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96話 お迎えに

「美馬から連絡もらった」


さすが美馬。誰が一番頼りになるのかちゃんと見抜いてる。


「けど絶対あいつが犯人じゃないよな」


「……そうですね。そう思いたいんですけどあれだけはっきりカメラに映ってたら何とも言えません。もし本当に火をつけたんだとしたら誰かに脅されてのことだと思ってますけど」


「そうだよなあ。けどこれからって時に本当に可哀想だな。あの防犯カメラの画像がニュースで流れたんだよ」


「えっ?!」


「それでファンは大騒ぎだよ。彼人気出てきてたからねえ」


ようやく夢が叶う。そんな時にあんなことするなんて俺も信じられないんだけど。


「今から向かう先に美馬もいるんですよね」


「ああまだ警察署にいる」


「会えるんですか?」


「難しいけど手を回すね」


何でもないことのように笑っている東堂課長……。


出たよ。東堂家の闇が。


「食べ終わったら寝てていいよ。明日も仕事休めないでしょ」


「東堂課長だって……」


「俺は有給取ったから!」


……くそっ!!

だがこうして気にかけてくれるのはありがたい。

俺はバスケットの中のサンドイッチとスコーンをありがたく頂きながらこれからのことを考えた。




二時間ほどかけて別荘のある街まで辿り着いた俺たちはそのまま警察署に直行した。

そこで待ち合わせしていた湯井沢があまりに疲れ切っていて悲しい気持ちになった。


「美馬は?」


「会わせてもらえない……。今まで事情聞かれてたんだ」


は?こっちは被害者だぞ。それなのにこんなにやつれるまで何を聞かれたって言うんだ!

俺の怒りが伝わったのか、湯井沢は苦笑いしながら『保険がかかってたんだ』と言った。


え?それってつまり知り合いに放火させて保険金を詐欺ろうとしたって思われてんの?出てこい!担当刑事!!


「落ち着け健斗。向こうも仕事だから仕方ない」


「いやそれにしても……」


「あんたが沢渡健斗か?」


突然背後から野太い声がする。

誰だ?ジャイアンか?

振り向くと声に見合っただらしない体格の中年のおっさんが俺をじろじろと睨め回している。


「そうですが?なにか?」


「生意気な口を聞くな!俺は所轄の刑事だ!」


ビリビリと空気が揺れるような怒鳴り声に周りの人たちが一斉に身を固くした。そこにはもちろん湯井沢も含まれていて、俺は柄にもなくカッとして怒鳴り返す。


「この警察署は初対面の一般市民を怒鳴りつけるのか!!!!程度が低いな!!!」


さっきまで怯えた顔をしていた署内の人が目を丸くして俺を見ている。怒鳴られた当の本人は顔を真っ赤にして口をぱくぱくしていた。


声の大きさは昔から褒められたんだよなあ。久しぶりに披露できてスッとしたわ。


「健斗……落ち着け」


「落ち着いてるよ。一人でカッカしてんのはこの人だけだろ」


「くそっ!!本当に生意気だな!早くこっち来い!」


「嫌です。冤罪かけられそうだもん。どなたか!!他にちゃんと話ができる人と変わってもらえませんか!!!誰かー!!!」


「あー!もう!!分かったから大声出すな!」


刑事は決まり悪そうに周りの人を眺めながら俺を宥める。……この人とはきっと友達になれない。


一触即発の状態で睨み合っていると、受付に話をしに行っていた東堂課長が戻ってきた。


「待たせたねひろくん。健斗くんはなにしてんの?」


「東堂課長!」


助けが来たとばかりに湯井沢が東堂課長に駆け寄るんだけど。え?俺悪くないよね?


「あなたが担当刑事?」


「おう!何だこいつらはあんたが保護者か?しっかり教育しろよ……ったく」


「ご迷惑をお掛けしたみたいですね。いい子達なのにどうしたのかな?取り敢えずこの署の署長を呼んでもらえます?東堂と言えば分かります」


「え??と、東堂?!ちょっとまっ……『はい!お待ちしてました!こちらへどうぞ!』」


ジャイアンを押し除けてメガネの貧相な男が飛び出してきた。そして東堂課長だけを連れて愛想笑いをしながら別室に消える。


「なんだよ東堂家の関係者ならさっさと言えよ」


担当刑事も舌打ちしながらどこかに消えていくが……おい!湯井沢に謝ってからだろうが!


「はあ健斗が喧嘩っぱやくてびっくりしたよ」


待合の硬い椅子に座った湯井沢がため息をついてそんなことを言う。


「そんなんじゃないけど湯井沢の顔色見たら心配でさ」


「うん、ありがとう」


俺の肩にもたれて目を閉じる湯井沢は本当に疲れていたようで間も無く寝息が聞こえてきた。


はぁ、それにしても刑事にも色々いるんだな。乱暴なのもどうかと思うが権力に媚びる態度もどうかと思う。


それでも東堂課長が来てくれてよかった。あとは穏便に進めてくれるだろう。保険金目当ての件も美馬の件も。


二人でラブラブと平和に暮らしたいだけなのに。本当に色々なことが起こるんだから。

それでも俺の肩ですやすやと眠る湯井沢を見ていたら元気が湧いてくる。


「美馬には悪いけど今日は湯井沢を連れて帰ろう」


そして明日は一日家でゆっくり寝てもらおう。今日はおそらく食事もまともに取れてないはずだ。


「な?湯井沢」


冷たく真っ白に色が抜けた湯井沢の手を俺はぎゅっと握る。

東堂課長が来るまで俺はずっと湯井沢に体温を分け与えていた。




二時間ほど警察署で過ごしてから俺たちは東堂課長の運転で別荘の焼け跡を見に行った。湯井沢がショックで気を失うんじゃないかとハラハラしたが、意外に冷静に黒く炭化した柱や壁を撫でている。


「これは取り壊しだな。付き合いがある解体屋紹介しようか?」


「……東堂課長、顔広すぎやしませんか」


「まあ手広く色々やってるからね」


そりゃ当麻さんみたいな人を雇ってるくらいだもんな。あ、そうだ当麻さん!


「東堂課長、当麻さんと待ち合わせしてたんじゃないですか?結構遅くなりましたけど」


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