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90話 叶さん

それがこんな夜の墓場だとは思ってもみなかったのだろう。日が長くなったと言っても仕事が終わってから一時間も車で走ったのだ。人里離れたこの墓地はすっかり闇に包まれていた。


「まだ先ですかね。どうしてこんな不気味な所通るんですか」


「黙れ美馬。嫌なら帰れ」


「ええっ!?なんて事言うんだ沢渡!こんな所に置いていかれたら俺死ぬから!」


「そしたらすぐに埋めてもらえるよ。手間なくて良かったね」


そろそろイライラが限界に達したのか、湯井沢の辛辣な言葉に美馬は口籠る。


そうそう。その調子で大人しくしててくれ。


夜は電車の本数も少ないし駅からのタクシーもないので車を出してくれた東堂課長には感謝してるけど、なんで美馬を同行させたかな。せっかく一ヶ月ぶりに叶さんに会いに来たのに……。


少し静かになった美馬と共にいつもの坂道を登って一番高台を目指す。

予想通り、昼間に煎餅屋の人が来てくれてたみたいで綺麗な花が供えてあった。


「え?なに?ここが目的地?」


オロオロする美馬を無視して俺たちは叶さんが好きだったものを供えながら話しかけた。東堂課長なんてちゃっかり夢でもいいから絵が見たいなんてわがままを言っている。


「叶さん、ここならいつでも海が見えていいですね。漁船の光が綺麗だから夜も素敵です」


話しているうちに叶さんが海ではしゃいでいた姿を思い出して思わず目が潤んだ。湯井沢はそんな俺の手をぎゅっと握って一緒に海を見てくれた。


思い出はいつまでたっても鮮明だ。




「あの……すいません」


帰り道、坂を下りながら押し黙っていた美馬がポツリと呟いた。


「なに?どうした?」


「俺……すごく失礼な事。叶さんってもう……」


「ああ、まあな」


美馬が考えているのと少し違う始まりと終わりだったけど、叶さんはもういないと言う意味であれば何も変わりない。


「まあこれに懲りたら気安く人の問題に口を突っ込まないように」


「はい」


俺がわざと偉そうに言った言葉を、美馬はこちらが思った以上の重みで受け止めていた。



帰りは東堂課長の提案で湯井沢のマンションで晩御飯を食べることになった。何となく外食の騒がしさは気が重かったのでその提案を飲んだが、考えてみたらうちに誰かを呼ぶのは初めてだ。まあ湯井沢がいいと言うので俺に異論はない。


「買いに行くのも面倒だからデリバリーにしよう。全部おごるから好きなもの頼んで」


駐車場に車を止めてマンションの部屋に向かいながら藤堂課長がそう言った。


「流石太っ腹!最近特に太っ腹だからビールは控えたほうがいいと思います!」


スポンサーに対して容赦ない言葉を投げかける湯井沢に東堂課長はショックを隠しきれない。


「え?健斗くん俺太ったかな?」


「そんなことないですよ」


「なんで目を逸らすんだ!ところで健斗くんは痩せ型とガッチリ型どっちがタイプ?」


「負から正を拾い上げるのが上手い人ですね」


「健斗くんに褒められた。ふふっ」


褒めてない。いや、でもこれはある意味特技かもしれない。

そういえば藤堂課長ってこういうとこは美馬に似てる?

そう思って美馬を見ると、叶さんのことを引きずっているのか驚くほど大人しくしていた。


「……お邪魔します」


「上着は適当にその辺にかけとけよ。なんか飲みたかったら勝手に冷蔵庫から持って行ってくれ」


自分も上着を脱ぎながらそう言って振り向くと、美馬がまさかの正座をしてこちらを見ていた。


「え?なんなの……」


「沢渡!すまなかった!」


「なんだよ……」


「お前の元彼の話。まさか亡くなってるなんて思わなかった」


「ああ、もういいって。さっきも謝ってくれただろ。もうこの話は終わりだ」


「……でも俺の気がすまない」


そうは言われてもな……。


「浮ついて湯井沢さんを口説いたりしたけど。湯井沢さんや沢渡は色々なものを乗り越えてここまで来たんだなあって」


「何で俺だけ呼び捨てだよ」


……本当に反省してるのか疑わしいな。


「でも確かに同い年なのに健斗だけタメ口なのは仲間はずれみたいだから今日から普通に喋ってよ。美馬」


湯井沢はそう言いながら冷えたビールをあおった。


「あ、え?でもそんな……」


美馬はもじもじとしながら大きな体をくねらせる。

本当に残念イケメンだ。


「美馬、気持ち悪いからやめろ」


「だって呼び捨てにすんの恥ずかしい……」


「湯井沢さんって呼んだら返事しないからな」


「……分かった。湯井沢……?」


「なんだ?」


湯井沢が笑顔で返事をすると美馬は潰れたカエルみたいな声を出して飛び退った。

おいおい大丈夫か?


「慣れる!慣れます!だからしばらく挙動不審なのは勘弁して欲しい!」


「分かったよ。好きにしろよ」


そんなやりとりを東堂課長は微笑ましそうに笑って見てる。まるで学校の先生みたいだ。


「よーし!若者たちよ。そろそろデリバリーで何を頼むか決めてくれ」


「はーい!」


一番に手を挙げた湯井沢は熱心にスマホを見ながらメニューを吟味している。俺も負けじと美馬の意見を聞きながら色々な店をチェックした。


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