く元気だ。なんたって湯井沢の顔を見られたからな!」


相変わらずの減らず口を叩きながら歩いてくる美馬だが、その頬はげっそりと削られ無精髭も相まってすっかり人相が変わっていた。

だが腹の立つことに彼の美貌は健在だ。爽やかイケメンがワイルドイケメンにジョブチェンジしている。


「大丈夫か?お腹空いてないか?ご飯行く?コンビニでおにぎりとかでもいいぞ?」


さすが湯井沢。

まず気になるのはご飯なんだ。


「まるで母親……」


「健斗?なんか言った?」


「いや、何も」


「じゃあ俺は手続き書類渡してくるよ。ちょっと待ってて」


東堂課長はそう言って奥まった部屋に行ってしまった。

俺たちと並んでベンチ椅子にドサリと腰掛けた美馬は眠れなかったのか目の下に濃いクマを作っている。


「なかなか来られなくてごめんな。風邪とかひいてない?」


「ああ、大丈夫。いい経験になった。今後の役者人生できっと役に立つ。いや、役に立たせなきゃ勿体ない」


「……そうか。なによりだ」


たくましい。そうだ忘れてたけど例の痔の薬のコマーシャルだって黒歴史になってもおかしくない内容だったのにむしろ稼げたって喜んでたもんな。それくらいじゃないと役者なんて出来ないのかもしれない。


「帰りなんか美味いもんでも食べて帰ろうな。食べたいものある?僕が作ろうか」


あっ湯井沢、それはやり過ぎだ。ほら美馬が頬染めて目を輝かせてるじゃないか。


「じゃあ……味噌汁。具だくさんのやつ。それと白米と漬物」


「ええ?そんなのでいいの?」


湯井沢は面食らった顔で美馬を見つめるが、当の本人はひどく嬉しそうに返事を待っている。


「分かった。じゃあ帰りに材料買うよ。うちで作るからおいでよ」


「ありがとう!ああ留置所生活が報われた~!」


そんなことで報われるのか……いや待てよ。湯井沢の手料理だ。そんな事じゃない。むしろご褒美の方が大きいじゃないか。


「いいよな?健斗?」


「あ?ああ、もちろん」


不満が顔に出ていたのだろうか。俺は慌てて笑顔で返事をした。


でも確かに俺達と関わったからこんな目にあったんだろうし、それくらいはしないとバチが当たるよな。

そんなことを考えていると向こうからドスドスと足音を立てて一人の男がこちらに向かって歩いて来た。

あれは前回感じの悪かった担当刑事だ。


「いい気なもんだな」


「え?」


美馬の前に腕を組んで仁王立ちになりそんな言葉を吐く男。どこから見ても美馬を犯人だと思っている様子がひしひしと伝わってくる。


「あくまで保釈だからな。無罪だと思うなよ。反省しながら出頭命令を待ってろ」


「俺は何もしていない」


負けじと椅子に座ったまま睨み上げる美馬を刑事はふんと鼻で笑った。


「あの…」


「なんだお前、また来たのか」


まるで共犯だと言わんばかりに俺を見る刑事は不遜な態度のまま今にもツバでも吐きそうな顔だ。


「美馬が犯人じゃない証拠を弁護士から提出してます。見てないんですか?」


「俺はそんな暇じゃないんだ。あれだけ防犯カメラにしっかり映ってても言い逃れするなんて信じられん。どんだけ面の皮が厚いんだ」


「……俺、警察官はヒーローだと思ってました」


「はあ?」


「本当です。こいつはいい年してつい最近まで真顔でそう言ってました」


横から湯井沢が合いの手を入れる。なんかそう言われると恥ずかしいんだが、確かにずっとそう信じて生きてきたんだ。


「弱きを助け強きをくじく。それが警察官だと思ってたんです」


「そのとおりだろうが。何が言いたいんだよ」


俺は刑事の目を見て続ける。


「でもあなたは目の前のわかりやすい証拠に惑わされて被疑者を見てない。ちゃんとその声を、言葉を聞いてないですよね」


「は?そんなのいちいち聞いてたらなにも進まないだろうが!悪人はみんな嘘をつくんだよ!」


「……じゃあ一つだけ約束してください」


「なんだよ、うるさいな」


「もし冤罪ならちゃんと美馬に謝ってください」


「そんなことしてたら仕事が進まねえわ!馬鹿馬鹿しい」


刑事はそう言い捨てて来た時と同じようにドスドスと去っていく。

なんだか俺は腹が立つより寂しい気持ちでその後姿を見送った。


「……ありがとな沢渡」


美馬が珍しく神妙な顔で俺に礼言うので何だか背中がむず痒くなった。ここにいる間、ずっとあんな風な態度を取られてきたんだろう。さっきのは湯井沢を心配させまいとしてのカラ元気だったんじゃないだろうかと思うと切なくなった。


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