翌日、さっそく当麻さんから連絡があり、今後のことを打ち合わせした。打ち合わせと言ってもこちらが一を話すと十も二十も理解する人なのでほんの五分ほどで終了する。
いやさすが頭のいい人は違うな……。
けれど人にばかりも頼っていられないので俺も出来る限り情報収集をしている。
美馬はあの舞台が好評だったようで、ある事務所から声がかかり会社も休みがちになった。
元々湯井沢の継母絡みで入社しただけなので、退職して芸能の道に進むのも時間の問題ではないだろうか。彼にとってもそれが最善の道だと思う。
……本人は相変わらず、湯井沢と離れるのを嫌がって少しでも出勤できるように調整しているみたいだけど。
そんな毎日の中、帰宅してからいつものようにパソコンを開いていると湯井沢の携帯が鳴った。画面を見ると継母からの着信だ。
「しつこいな」
顔を曇らせながらも湯井沢は携帯をスピーカーにして通話を開始する。
「浩之ごめんね、遅い時間に」
「大丈夫だ。何か用?」
「その……前に話してたら別荘の件なんだけど、考えてくれた?」
先日会った時のように声色は優しいが、そこに媚びた色を感じるのは考え過ぎだろうか。
「考えるも何も前にも言った通りあの別荘は売れない」
「……そう、そうよね。今更浩之に頼るなんて親として失格ね。もう忘れて。嫌な思いさせてごめんなさい。まだ寒いから体に気をつけて、たまには帰って来てね?それじゃあ」
それだけ言うと美恵子さんは電話を切った。
「……え?あっさりし過ぎじゃない?」
「うん、本当に心を入れ替えたのかって思っちゃうよな」
「なんかすごく悪いことしてるような気持ち。と言うか意固地に普段使わない別荘を売らないって言ってる僕の方が悪人みたいだ」
湯井沢が頭を抱えてソファに転がった。
「湯井沢、しっかりしろ!継母が心を入れ替えたのと湯井沢が別荘を手放すのは別の話だ」
「そうか……そうだよな。ありがとう健斗」
危ない……それくらい美恵子さんに非の打ちどころのないいい母親だと思わされた。
「でも取り敢えずこれで別荘の件は解決だ。また来年も一緒に行こう」
俺がそう言うと湯井沢は「今度は夏にしような」と返して来た。
「でも抱き合って寝れば大丈夫だっただろ?」
「……思い出すからやめてくれ」
「ひろゆき可愛い……」
「もーっ!!本当に怒るぞ!」
シャーシャーと毛を逆立てて威嚇する湯井沢はこの世のどんな生き物より可愛くて愛おしい。
「今夜も一緒に寝ような」
「やだよ!いい加減自分のベッド買えよ!」
「ふふっ、ごめんな。気に入ったものがなくて」
もちろん大嘘だ。ベッドなんて買うつもりは毛頭ない。これからもずっと湯井沢を腕に抱き締めて夜を過ごす予定だ。
……この先もそんな甘い毎日を過ごせると思っていた。
あの事件が起こるまでは……。
「健斗!健斗起きて!」
継母から電話があった日から数日後、俺は湯井沢の泣きそうな叫び声で目が覚めた。
「どうした?今日は日曜だろ」
目をこすりながら体を起こすと湯井沢が「火事だ!」と叫んだ。
「か……火事?え?」
慌てて周りを見渡すが何の変化もない。火どころか煙さえないのに湯井沢は夢でも見たんだろうか?
「こっち!早く来い!」
腕を取られリビングに行くとテレビで火事のニュースが流れていた。
「ああ火事な、どこ?」
「別荘!海の側のうちの別荘!」
「……え?……ええっ?!」
まさかと思いテレビに駆け寄ると、見覚えのある赤い屋根が炎に包まれている。懸命に消化活動がされているが火の勢いから見て全焼は免れないだろう。
「嘘だろ……?」
「すぐ行こう!東堂課長に車借りなきゃ……あ、電話……継母からだ。こんな忙しい時に!」
「はい!」
湯井沢は電話をテーブルに置いて話しながら出かける支度をし始めた。
「浩之!別荘が燃えてるわ!」
「今ニュース見てる」
「落ち着いてね、今行っても危ないし、規制がかかってて近くにはいけない。近くに知り合いが住んでるから火が消えたら連絡貰うように頼んだの。それからでも遅くない。もう何もできることはないわ」
「それでも行く!」
「浩之、あそこは別荘が多いから近くには防犯カメラも沢山あるわ。これから捜査で何度も行く事になるはずよ。警察から連絡が行くように頼んでおくから今はじっとしてなさい、いいわね?」
ピッと音がして電話が切れる。湯井沢は着替えの途中だったがドサリと床に座り込んだ。
「火の気がないのになんで燃えるんだ。十二月に行った時の灯油やなんかも全部持って帰って来たしブレーカーも落としてあったのに」
貰い火?乾燥?以前見たニュースで窓ガラスが虫眼鏡みたいな役目をして火がついたって話もあったな。
もしくは……
「放火?」
「でも一体誰が……」
疑わしいのは継母だが、せっかく売ろうとしている物件を自由にならないからって燃やしたりするだろうか?
それに本人が防犯カメラって言ってたくらいだからな。そんなバカな事するとは思えない。
「思い出の沢山詰まった家だったのに……」
「……うん、そうだな」
「放火だったら絶対許さない。徹底的に捜査してもらう」
湯井沢は泣いてない。多分今は悲しみより怒りの方が強いんだろう。
「取り敢えず警察からの連絡を待っておこう。明日以降有給を使う必要があるかもしれないからその準備もしておかないと」
流石に人数の関係で二人同時には休めないので湯井沢が先に現地に向かって俺は仕事が終わってからになるだろう。美馬も最近忙しいし、出社も難しいだろう。
「なんか凄く疲れた」
「うん、びっくりしたもんな。ちょっと横になれよ。電話鳴ったら起こしてやるから」
「うん……」
湯井沢は俺に肩を預けて目を閉じた。それでも瞼はピクピクと動いているので頭をフル回転させて今後のことを考えているのだろう。