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95話 犯人は

俺は湯井沢の柔らかい髪を撫でてた。


「何するんだよ」


「おまじない。不安な時とか疲れた時にいつも母親がやってくれた」


ゆっくりと髪の流れに沿うように少し強めに撫でていく。案の定、少し眠気が来たようで小さな口であくびを始めた。


「いい子いい子」


「……子供じゃない」


そう言いながらも大人しくされるがままになり、俺に身体を預けている。


少しずつうとうとし始めたところでけたたましく電話の呼び出し音が睡眠の邪魔をした。


「……もしもし」


登録されていない番号だが現地の警察からのようだ。何か質問されてるようで湯井沢は顔を強張らせて丁寧に答えている。


「それじゃやっぱり放火なんですね」


放火?あんな人のいない場所に何のために放火なんかするんだ。周りは山もあるし山火事になったらどうするつもりなんだ。


火事は愉快犯が多いと聞く。特に理由もなく火をつけたんだろうけどよりによって湯井沢が大事にしていたあの別荘を狙わなくてもよかったのに……。


「放火だって!」


「うん、聞こえてた」


電話を終えた湯井沢は怒り心頭だ。


「でも防犯カメラにも映ってるしすぐ捕まるって言ってたよ。結構特徴ある人らしい」


「え?どんな?」


「そこまで聞いてないんだけど見つけたら連絡くれるって。……でも犯人が捕まってもあの家は戻らないんだよな……」


俺はしょんぼりと肩を落とす湯井沢を後ろから抱き締めて首筋にキスをした。


「やめろ!くすぐったい!」


「なあ湯井沢」


「なんだよ」


「もう少しお金貯めたらあそこに別荘建てようぜ」


「えっ?」


「今度は冬に行っても寒くないようにしっかりとした奴」


「あーそれいいな。災い転じてだな」


「そうだよ」


湯井沢の柔らかい髪が俺の頬をくすぐるので、昼間っからちょっと邪な気分になってくる。

……押し倒したら殴られるかな。そんなことを考えながら湯井沢を抱きしめた。


「……でも健斗がいてよかった」


「え?なんで?」


「僕はあの夏の思い出だけを大事にずっと片想いしてたんだ。もしまだ片思いのままで心の支えにしてた別荘が焼けましたなんて言われたら死にたくなっただろうな。あ、重い?引いた?」


「引くわけないだろ。よかった間に合って」


「ふふっ」


ゆっくりと重なる唇。もちろんそれだけでは終わらない。湯井沢のシャツのボタンを外しかけた時、湯井沢の携帯にメールが届く音がした。


「何だよ誰が邪魔すんだよ」


「あはは、落ち着け!警察から防犯カメラの映像送るって言われてたんだよ。心当たりないか見て欲しいって。若い男らしいよ」


誰だろう。若い男なら義弟か?あいつならやりかねない。


「湯井沢?」


スマホを手に取りメールを確認していたはずの湯井沢が、固まったまま動かなくなった。

まさか本当に義弟??


「おい湯井沢、知ってる顔か?」


「……うん」


「誰だよ?」


「……」


「え?」


聞き返すが湯井沢は口を手で覆ったまま立ち尽くすばかりだ。

心配になった俺は側まで行って手元のスマホを覗き込む。

そこには確かに見知った顔があった。


「……美馬?」


俺は何度もその写真を拡大したり違う向きから見たがやはりどう見てもあいつだ。しかもたまたま防犯カメラの方を見たのだろう、顔が全てしっかりと映っている。


「嘘だろ?なんで?美馬が……?」


一緒に過ごす時間が長くなりそれなりに信頼関係も築けたと思っていたのに。まさかあいつ。あれが全部芝居だったのか?まあ彼の演技力なら不可能ではないのかもしれないが……。


「確かに特徴あるよな。こんなイケメンの犯人あんまりいないだろうし」


「……そうだな」


「見覚えがあれば連絡くださいって書いてあるけど」


「……けど、本当にあいつがやったのか?僕にはとてもそうは思えないんだけど」


「義弟にでも脅されたのかもしれないだろ。とにかくこんなにはっきり映ってたら誤魔化しようもない」


「でもあいつこれから芸能界でやってくのに。逮捕なんてされたらどうなるんだ」


確かに俺も美馬が犯人とは信じがたい。継母からのスパイしろとの依頼もキッパリ断ったって言ってたし事務所紹介も言わずもがなだ。


二人でどうすればいいか考えあぐねていると再び警察から電話が入った。

対応した湯井沢の顔色がどんどん悪くなる。


ああ、警察が美馬を見つけたんだ……。


「どうしたらいいのかな。うちの持ち物だから罪に問わないで欲しいと頼んだらお咎めなしにならないかな」


「……ならないよ」


江戸時代から木造建築で火事の多かった日本は放火に関して驚くほど重罪に問われる。ましてや周りが山で引火の可能性もある場所だ。たとえ非現住建造物であったとしても無罪放免とはいかないだろう。


「取り敢えず明日来てくれと言われたからそこで詳しく聞いてくる」


「そうだな」


こうなると余計に二人で休みを取ることはできなくなった。ひとまず湯井沢に任せよう。




翌日、湯井沢は一人で別荘のある管轄の警察署に向かったので俺は一人で仕事に取り掛かる。途中で先輩が手伝いに入ってくれたが比較的暇な日だったので何とか定時には終わらせることが出来た。


「健斗くん」


ふと声のした方を見ると東堂課長が手招きしていた。


「迎えに来たよ。ひろくんのとこ行こう」


ありがたい!往復四時間はかかる場所だけど交代で運転すれば睡眠も取れる。

俺は急いで荷物をまとめて部署を飛び出した。


「お腹すいただろ食べて」


車に乗るなり東堂課長が助手席の俺の膝にバスケットを乗せた。カゴで編み込んで持ち手にはピンクのハンカチが結んであるとてもファンシーな物だ。


「東堂課長、いつのまにか彼女が出来たんですか」


蓋を開けると中から出てきたのはアフタヌーンティーでお目にかかるようなサンドイッチや焼き菓子だ。


「違う違う。当麻が作ったんだ。あいつ料理上手いから」


「……当麻さんが」


知れば知るほど謎の多い人だなあ。


「当麻は用事で別のところに行ってるけど帰りに合流するから。報告もあるみたいだし」


「ああそうでした。湯井沢家の調査をお願いしてたんでした。正直今はそれどころじゃないんですけど。ところで東堂課長はどうして火事のことを知ってるんですか?」


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