湯井沢が沢山頼んだせいで、各々の店のデリバリーの配達人が玄関で渋滞を起こすと言うトラブルが発生した。そんな光景を見るのは初めてで東堂課長も腹を抱えて笑っている。
「ピザ!ピザ十枚頼んだの誰!あはははは!面白すぎる!」
「そんなの湯井沢に決まってますよね」
テーブルに置ききれないほど中華や韓国料理、パエリアにハンバーガーまでが並んでる。
それを片っ端から胃に納める湯井沢に美馬が食べるのも忘れて驚いている。
「湯井沢さ……湯井沢、食べる姿も可愛い!」
……こいつやっぱり懲りてないな。
「ほら、早く食べないと全部ヒロくんに食べられちゃうよ」
東堂課長の言葉に『まさか』と笑っていた美馬が振り向いて真顔になる。だってLサイズのピザがもう二枚無くなっているんだから。
「見てるだけでお腹いっぱいになるからダイエットにいいな」
そんな美馬の呟きに、東堂課長が「ダイエットと言えば役者やってるって言ってたよな」と話題を振った。
「どっかで見たことあるような気がするんだよな……」
「東堂課長もですか?俺もずっと考えてました」
「……いや、そんな有名人じゃないから」
「いや、どっかで……。あ!もっと小さい頃CMに出てなかった?」
「ああ、そうですね中学生の時に」
合点がいったと言う顔で東堂課長が頷いた。言われてみれば確かにそうだ。あれは……
「痔の薬!ママお尻痛いよって奴!」
「……何それ」
パエリアを皿いっぱいによそってスプーンを咥えた湯井沢がようやくこの話に入って来た。
「知らない?すごい可愛い顔した中学生が痔になった設定でさ。あの年頃の子って恥ずかしいじゃん。凄いなって思ってたんだよね」
「まあそのおかげで話題になってヒットしましたけどね。売り上げも爆増で特別ボーナスもらいました」
ふんぞりかえって得意げな顔をする美馬を見ていると、ちゃんとプロ根性があるんだなって感心する。
「こんな会社勤めしてて大丈夫なのか?色々レッスンとかあるんじゃないの?」
「はい、会社が終わってからスタジオに通ってます。ボイストレーニングとバレエと……次の舞台でちょい役貰ったんでその練習もしてます!」
嬉しそうに東堂課長と話す美馬は今まで見たことないくらい生き生きとしていた。こんな若者にスパイ紛いのことをさせていると思うと少し胸が痛む。……まあ若者って言っても俺と同い年だけど。
「まあ今夜はたくさん飲んでたくさん食べて楽しく過ごそうぜ。明日は土曜だしなんなら泊まらせてもらったら?」
東堂課長の言葉に嫌な顔をする湯井沢だが、これだけの食料を差し入れてくれた課長の言うことだ。仕方なく渋々と頷いている。
「客間があるから。布団もあるし勝手にどうぞ」
「え?まだ部屋あんの?凄すぎる。さすが湯井沢さ……湯井沢。俺もいつか成功してこんな部屋に住みたいなあ」
ビールを飲みながら夜景を眺める美馬はやはり文句なしにカッコいい。努力もしてるし根性もある。更にその容姿でそのうち大ブレイクする可能性も高いと俺は思うんだけどな。
……それにしてもそんな若者をコネで釣るなんて極悪非道だよな。あの継母が絡んでなきゃいいんだけど。
俺はワインをちびちび飲みながら、黙々と食事を続ける湯井沢を眺めた。
いつの間に寝たのか記憶がないが。俺はスマホの目覚ましの音で意識を取り戻した。
外はいい感じに晴れて日差しがガンガン部屋に入っている。周りを見渡すと床には美馬が死体のように転がっていた。
「あれ?湯井沢は……?」
寝落ちしていたソファからモゾモゾと起き上がり寝室に行くと、湯井沢はちゃっかりと寝巻きに着替えて安らかにベッドで眠っていた。
「湯井沢……」
呼びかけても返事はない。すうすうと立てる寝息が可愛くて俺はこっそりベッドに潜り込む。
「うぅん酒臭い」
あ、起こしちゃったかな?
ああ、でもまだ眠い……。
東堂課長は帰ったんだろうか。車で来てたから酒は飲んでなかったもんな。
それにしても眠……。
湯井沢の香りと体温が俺を心地よく眠りに誘い込む。俺はそのまま湯井沢の隣であっさりと意識を手放した。
次に目が覚めたのは日が沈みかけた頃だった。もう隣には湯井沢はいなくて俺は痛む頭を抱えてリビングに這い戻る。
「……あれ?美馬は?」
「さっきシャワー浴びて帰った。健斗の服貸したからね。僕のじゃ全然サイズ合わなかったから」
「ああ、いいよ」
むしろ湯井沢の服を貸すなんて冗談じゃない。洗濯したって湯井沢の服からは彼独特のすごくいい匂いがするんだから。
「頭痛い?二日酔いかな。薬飲む?それとも味噌汁作ろうか?」
「あーとりあえず薬飲む」
「ん、待ってろ」
俺は用意された水と薬を一気に飲み込んでソファに倒れ込んだ。せっかくの土曜日なのに勿体無い……。
「俺そんなに飲んだかな……」
「飲んでたな。美馬と盛り上がってたぞ」
「……そうか」
全然覚えてない。
酒って怖いな。
「明日ちょっと業者が来るから今日しっかり体調戻しといて」
「業者?」
「うん、このマンションの売却査定してもらう」
「そうか」
俺は湯井沢が手渡してくれた熱いコーヒーを口に含んだ。
「売ることに決めたんだな」
「いや、まだどのくらいか見てもらうだけだよ」
「うん」
引っ越すのはいい。この部屋だって湯井沢の持ち物なんだから売ろうがどうしようが俺に何か言う権利はない。
けれど湯井沢の母親が息子のために残した遺産なのに結局彼らに取られる形になって本当にいいんだろうか。それでなくても他の財産は以前に全部義弟に譲渡したと言ってたのに。