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97話 決別

「ああ、大丈夫。自力でこっちに向かってるって」


「ああ」


あの人なら富士山の頂上でも呼べば普通に来そう。


「……帰ろっか」


ようやく湯井沢が腰を上げたので三人で車に乗り来た道を戻ることにした。

まだ焦げた匂いがそこかしこから漂ってきて、ほんのりと熱気も残っている。

ここでクリスマスを過ごしたことが夢だったんじゃないかと思うくらい酷い有様だった。


「東堂課長、美馬には会えましたか?」


「ああ。でもやってないって。こんなとこに来るの初めてだって言ってた」


「え?どう言うことですか?」


確かに防犯カメラには美馬の姿がしっかり映ってた。他人の空似という言い訳も通用しないくらいどう見ても本人だったのに?


「だがアリバイがないんだよな。一人で部屋にこもって台本の読み込みしてたらしくてそれを証言してくれる人がいない」


「……東堂課長はその言葉を信じますか?」


「うーん、そうだね。信じてるかな。美馬くんはそんな無駄な嘘つくような子じゃないと思うんだ」


「そうですよね。脅されたとかならともかく、ここに来たこともないっていうのは無理がありますもんね」


「別荘の近くで歩いてる美馬を見たって目撃者もいるんだけど一体どういうカラクリかねえ」


カラクリか……。


後ろの座席で横になっている湯井沢はぐっすり眠っていて一向に目覚めない。その寝顔に安心して俺はあくびを噛み殺す。


「健斗くんも寝てていいよ。明日も仕事だし」


「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えます」


シートを少し倒すと窓から漆黒の闇空と明るく輝く星が見える。ぼんやりと眺めていたら俺の視界に突然何やら黒い影が走った。


「なに??今の」


「どうした?」


「いや、今……うわっ!!」


ガチャリと後部座席のドアが開き、人が入って来た!

渋滞でそれほど速度が出ていないとはいえ、この車今走ってるんだけど?!

俺はすかさず臨戦体制を取り、男に掴みかかろうとする……が……。


「当麻さん!?」


「はい、お久しぶりです」


「びっくりさせないで下さいよ。一声かけて欲しかった」


「配慮が足りずすみません」


ちっとも悪いと思ってない声色でそう言うと、まだ熟睡してる湯井沢の足をぐいっと横に押しやり、座席に身を沈めた。


「待って!次の信号で座席代わりましょう!」


「僕は問題ないですが」


こっちにはあるんだよ!恋人のあどけない寝顔を別の男に見せたくないの!


「……事情があるようなので了解です。次の信号で前に移ります」


「お願いします」


はあ、本当に掴めない人だ。……東堂課長、笑いを堪え過ぎてさっきから肩が震えてますけど。



「いやあ、若いっていいねえ~」


「東堂様、沢渡様。調査報告をしてもいいですか」


「いいよ~。ね?健斗くん」


「あ、はい!お願いします」


後ろの座席に移った俺は当麻さんの話を聞きながら、湯井沢を起こさないように彼の体をそっと起こした。そして頭を自分の方に向けて膝に乗せる。

うん、これで更に寝やすくなるだろう。


「……沢渡様、結果から言います。湯井沢家はクロです」


「クロ……」


それはつまり美恵子さんの態度は芝居ということだ。


「根拠は?」


「資料と写真は後で携帯に送ります。業績悪化や詐欺の話は本当です。でも隠し財産があります。そのほとんどを投資に回してます」


「なんの?」


「別名義で進めてるリゾート開発です。大手建設会社を隠れ蓑にしてますが、かなり大掛かりで投資金額は二十億、おおかたの土地は買収済みです。国から支援金も出てますし失敗すれば首を括るしかないような状況です」


「まさかそのリゾート計画の場所は……」


「はい、先ほど皆さんが行かれたあの別荘地一帯です」


やはり美恵子さんは湯井沢を騙してた。脅しが効かないから情に訴えて手に入れようとしたんだ。けどそれも駄目だったから別荘に放火したんだろう。どうせ開発が始まれば取り壊す予定のものだから。


……もしかして保険をかけたのも美恵子さん?


「放火に美馬を使ったんだろうか」


「いえ、美馬氏はご自身のアパートから一歩も外に出ておられません」


「それじゃあ防犯カメラの映像は?」


「トリックです。防犯カメラをハックしてどこかで手に入れた美馬氏の映像を加工して差し替えたと思われます」


「そんな!それがどうして警察ではわからないんだ?」


「警察はアナログです。IT課なんてあって無きが如し。金に物を言わせて作らせたデータは見破れません。必要なら美馬氏が釈放されるに値するデータを揃えますがどうしますか」


「お願いします!」


「承知しました」


当麻さんはそう言うと、渋滞で一瞬止まった車からするりと降りて消えてしまった。


「えええ??ここ高速道路だけど!!」


思わず大声を出してしまった俺を東堂課長が笑っている。


「あいつは大丈夫だよ。身も軽いし。車に乗り込んできた時も高速道路だっただろ?」


「ああ、確かに」


本当不思議な人だなあ。あっ、お弁当のお礼言うの忘れた!





東堂課長に自宅マンションまで送ってもらった俺は、寝ぼけ眼の湯井沢を担ぐように部屋に帰った。上着を脱がせて寝巻きに着替えさせ、ぐずぐず言う口をキスで黙らせながらベッドに押し込む。


時計の針は既に深夜を回っているが当麻さんの報告のせいで少しも眠くない。


やっぱりクロだった。どう始末をつけるかな……。

考えることは沢山あるが、今夜はもう寝ないと明日仕事に行けなくなる。

別荘のことも、美馬のことも。明日は湯井沢と話し合って今後の方針を決めよう。


体温の高い湯井沢のおかげで布団はぽかぽかと暖かい。急いで寝巻きに着替えた俺は愛しい眠り姫を腕に抱いて短い睡眠を貪った。






翌日、美馬が懲戒解雇されたとメールが回って来た。一部界隈では有名人だったこともあり、あれだけ大々的にニュースで顔を出されたら会社だってそのままにはしておけないだろう。

けれど彼の無実を知っている身からすると、焦燥感でいてもたってもいられない。


例えこれから彼の無罪が立証されたとして、美馬は芸能界に戻れるのだろうか。


テレビというのは事件は面白おかしく報道するくせにそれが冤罪や証拠不十分で釈放されたなんてことはほとんど言わない。何故って派手さがないからだ。

そして彼が罪を犯した前提で放送した番組を無かったことにできないから。


そうして若者のたった一度の人生は取り返しがつかなくなるのだ。


ひとまず当麻さんが持って来てくれる予定の資料を警察に提出して冤罪だと立証しよう。

一時期、美恵子夫人に加担していたとは言え立派な被害者なんだから。



「ただいま」


「おかえり!早かったね!」


ドアを開けたら湯井沢が飛び出して来た。

ああ癒される……。


「色々考えてたら仕事が手につかなくて結局急ぎ以外の仕事は先延ばしにして来た」


「いいんじゃない?僕も明日は仕事に行くから一緒に片付けよう」


天使か?俺の彼氏は地上に舞い降りた天使に違いない。


「ご飯作ったけど食べる?」


「食べる」


一人、知らない土地の警察署で留め置かれている美馬には本当に申し訳ないが、湯井沢の作るご飯は今日も最高に美味しい。

ごめんな、美馬。もうすぐ助けてやるからな。そう思いながら手作りのクリームコロッケを頬張った。


「湯井沢、昨日車で当麻さんの話聞いてたか?」


「いや、昨日は本当に疲れてて帰りの記憶が全然ない」


やっぱりな。俺が継母の事を話さないといけないのか。気が重いな。


「湯井沢、風呂から上がったら話があるんだ」


「分かった」


多分聞きたくない話になる。それでも湯井沢は真実を知らなければならない。

湯井沢をこの世で一番大切に思ってる俺がこれから彼を傷つけることになるなんて。


それもこれも湯井沢家のクズどものせいだ。

湧き上がる怒りが俺の中を駆け巡る。


……だが。



思ったよりことは簡単だった。

湯井沢は洗い髪を拭きながら俺の話を黙って聞いていた。

そして話終わった俺を見てニコッと笑ったのだ。


「……湯井沢……その……」


「ん?」


「……大丈夫か?」


「うん。心配かけてごめん」


「いや、俺はいいんだけど……」


「どうしたの?」


「あ、ううん。思ったより落ち着いてて良かったと思って」


「うん」


俺の差し出したコーヒーカップを受け取った湯井沢の表情は何故かとてもすっきりとして見えた。


「確かにもう一度信じたいと思ってたよ。でも無理だろうなっていうのも分かってた」


「そ、そうか……」


だから覚悟してたってことか?


「でももしそうだったらそれはそれでやっぱりショックだろうなとも思ってた」


「……うん、そうだよな」


それはそうだ。当たり前だ。俺は改めてあの継母に怒りを覚えた。


「でもよく考えたら湯井沢家の家族関係なんてとっくに壊れてたし、僕には新しい家族がいるし。別にいいかなって思ったんだよ」


「え?それって」


「優しいお父さんとしっかり者で料理上手なお母さん。それに可愛い双子の妹と……親友の心臓を持ってる、僕に新しい家族をくれた頼りになる伴侶」


微笑む湯井沢の顔が涙で滲む。

そうだ。あんな奴らはもうとっくに家族なんかじゃない。


「……早く籍入れないとな」


「僕はそこは別にこだわらないけど?」


「なんでだよ。結婚式もしたいよ」


「ええ?恥ずかしいからやだなあ」


湯井沢はようやく乗り越えたんだろう。諦めや憎しみを乗り越えてその笑顔はとても晴れ晴れとしていた。


「でもこのままで終わるわけにはいかない。美馬にもうちのせいで迷惑をかけたし、大事な別荘も燃やされてしまった。あの人たちには償ってもらわないと」


コーヒーを飲み干した湯井沢はいつもの不敵な笑顔を見せた。



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